2011年07月29日15時16分掲載  無料記事
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検証・メディア

マードックの本を書いた作家、「経営陣全員が盗聴の事実を知っていたと思う」と語る

 28日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)で開かれたイベントで、ルパート・マードックの伝記本『ニュースを所有する男:ルパート・マードックの秘密の世界の中』(2008年初版発行)を書いた作家マイケル・ウルフは、マードック傘下の日曜紙での電話盗聴行為を「経営陣は全員知っていたと思う」と述べた。マードック自身や家族、経営陣などに取材し、いわば「マードック一家の一員」となりながら本を書いたウルフ。その発言の数々は、ここ数週間、大きなニュースになっている電話盗聴事件やマードックのビジネスのやり方の核心に迫るものだった。その内容の一部を紹介する。(ロンドン=小林恭子) 
 
イベントはLSEに本拠地を置く、メディアのシンクタンク「ポリス」の代表チャールズ・ベケットが、米国からやってきたウルフに盗聴事件の感想やマードックはいま何を考えているかなどを聞く形を取った。 
 
―本を書くために、9ヶ月にわたってマードックにインタビューしたそうだが、マードックはウルフの本をどのように受け止めたか? 
 
マイケル・ウルフ:出版される前に本を読んでもらったところ、電話があった。マードックは非常に怒っていた。マードックがCEOとなっているニューズ・コーポレーション(ニューズ社)かマードックを誉めるような本になると思っていたらしい。同時期に、投資家ウオーレン・バフェットの本が出ていて、これはPR的な内容だったので、同様のものを期待していたようだ。マードックは激怒しており、脅されもした。(本の中では、マードックはウルフに対し、「話が個人的すぎる」と怒ったそうである。) 
 
 マードックの生涯は、非常に驚くべき物語だ。自分だけの力で、自分がやりたいことをやってきた男の人生だ。自分の本能を信じて、ここまでやってきた。すばらしいビジネスを築き上げた。これほど、長い間ビジネスを続けている人もめずらしいのではないか。 
 
―オーストラリアで生まれたマードックの父も新聞経営者だったが。 
 
ウルフ:そうだ。マードック家というのは、オーストラリアでは本当に有名な一家で、米国で言えばケネディ家に相当するかもしれない。マードックの母エリザベスは102歳だが、いまだ健在だ。エリザベスは息子のルパートは一冊も本を読んだことがないと言っていた。 
 
―7月19日、ルパートと息子のジャームズが英下院委員会に呼ばれ、盗聴問題に関して質疑を受けた。3時間を越える質疑応答で、父ルパートは80歳という年齢のせいもあってか、質問を何度も聞き返し、記憶も弱い感じがした。よぼよぼのようにも見えたけれど、あれが普通のマードックなのだろうか。インタビューのときは、どうだったのだろう? 
 
ウルフ:一種の自閉症のような感じだ。自分の周りで何が起きているか分からないことがあるし、周囲とのコミュニケーションがよくない。聞き取り能力も高くない。また、会話の途中で言葉を失うこともある。長い間、沈黙となったりする。周囲の人たちは、「答えをじっくり考えているんだよ」と私に言ったけれども。まあ、年をとっていることはとっているよね。高齢でも若々しい人はいるものだが、マードックはそうではない。 
 
 だから、インタビューは苦労した。どうやって焦点をあわせて、質問に答えてもらえるか。ビジネス上の決断をどうやって行ったのか、何故その手を打ったのかなど、自分のことを話すのは得意ではないようだ。しかし、他人に関しての評価を聞くと、はっきりと的確に答える。相手の弱点をはっきりと言える。 
 
 例えば、盗聴事件がらみで廃刊となった日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの昔の編集長で、次には発行元ニューズ・インターナショナル社のCEOになった女性で、レベッカ・ブルックスがいるね。自分の娘のようにマードックは可愛がっているのだが、ブルックスのことを、外から来て「マードック家の中に入り込んでいる」と言っていた。 
 
―マードックは盗聴事件に関して、どこまで知っていたのだろう。下院委員会では、最近まで知らなかったとしているが。 
 
ウルフ:新聞に関わることなら、マードックは全部知っているよ。 
 
―マードックは新聞の編集に干渉しないと委員会では述べていた。 
 
ウルフ:いや、細かいところまでうるさく言うのだと思う。ただ、傘下の新聞がマードック色になるのは、細かい指示を出すというよりも、働いている人みんなが「マードックがこうしてほしいと思うだろうな」という線を達成しようとするからだ。マードックを喜ばせようとする、と。 
 
―今回の危機を、マードックは乗り越えられるだろうか。これまで、何度もビジネス上の危機を乗り越えてきたわけだから、乗り越えられるとは思うが。 
 
ウルフ:マードックは確かに危機に対処することに慣れている。しかし、信頼感とか、透明性とかに関わる問題に対処することには慣れていない。自分のビジネスのやり方を、一般大衆に説明することには慣れていない。ニューズ社は、非常に古いタイプの会社なのだと思う。市場を独占して、ライバル社を倒して、どんどん大きくなってきたが、現在は状況が変わった。ビジネス活動を説明したり、透明性を維持しないと受け入れてもらえなくなった。 
 
―電話盗聴事件についてはどういう感想を持っているか。 
 
ウルフ:マードックはメディア帝国を大衆紙販売で作り上げてきた人物だ。大衆紙のビジネスとは何か?傷つきやすい状態にある人を捕まえて、記事を作って、これを売るーこれが大衆紙の存在意義だ。 
 
 マードックにも愛する家族があるが、こういう大衆紙のビジネスは、家族に対する愛情とは別のコンパートメントに置いている。したがって、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの読者260万人に対して、欺瞞を販売できた。 
 
―マードックの現在の妻、ウェンディはどんな人か?中国系米国人で、マードックより40歳近く年下だ。 
 
ウルフ:非常に面白い人物だ。マードックを囲む人々も(先妻2人の)子どもたちも、ウェンディのことを嫌っている。しかし、ウェンディは強い位置にいる。考えてみると、マードックはいつも、妻の尻に敷かれている。妻の言うことだったらよく聞くのだ。 
 
 マードックは、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの発行元となるニューズ・インターナショナル社のCEOレベッカ・ブルックスを、なかなか、辞任させようとしなかった(7月15日、辞任)。 
 
 その理由(の1つ)は、ウェンディがブルックスを嫌っており、もしブルックスをすぐに辞めさせたら、ウェンディの望みをかなえたことになるので、先妻の子どもたちが反発すると思ったから。非常に複雑な要因がからみあっている。 
 
―マードックは、盗聴事件をどう思っているのだろう? 
 
ウルフ:おそらく、何をどこで間違ったのか、分からないでいるのだろうと思う。というのは、マードックの大衆紙はいつもこんな(盗聴行為や違法行為)手段を使ってきたし、2002年や2005年に発覚したときにも、それほど悪い行為だとは解釈されていなかったと思う。「こんなものさ」と。「一部の悪い記者がやっていただけなんだ」と説明して。 
 
 マードックや大衆紙のやり方は昔からずっとそうだったとしても、周囲が変わってしまった。5月、IMFのトップ(当時)、ドミニク・ストラスカーンが性犯罪容疑で逮捕された事件があった。それまでは何年もなんともなくても、あっという間に事件となる。物事の認識が変わったからだ。 
 
―盗聴事件を通じて、英国の政治家がマードックに距離を置くようになったが。 
 
ウルフ:政治家はマードックを「有毒」と見なすようになったのだと思う。 
 
―マードックは、下院委員会で、長年にわたり、首相官邸を何度も訪れたことに触れ、「後ろのドアから入った」、「首相たちがほうっておいてくれないので」などと言っていた。マードックは、政治の中枢とこのように親しくすることを好まないのだろうか?本音だったのだろうか? 
 
ウルフ:官邸に行って首相に会うということを、楽しんではいなかったと思う。マードックは、自分がすごいということを他人に評価してもらう必要を感じない人間だから。 
 
―今後、ニューズ社はどうなるか? 
 
ウルフ:ニューズ社とマードックの関係は変わると思う。息子で同社の経営陣ジェームズに対する信頼も落ちたと思う。マードックがいつまでも生き続けると思った人は多いかもしれないが、寿命は必ずある。英米でニューズ社のビジネスに関わる調査が行われるだろうし、そうすると、同社の「犯罪行為」が明るみに出る。 
 
―マードックは本当に新聞の編集長によく電話するようだが。 
 
ウルフ:そうだ。うるさいほどだという。どの見出しにするのか、ニュースは何か、と。ブルックスが言うには、マードックを黙らせるには、ゴシップ記事を出すのが一番だと。まさか、とっておきのゴシップ記事を出そうと盗聴行為をしたのが、マードックのためだったということはないだろうが。 
 
 ブルックスは、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長時代、すべてのことに深く関与していた。盗聴行為が日常的に行われていたことを知らないはずはない。ジェームズも同じだ。編集幹部、経営陣全員が知っていたはずだ。 
 
―何度もマードックを取材して、最終的にどのような人物として評価をするか。人間として、好きになれるか? 
 
ウルフ:僕はマードックが好きだ。非常に人間らしい。気取ったところがない。温かみもある。やりたいことやって、何かを成し遂げた人物だ。ただ、ちょっと後ろを向いた隙に、斬られるかもしれないけれど。 
 
―あなたが下院委員会にもし出席できるとしたら、何を聞くか。 
 
ウルフ:自分だったら、マードックの片腕で、ついこの間まで米ダウジョーンズ社CEOだったレス・ヒルトンを召喚する。ヒルトンは、もともとの盗聴事件発覚時に、ニューズ・インターナショナル社の会長だった。一体どのようにして仕事を引き継いだのか、深く問い詰めるだろう。 
 
―ニューズ社はこれからどうするべきか。自分だったらどうするか? 
 
ウルフ:自分が経営者だったら、傘下にある大衆紙サンを売却する。そして、売却益を使って、非営利の信託(トラスト)組織を作る。例えば、ガーディアン紙のスコット・トラストのような。そして、調査報道とか、高質のジャーナリズムをこのトラスト組織を通じて、支援する。 
 
 そこまでやったら、今まで盗聴とか悪いことをしてきたことのつぐないとして、認めてもらえるのではないかー。ただし、私がこれをマードックに進言しても、聞いてくれないと思う。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より) 


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