2011年10月24日17時52分掲載  無料記事
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ワレーリイ・フォーキン監督「変身」   村上良太

  カフカの小説「変身」は人間が虫になってしまう話である。虫はゴキブリという説が有力だが、コガネムシという説もある。カフカがドイツ語で書いたときは「害虫」とか「毒虫」というようなあいまいな言葉だったために、主人公が何に変身したかは読者の想像にゆだねられているのである。 
 
  「ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目覚めてみると、ベッドのなかで自分が薄気味悪い虫に変身してしまっているのだった。甲羅のように固い背中を下にして仰向けに寝ており、頭を少しもち上げると、弓形に硬ばった節のつらなる、丸く膨らんだ褐色の腹が見えた。」(ちくま文庫「カフカセレクション 掘廚茲蝓法
 
  この主人公の悲惨な運命を描く短い物語である。虫になったために家族から疎まれ、言葉も交わせず、人間の食べ物ものどを通らなくなっていく。男は虫に変わってしまうのだ。カフカの「変身」がロシアの監督ワレーリィ・フォーキンによって映画化されている。フォーキンは演劇界の演出家である。このDVDを手にした時、最初に思ったことはグレーゴルが何に変わったのか?ということだった。 
 
  余談になるが筆者は学生時代、映画館で映写助手のアルバイトをしていたが、「ザ・フライ」という映画が来たことがあった。「ザ・フライ」は主人公がハエになる話である。主演はちょっと色の浅黒いジェフ・ゴールドブラムだ。映画の始まりでは前途有望な天才科学者が自分で人体実験し、ちょっとしたミスからハエ男になってしまう。映写の度、この陰鬱な物語を反復して見ることになった。ハリウッド映画らしく、男に剛毛が生え始め、日を追って体がだんだんハエになる。ゴールドブラムの肉体に特殊な効果を施していたことは言うまでもない。彼は戦いになると細胞を溶かす液を敵に吐きかけたりするのだ。それに、窓から飛び立ったりする。 
 
  しかし、フォーキン監督の「変身」を見ると、主人公には特撮的なこともメークアップも施していない。ザムザが夢から目覚めると、ベッドの上で俳優が仰向けになって手足を上げ、指をぴくぴく動かしているのである。これには驚き、感心した。約1時間半の映画を、生身の俳優が素で虫を演じようというのか。最初はベッドで仰向けから姿勢を中々変えることができず、もがいているうちにベッドから落ちてしまう。そこから先は床を這いまわるのだ。だから基本的にローアングルの世界が繰り広げられる。眠るのはベッドの下の空間だし、食事は妹が床にミルクや食べ物入りのボールを置いてくれる。 
 
  フォーキン監督は虫を特定せず、俳優が素で演じることで、カフカが付託した想像力の余地を映画でも維持したのである。これは素敵な方法だ。しかし、俳優はそのために床を這いまわり、壁をよじ登り、人間虫にならなければならなかった。 
 
■「カフカ作「変身」の中身」 
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