2011年10月26日11時03分掲載  無料記事
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エフライム・カム(Ephraim Kam)著 「奇襲攻撃(Surprise Attack)〜攻撃された側から見る〜」    村上良太

  エフライム・カム(Ephraim Kam)著「奇襲攻撃(Surprise Attack 〜The Victim's Perspective〜」は第二次大戦から現代にかけて行われた奇襲攻撃について分析した戦略の本である。出版社はアメリカのHarvardだ。そして、著者はイスラエル軍の戦略シンクタンク,Jaffee Center for Strategic Studies に勤務する戦略家である。 
 
  この本は神田神保町の洋書屋「北沢書店」を通して、アメリカから取り寄せてもらったのだが、その頃、イスラエル取材の企画を作っていた。2004年の頃だったろうか、イラク戦争の後、イスラエルがイランへの武力行使の可能性をほのめかし、盛んにイランを牽制していた頃である。そして、イスラエルと同調してアメリカの共和党右派であるネオコンも、活気づいていた。僕はアメリカのネオコンとイスラエルとの思想的・人脈的・資金的結びつきを検証したいと考えた。そのために彼らの思想的バックグラウンドを知る必要を感じたのである。 
 
  ブッシュ政権の時代にネオコンの影響でアメリカは戦略方針を大きく変えることになった。それが「先制攻撃論」である。敵国が「準備」をしているなら、核攻撃の先制攻撃も辞さないとしたのである。これは長年、少なくとも建前は先制攻撃を認めていなかったアメリカの戦略を覆すものだった。その転換点には「奇襲攻撃」に対する警戒があったはずである。この思想的転換のプロセスと思想的な流れを追いたいと思ったのだ。そして機を一にしながらもこの流れとは別な方向で、退役将軍やキッシンジャーなどから核兵器廃絶論も出てきたと思えるのである。 
 
  エフライム・カム氏は同シンクタンクの幹部であり、スポークスマン的な役割も果たしていた。以前はイスラエル軍情報部の大佐だった。カム氏が奇襲攻撃を分析する理由はイスラエルが狭く細長い国土であり、戦略的な「深さ」を国土的に持ちえないことにあった。ひとたび奇襲攻撃を受けると、イスラエル全域、どこでもダメージを受ける可能性がある。これはイスラエルの人々のオブセッションになっているらしい。この恐怖感とイスラエルの過激な武力政策とは無縁ではないと思えるのである。 
 
  カム氏が「奇襲攻撃」で分析しているのは11のケースである。その中には真珠湾攻撃も含まれる。副題にあるように本書は奇襲に成功した側の秘訣ではなく、奇襲を受け被害を受けた国にスポットを当てている。なぜ奇襲に気づかなかったのか、奇襲された条件を探ろうというのである。扱われているケースには次のようなものであり、イスラエル自身が奇襲に成功したケースも敵側の視点から分析している。 
 
1、 1940年4月9日 
   デンマークとノルウェイへのドイツ侵攻 
 
2、1940年5月10日 
   フランス、オランダ、ベルギーへのドイツ侵攻 
 
3、1941年6月22日 
   ロシアへのドイツ侵攻「バルバロッサ作戦」 
 
4、1941年12月7日(アメリカ時間) 
   真珠湾攻撃 
 
5、1941年12月7日〜1942年2月15日 
   マレーシア、シンガポールへの日本侵攻 
 
6、1950年6月25日 
   韓国への北朝鮮の侵攻 
 
7、1950年10月25日 
   韓国への中国侵攻 
 
8、1956年10月29日 
   イスラエルのシナイ半島侵攻 
 
9、1962年10月20日 
   インドへの中国侵攻 
 
10、1967年6月5日 
   エジプトへのイスラエル侵攻 
 
11、1973年10月6日 
   イスラエルへのエジプトとシリアの侵攻 
 
 
  本書が最初に出版されたのは1988年だが、イスラエルがイランに対して警告を発していた頃の2004年に版を重ねている。そして、その頃、僕も本書を知ったわけだが、著者はまさにイスラエルにあって、イランの核開発に警告していた人である。イランのアフマディネジャド大統領はイスラエルがなくなればいい、と言った挑発的な言葉を発しており、一種のポピュリスト政治家だったからでもある。 
 
  僕はイランへの軍事制裁に反対するものだが、そうした自分の考えはさておき、イスラエルのタカ派と言われる人々の思想・心情の真実を知りたいと思っていた。この本はそういう意味で7年前に企画書を書くために読んだ(企画は実現しなかった)ので、今では記憶もあいまいになっている部分があるが、総体として実務的な戦略家らしく、奇襲を察知できなかった理由を丁寧に分析しているのが印象深かった。そこには偏見や議会の対応の遅さなども原因として挙げられていた。 
 
  分野は軍事と外交で異なるのだが、アプローチの仕方がアーネスト・メイ著「歴史の教訓〜アメリカ外交はどう作られたか〜」(岩波書店)と似ている。過去の失敗の原因を検証していく姿勢が、である。判断の誤謬がなぜ生じるか、そこには過去の成功体験や、情報の欠如、コミュニケーションの齟齬(軍と議会)など様々な要因がある。成功体験より失敗体験からの方が汲み取れるものが豊富にあるのだ。政府も軍も必ず間違える。しかも、繰り返し間違えるものである。 
 
 キッシンジャーはハーバード大学で学生たちに常に賛成側と反対側の両方の立場から物事を論じさせるトレーニングを施していたそうである。イランに対しタカ派的発言をしていたカム氏だが、本書を読むと、ハーバード大学で学んだクールさも多分に持ち合わせている印象を受ける。僕は先制攻撃論には賛成できないが、その論者がどんなことを考え、どんな風に思想形成を経てきたのかには関心がある。 


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