2011年10月31日14時44分掲載  無料記事
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コラム

「一年、一年。」 入江洋佑 (東京演劇アンサンブル 俳優・演出家)

  早い。あと2ヶ月で今年も終る。その残った2ヶ月の中で、ブレヒトの芝居小屋で2本の芝居を上演する。もちろんその間も2本の別の芝居『ラリー』と『銀河鉄道の夜』は、文化庁、高校、おやこ劇場の旅公演を続けている。充実した下半期といえるだろう。 
 
  さて2本のうち11月19日は『野の涯』だ。「オソレナガラ天朝サマニソムキテタテマツル」とむしろ旗に大書し、年号も自由自治元年と謳い、時の明治國家に対峙した自由民権運動があった。「秩父事件」 フランスのパリ・コミューンに比せられる革命運動といってもよいだろう。蜂起後10日間で軍隊によって弾圧、崩壊してしまったが、その生き残りの一人が北海道に逃れ、34年間にわたる心の軌跡を語る。初演から30年余、伊藤克の持続した一人芝居だ。 
 
  2作目は『銀河鉄道の夜』。そうこれも30年続けてきたクリスマス公演なのだが、今年はメンバーを一新した、新しい銀河鉄道なのだ。「10人の人間がいれば、10の違ったハムレットがある」といったのはブレヒトだったろうか。脚本・上演のスタイル、芝居のコンセプトはそんなに変ってはいないが、俳優が変ると芝居のタッチ、肌触りが違ってくる。それが芝居の魅力だ。いままでの『銀河』をご覧の方も、今年もう一回芝居小屋に足を運んでいただければと願っている。 
 
  アウフヘーベン(Aufheben)という言葉がある、近頃あまり使われないが。普通、止揚・揚棄と訳されているが、辞書を引くと、「否定する」「たかめる」「保存する」という3つの意味あいを含めて物事についての矛盾や対立をより高次の段階で統一すること、とある。東京演劇アンサンブルは今年、2011年を、いや創立以来続けてきた理念を、芝居を、運動をアウフヘーベンしただろうか。 
 
  『おじいちゃんの口笛』『道路』『ラリー』『銀河鉄道の夜』『シャイロック』『野の涯』作品6本、全体で130ステージ。東日本大震災復興のささやかな応援も何回か芝居小屋で、また被災地での特別公演もあった。いま東京演劇アンサンブルの持てる力の範囲では一生懸命、誠実に仕事をして来たといえるだろう。だが、状況の中で精一杯ということで、状況を喰い破る力が仲々みつからないのが今という時代なのだろうか。ウォール街のデモがその象徴のような気もする。不平等だと不満はいっているが、その根源の資本主義を否定している訳ではない。自分たちの労働そのものが資本主義を強くしている矛盾はどうするのだろう。また、ぼくが一番恐ろしいと考えるのは(いまたまたまカダフィーの死を知ったところなのだが、)「テロ反対」とか、「民主化」という美しいことばをつかって、大国が自國の資本のためにグローバリゼーションを、帝国主義的な侵略を行っていることだ。アフガニスタンでイラクでアラブの春で何十万の人が殺された。そして、全世界のメディアがそれを「民主化」と呼ぶことのゆがみだ。 
 
  そんな時代で芝居というミニコミュニケーションが何をすればよいのだろうか。 
  「手から手へ」という神話を信じて「千万人といえど我行かん」とするのだろうか。これから長い間、志ある芝居がつき当たって行く課題なのだろう。 
 
  東京演劇アンサンブルは、4年にわたる稽古場の改築を終えた。たくさんの支援をつづけてくださったみなさまに心からのお礼を述べたい。冬寒く、夏暑い芝居小屋ではなくなりました。そして、今年は10人もの若い劇団員が増え久しぶりに<若さ>の持つこころよいエネルギーに触れている。 
 
  来年度の作品も決まった。それは、新年のレターに詳しく述べたい。しかし、チョットだけ。来年2月、坂手洋二さんの演出で、韓国と日本のあいだの長い間の、重い『荷』(鄭福根・作)を上演する。ステップ、バイ、ステップだ。 
 
(東京演劇アンサンブルのニュースレター「a letter from the Ensemble 」より転載) 
 
■ひとが生きる意味を問う 木下順二追悼公演「山脈(やまなみ)」 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201003081352561 
■東京演劇アンサンブル公演「シャイロック」(アーノルド・ウェスカー作) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201109062359192 
■今法案化が進められている劇場法への懸念  文化統制につながる危険を演劇人が指摘(志賀澤子氏の寄稿) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201004022200405 
■東京演劇アンサンブルのホームページ 
http://www.tee.co.jp/ 
  「1954年創立以来東京演劇アンサンブルは、「演劇行為の中に人間の変化の契機をつくる」ことを根底においた創造の集団をめざしてきた。張りめぐらされた古い構造を破壊して、新しい演劇空間を、今日の絶望的な状況のなかに生み出そうとしつづけている。」 
 
  「1977年、東京練馬区・武蔵関の辺境に on the corner をこころざして劇場を建設した。オープンスペース、ブラックボックス、客席数可変の前衛的な劇場である。このブレヒトの芝居小屋を根拠地に、演出家・広渡常敏を中心とした約70名の劇団員が、常にアクチュアルな演劇を求めつづけ、時代と世界に向きあった活動を、年間250〜300ステージの規模で展開している。」 
 
  「1990年〜91年、ニューヨークとソウルでの『桜の森の満開の下』を皮切りに、1993年、モスクワ芸術座で『かもめ』を上演。円形劇場の周囲を流れる川、自然主義を超えた象徴的な演技のスタイルは、チェーホフの本場ロシアにおいて強烈な衝撃をあたえた。1996年、日本を代表する木下順二の現代劇『沖縄』のベトナム・イタリア公演。1999年、再び『桜の森の満開の下』でウラン・ウデ(ロシア連邦ブリヤート共和国)、ロンドン公演、2005年アイルランド3都市(ベルファースト・ダブリン・コーク)公演を成功させた。また、2003年に『走れメロス』、2005年に『銀河鉄道の夜』の韓国公演を行なった。」 


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