2011年11月21日11時07分掲載  無料記事
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政治

TPP参加は「壊国」へ向かう道 背景にアメリカ帝国崩壊の回避策 安原和雄

  関税の完全撤廃などを目指すTPPへの参加の是非をめぐって熱い論議を呼んでいる。参加は「開国」よりもむしろ「壊国」、すなわち日本が守るべき固有の制度まで壊してしまうだろうという懸念が広がっている。TPPを主導する米国が「米国基準」を押し付けてくる可能性が強いからだ。 
 なぜ米国は自国特有の基準にこだわるのか。その背景には世界に軍事力を展開するアメリカ帝国の崩壊が進行しつつあるという事情がある。その崩壊を回避するための最後の手段としてTPPは登場してきたとは言えないか。それにしても帝国崩壊はいわば自損行為であり、そのためのTPPを安易に受忍する必要はない。 
 
▽ 日本の不利益が予想される項目 ― 「海外投資家への差別撤廃」も 
 
 グローバリズムの名の下に進められている米国主導のTPP(=Trans Pacific Partnership Agreement。環太平洋経済連携協定、環太平洋パートナーシップ協定など呼称は多様)は関税は原則としてゼロ、同時に日本に対し、米(コメ)、食品、政府調達、金融、医療など多様な分野の市場開放を目指すものだ。 
 
 TPPに日本が参加した場合、不利益が予想される項目(日本政府見解・10月20日付毎日新聞)は以下の通り。 
・関税の撤廃=保護してきた農水産物(米などへの高関税)で関税撤廃 
・食品の安全基準=日本より低い安全基準を迫られ、安いが、安全ではない食品の輸入が増える 
・製品の安全規格に関するルール整備=遺伝子組み換え作物の表示に影響 
・貿易救済(国内産業保護のセーフガード・緊急輸入制限)の発動条件=発動条件が厳しくなる 
・政府調達(公共事業発注のルール)=外国企業参入を容易にするため値下げ競争が激化し、地方の中小建設業者に打撃も 
・競争政策(カルテルなどの防止)=公的企業などへの政策見直し 
・金融(他国で金融事業を行う際のルール)=郵政、共済事業に影響も 
・海外投資家への差別撤廃=海外投資家から国が訴えられる可能性 
・医療=米国は保険診療と保険外診療(自由診療)を併用する「混合診療」の全面解禁や病院の株式会社参入を要求 
 
 上記の項目のうち日本ではまだそれほど注目されていないが、重要なのが「海外投資家への差別撤廃」である。朝日新聞「経済気象台」(11月15日付・TPPの論点を示せ)は次のように指摘している。 
 TPPの最大の問題は「投資家対国家間の紛争解決条項」が織り込まれていること。米国企業が日本で不当に不利益を被ったと判断すれば、国際仲裁機関に提訴し、これに日本が負けると政府が賠償責任を負う。米韓の自由貿易協定では、米国にだけ訴訟権があり韓国には与えられていない。医療分野や金融業でも、米国流が押しつけられる可能性があり、これを拒めば、訴訟、賠償となるリスクもある、と。 
 日本の多様な市場開放に関心を抱く米国企業にとっては都合のいい紛争解決条項である。 
 
 交渉参加9カ国(米国、ペルー、チリ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、ベトナム)は、ハワイ首脳会談(日本時間11月13日)で協定の大枠合意に達したとの共同声明を発表した。オバマ大統領は大枠合意を受けて「TPPは参加国の経済を押し上げ、米国の輸出倍増計画の助けになるだろう」と表明した。 
9カ国に加えて日本が日米首脳会談で交渉参加を表明、さらにカナダ、メキシコも新たに参加の意向である。これで交渉参加国は12カ国となる。 
 
<安原の感想> オバマ大統領の率直な発言 
 大統領の「TPPは米国の輸出倍増計画の助けになるだろう」という率直な発言に注目したい。TPPに期待する米国の本音の一端がここにあるわけで、米国内の内需を喚起して経済振興を図るよりも、特に日本市場に照準を合わせた農産物などの輸出増に力点が置かれている。 
 
▽ 主導する米国の狙いと日本への影響 ― 開国か壊国か 
 
 主導する米国の狙いは何か。日本にとって何を意味するのか。開国なのかそれとも壊国なのか。もっとも影響が大きいのは農業分野で、日本の食糧自給率は、自給率を高めるべき時に現在の40%から10%台へ低下するという試算(農林水産省)もある。壊国というほかないだろう。 
 
 ここではTPP参加について旧大蔵省の榊原英資元財務官(元国際金融局長)の反対論を紹介しよう。朝日新聞(11月2日付)の<攻防 TPP 賛否を問う>シリーズで「米国基準押しつけてくる」という見出しで語っている。大要は次の通り。 
 
 (榊原さんは大蔵省時代、日米保険協議や円高是正の為替介入など米国と渡り合ってきた。TPP論議をどう見ているか、の問いに)私は金融や貿易の自由化には賛成だが、TPPには問題がある。医療、金融、政府調達など幅広い分野をカバーしており、単なる貿易自由化の協定ではない。米国がアメリカンスタンダード(米国基準)を押し付けてきて、日本が守るべき固有の制度が崩れてしまうのではないかと心配している。 
 例えば米国は基本的には自由診療の国。混合診療などを求められ、日本の公的医療保険制度の一角が崩れる可能性がある。法律で地元の建設業者を優遇することになっている地方の公共事業も、攻撃されるかもしれない。日本の制度を全面的に米国化するのには反対だ。 
 
 (日本政府は、TPP交渉では公的医療保険の見直しは議題になっていないと説明している、との質問に)協議したことのない人が言うことだ。私は日米交渉を長くやってきた。いまは議題でなくても、米国は今後いろいろな要求を出してくるだろう。米国政府の後ろには必ず業界がついている。米通商代表部の人は「企業のために交渉するのが役人の役割だ」と明言していた。 
 (TPP参加は、日本にメリットが少ないということか、の問いに)すでに東アジアは相当経済統合し、日本はサプライチェーン(部品供給などのネットワーク)の恩恵を十分受けている。日中韓と東南アジア諸国連合(ASEAN)の域内貿易比率は60%に上る。東アジアの経済統合から取り残されまいと、米国と豪州が進めようとしているのがTPP。だから中国は入らないし、自由貿易協定(FTA・注)で先行する韓国も日本より先に入ることはないだろう。そんな状況で、日本が慌てて飛び乗る必要があるのか。 
 (注)FTAは2国間あるいは多数国間で関税を撤廃する協定で、世界貿易の基本ルールであるGATT(関税及び貿易に関する一般協定)第24条に基づく。 
 
 もう一つ、同じ<攻防 TPP 賛否を問う>シリーズ(11月10日付)で国民新党・亀井静香代表は「参加決めれば政権もたぬ。私は親米だが、米国のいいなりになる<従米>ではない」と意気盛んである。果たして野田政権の行方はどうなるか。「政権もたぬ」という「亀井予言」通りになるかどうか。 
 
 一方、大手紙の社説はどう論じているか。 
 例えば毎日新聞(11月15日付)の「アジア太平洋 戦略的な日米連携を」(見出し)は次の通り。 
 野田首相は米大統領との会談で「日米が連携しながらアジア太平洋地域の経済ルール、安全保障の実現をしっかりやり遂げていかないといけない」と述べた。TPP交渉参加を念頭に置いたものだが、同時にこれは、安保も含め地域の秩序形成に日本は米国と共に積極的関与していく、という宣言である。 
太平洋国家としての米国の指導力と関与を抜きに、この地域の安全と繁栄はない。中国の経済力・軍事力の増大を考えると、日本が日米連携で自由かつ開放的な地域秩序を率先して構築するのは国益にかなう。 
 
<安原の感想> 「日米安保推進と国益論」は危うい 
 大手紙の社説は開国派のつもりらしい。上述の壊国を懸念するTPP反対論は具体的な論理で説得力がある。これに比べ、開国派は大局論を展開しているつもりなのだろうが、単なる開国にとどまらず、日米安保推進の提灯持ちを買って出ている姿勢といえる。 
 しかも「国益にかなう」という表現が無造作に使われているが、ここでの国益とは「国家益」なのか、それとも「国民益(市民益)」なのか。前者の国家益を指しているのだろうが、そういう国益論が当然のように乱用されるようでは危うい。 
 
▽ TPPは日本の成長を促すか ― 答えは「否」 
 
 TPPに参加すれば国内の経済成長を促すことになるのか。日本の場合はどうか。中野剛志著『TPP亡国論』(集英社新書)は「アジア太平洋の成長を取り込む?」と題して論じており、「否」の解答を発見できる。その大要を以下に紹介する。 
 
 アジアは今後の成長センターであり、アジアの成長をいかに取り込むかが、日本の成長戦略のカギである。政府、財界、多くの経済学者たちがこのように論じてきた。成長するアジアとして重要なのは、中国、ついでインドあるいは韓国だが、TPPにはこの3国のいずれも入っていない。 
 TPP交渉に参加している9カ国に日本を加え、10カ国のGDP(国内総生産)のシェアを計算してみると、アメリカが約67%、ついで日本が約25%、オーストラリアが約4%、残り合わせても約4%にすぎない。つまり日米で約90%を占める。これではTPPによってアジアの成長を取り込むなどというのは、誇大妄想としか言いようがない。要するに日本が参加した場合のTPPとは、実質的に日米FTAなのだ。 
 
 しかもTPP交渉参加国には、GDPに占める輸出額の割合が高く、国内市場が小さい国が非常に多い。外需依存度(財貨・サービスの輸出額の対GDP比)が日本より小さい国は、アメリカしかない。つまりTPP参加国に日本を加えた10カ国の中で、日本が輸出できる市場は、実質的にアメリカだけなのだ。この10カ国のほとんどのアジア太平洋諸国の成長は、輸出に大きく依存している。しかも有力な輸出先は、アメリカと日本なのだ。 
 TPPによって日本がアジア太平洋の成長を取り込むなどというのは悪い冗談である。実態は、アジア太平洋諸国の方が日本の市場を取り込みたいという話である。 
 
<安原の感想> 誇大妄想と悪い冗談を警戒 
 TPPによって(日本が)アジアの成長を取り込むというのは、「誇大妄想」、「悪い冗談」という表現がここでは生きている。根拠の薄い持説を正当化するためにご本人は誇大妄想や悪い冗談に囚われているにもかかわらず、そこに気づこうともしない、いや気づいていない振りをする。こういう輩は、格別珍しいわけではないが、口車に乗せられないように警戒する必要がある。 
 
▽ アメリカ帝国最後の巻き返し― ニクソン演説からヒラリー論文へ 
 
 視点を変えて、アメリカのTPP戦略は何を意図しいているのか、その歴史的意味を考えてみたい。想い起こすのは、40年も昔のニクソン米大統領の歴史的演説(1971年7月6日)である。次のように述べた。 
「その昔、ギリシャとローマで起こったことは、過去の偉大な文化 ― 富裕への過程、よりよくなろうとする意欲 ― を失う過程である。彼らはデカダンス(退廃的な生活態度)の虜(とりこ)となって、とどのつまりは文明を滅ぼした。アメリカは今、その時期に達しつつある」と。 
 さらに次のように問いかけた。 
「いまから5年後(建国200周年)にわれわれは依然として世界の最富裕国、最強国であろう。だが基本的な問題は、果たしてアメリカは健全な国であろうか ― 健全な政府、経済、環境、医療制度をもつだけでなく、道義的力においても健全な国であろうか」と。 
(参考:安原和雄著『平和をつくる構想―石橋湛山の小日本主義に学ぶ』・澤田出版) 
 
 この演説から3日後の7月9日、キッシンジャー米大統領補佐官が極秘裏に訪中し、周恩来首相と会談、7月15日ニクソン訪中(翌年2月)プランを世界に向けて発表、突然の米中握手に世界は驚いた。1カ月後の8月15日金・ドル交換の停止に伴う米ドル価値の低落、4年後の1975年4月、アメリカはベトナム戦の泥沼から敗走した。 
 それ以来、米国は超大国の地位から転落し、世界の多極化への流れが強まり、アメリカ帝国崩壊が進行してきた。この帝国崩壊に歯止めをかけ、巻き返そうという最後の試みがTPP作戦と位置づけることはできないか。しかしこの作戦は成功するだろうか。 
 
<安原の感想> 帝国崩壊への歯止めは脱軍事力 
 歯止めに成功するためには米国は軍事力依存症から抜け出す必要がある。ところがオバマ米大統領は11月16日就任後初めてオーストラリアを訪問し、ギラード首相と会談、米海兵隊を最大2500人駐留させるなどの同盟強化策で合意した。一方、パネッタ米国防長官は15日、今年末に駐留米軍をイラクから完全撤退させた後、中東・湾岸地域に米軍4万人以上を駐留させる意向を表明した。つまり米国は中東から太平洋地域での米軍事力展開に固執し続ける。 
 これに関連してヒラリー米国務長官の「アメリカの太平洋の世紀」と題する論文(フォーリン・ポリシー誌・2011年11月号)に着目したい。次のように指摘している。 
「アジアの成長と活力を利用することは米国経済と軍事戦略的利害にとって中核であり、オバマ大統領の主要な優先順位の一つである。アジアにおける市場開放は米国に投資、貿易、最先端技術へのアクセスに関し、前例のない好機を与える」と。 
 ここでは「太平洋の世紀」について経済と軍事が一体として認識されている点が見逃せない。ニクソン演説が「道義的力としての健全さ」を重視したのに比べ、ヒラリー論文は「経済と軍事」にかかわるパワーを振りかざしている。これでは衰退へ向かう帝国による恫喝とも映る。 
 
 もう一つ、経済についていえば、1980年代以来の失業、格差、貧困、人権無視をもたらす新自由主義路線(=市場原理主義)から転換し、内需主導型経済の再生に取り組まない限り、米国経済の正常化はあり得ない。具体的には例えば1%(富裕層)の富を増税などで吸い上げ、99%(中間層や貧困層)に還元することが不可欠である。しかし目下のところ新自由主義路線から転換への明るい兆しはうかがえない。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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