2011年12月14日11時41分掲載  無料記事
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反戦・平和

「平和への権利」の国際法典化を!〜スペイン国際人権法協会幹部を招いての名古屋集会報告〜  池住義憲  

 平和の世紀と謳われた二一世紀に入っても、戦争・内戦・民族紛争など、平和を破壊する動きが絶えない。経済のグローバル化は、途上国と先進国間および各国内において、貧困と飢餓、貧富の格差を拡大させている。世界の多くの人々の生活と生命は脅かされ、不均衡、不平等、不正義の社会のなかで生きることを余儀なくされている。生態系の破壊は進み、人々が「平和のうちに生きる」ことがますます困難になってきている。 
 
一 これまでの経緯・背景 
 
 平和を脅かすこうした直接的・構造的暴力が常態化するなかで、圧倒的軍事力を背景にした国家による軍事的“解決”の試みは、更なる暴力と対立を生み出し、情況を悪化させてきた。 
 
 従来、平和の問題は、「主権国家間の安全保障政策の問題」として捉えられてきた。これに対し、特に二〇〇三年のイラク戦争以後、平和の問題を「全世界の人民の基本的人権の問題」として捉え直す動きが加速してきている。平和を国と国との関係から、一人ひとりの市民や集団が政府や国に求めることのできる「権利」であり「人権」として捉え直そうとするものである。 
 
 スペイン国際人権法協会は、二〇〇五年以降、世界各地でNGO会議を開催し、平和を求める世界の市民の声を集約してきた。その集大成は、ルアルカ宣言(二〇〇六年一〇月)、ビルバオ宣言(二〇一〇年二月)、バルセロナ宣言(二〇一〇年六月)、サンティアゴ宣言(二〇一〇年一二月)に結実している。 
 
 一九八四年国連総会の「平和に対する人民の権利に関する宣言」を出発点とし、その後のNGOの動きを受けて国連は、二〇〇八年から二〇一一年にかけて人権理事会で「人民の平和への権利の促進決議」を毎年連続して採択してきた。二〇一〇年八月には平和への権利宣言の起草委員会が設立され、二〇一一年八月に人権理事会・諮問委員会で宣言草案に関する審議が行われた。 
 
 約五年にわたるNGOによる議論の積み重ねと、NGOの動きを受けとめてきた国連人権理事会は、二〇一二年二月の諮問委員会で「人民の平和への権利(The Right of Peoples to Peace)」宣言草案を採択 し、同六月には人権理事会で審議・採択する予定である。そして二〇一五年には国連総会での宣言採択を目指し、「人民の平和への権利」を国際法典化することを見据えている。 
 
二 運動を主導するスペインの法律家二名を招聘 
 
 「人民の平和への権利」国際法典化の動きを日本にも広く知らせ、来年六月の国連人権理事会で採択予定の宣言をより意味のあるものにするため、二〇一一年一二月二〜一一日、スペイン国際人権法協会のカルロス・ビヤン・デュラン会長とダヴィッド・フェルナンデス・ブヤナ事務局長の二名を招聘した。 
 
 デュラン会長は一九八二年から二三年間、国連人権高等弁務官事務所に勤務したが二〇〇五年にスペインへ帰国し、スペイン国際人権法協会を設立した。きっかけは、二〇〇三年三月に始まったイラク戦争に対するスペイン政府の対応だった。多くの市民が反対するにもかかわらす、スペイン政府は米国に同調してイラク戦争に参戦した。この時デュラン会長は「これだけの市民が反対しているのに止められない。個人が戦争を拒否できる法的な権利さえあれば」と思い、協会を設立することとなった。 
 
 この頃日本では、イラク戦争支持を表明した日本政府の方針とイラクへの自衛隊派兵準備を進める政府に対する市民の反対運動が起こり、「自衛隊イラク派兵差止訴訟」を提起(二〇〇四年一月〜)していった時期であった。 
 
 スペインから二人を招いて日本での集会は、デュラン会長と行動を共にして世界各地での集会開催や意見のとりまとめ、国際署名キャンペーンなどを進めてきたプヤナ事務局長の二人をスピーカーとし、名古屋(一二月三日)を皮切りに大阪(同五日)、那覇(同七日)、東京(同一〇日)の四箇所で開催された。そして各地の集会で出された意見・提案を受け、最終的に「平和への権利に関する名古屋宣言(Nagoya Declaration on the Human Right to Peace)」を採択した。そしてこの「名古屋宣言」は、その後の大阪、那覇、東京での集会でも承認・確認された。 
 
 宣言名を「名古屋」宣言としたのは、自衛隊イラク派兵の一部を憲法違反と判示し平和的生存権の具体的権利性と裁判規範性を認めた二〇〇八年四月一七日名古屋高裁判決に因んでのことであった。スペイン国際人権法協会からも名古屋高裁判決を平和的生存権の到達点とする理解が表明され、「名古屋宣言」と名付けて発信したらどうかとの提案もあってこの名称になった。 
 
三 日本国憲法の平和主義と平和的生存権の先駆性 
  〜〜名古屋集会で日本側からの報告発題 
 
 一二月三日の名古屋集会(参加者七二名)は、「平和への権利国際キャンペーン・日本実行委員会事務局笹本潤弁護士からこれまでの経過・経緯報告があった後、本秀紀名古屋大学教授から日本国憲法における平和主義と平和的生存権について、また自衛隊イラク派兵差止訴訟・名古屋弁護団事務局長の川口創弁護士から「被害者にも加害者にもならない権利」としての平和的生存権について報告発題があった。 
 
 本教授は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」ために日本は主権在民を宣言したこと、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の箇所に触れて平和を維持するためには世界の人々(人民)と信頼関係を築いていく道筋がもっとも重要としていること、人民の連帯・連携によって「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する」(平和的生存権)ことができると宣言したこと、平和的生存権は個人の権利であること、などを改めて確認した。こうした平和的生存権論は、恵庭訴訟(一九六二〜六七年)に始まって長沼ナイキ訴訟(一九六九〜七三年)を経て、そして自衛隊イラク派兵差止訴訟(二〇〇四〜〇八年)に至る裁判闘争並びにそれと連動した各地の市民平和運動とともに発展してきたことを指摘した。 
 
 川口弁護士は、名古屋高裁のイラク派兵違憲判決(二〇〇八年四月十七日、同年五月二日確定)のなかで、平和的生存権は、一)全ての人権を支える重要な権利であり、単なる理念でなく裁判所へ救済を求めることが出来る具体的権利であること、二)戦争と軍備及び戦争準備によって破壊されたり侵害ないし抑制されることなく、恐怖と欠乏を免れて平和のうちに生存し、またそのように平和な国と世界を作り出していくことのできる自然権的本質を持つ基本的権利である、と判示したことを指摘した。海外派兵の違憲性を指摘した上で、いかなる軍事的暴力の「被害者にならない権利」だけでなく、「加害者とならない権利」も含むとした点に名古屋高裁判決の意味があると述べた。市民一人ひとりが平和を創る当事者であることを認めた点で極めて画期的な判決であると指摘した。 
 
そしてデュラン会長の講演(後述)があったのち、集会の最後で、政府の行為によって戦争の惨禍が繰り返されることに抗議してきた主要な市民の活動・裁判闘争、すなわち、長沼訴訟札幌地裁判決(一九七三年九月、福島判決)、イラク訴訟名古屋地裁判決(二〇〇七年三月、田近判決)、同・名古屋高裁判決(二〇〇八年四月)、同・岡山地裁判決(二〇〇九年二月)の内容を記し、「平和への権利」国際法典化への賛同・協力の意思を示す決議文を集会参加者一同で採択した。 
 
  “日本国憲法は「人権としての平和」という考え方を先駆的に表明し、私たちは政治運動・裁判運動の中で、その考え方を発展させてきた。自衛隊イラク派兵差止訴訟・名古屋高裁判決はその一つの到達点であり、そこに示された考え方をさらに発展させ、「全世界の人民の平和的生存権」の確立のために努力していくことが私たちのこれからの課題である。 
私たちは、平和的生存権にもとづいて、自衛隊イラク派兵違憲判決を獲得した名古屋の地から、「人民の平和への権利」に関する国連宣言に対して心から賛同し、その実現のために最大限の努力を行う覚悟であることを、ここに宣言する。” 
 (注:決議文の最後の部分のみ) 
 
四 「人民の平和への権利」の国際法典化を! 
  〜〜名古屋集会でのデュラン会長講演内容 
 
 国連総会における「平和への権利」法典化にむけて日本からの貢献・協働を願って、スペイン国際人権法協会のデュラン会長は、二〇〇五年にスペイン各地からゲルニカに専門家招いて開催した会議で「平和への権利」を議論し始め、その後、ルアルカ、ビルバオ、バルセロナ各地ならびに世界各地で開催した市民社会の専門家会議での議論を積み重ね発展させてきたこと、それらを昨年(二〇一〇年)一二月に「平和への人権に関するサンティアゴ宣言」としてまとめてきた経緯を報告・説明した。 
 
 「サンティアゴ宣言」は全一五条から成り、「平和への権利の諸要素」を規定した第五条に「不服従及び良心的兵役拒否の権利」が掲げられている。市民的不服従と良心的兵役拒否の権利は個人および集団の構成員として有していること、いかなる機関の構成員であっても侵略戦争や国連によって許可されていない国際的軍事作戦や武装作戦に国内外を問わず「参加しない権利」「命令に従わない権利」を持っていること、などが明記されている。 
 
 このことは、平和的生存権には「戦争や軍隊によって他者の生命を奪うことに加担させられない権利」「他国の民衆への軍事的手段による加害行為と関わることなく自らの平和的確信に基づいて平和のうちに生きる権利」も含むとした名古屋高裁判決、ならびに平和的生存権をすべての基本的人権の基底的権利と判示して「徴兵拒絶権」「良心的兵役拒絶権」「軍需労働拒絶権」等の自由権的基本権として存在するとした岡山地裁判決と合致する。 
 
 またデュラン会長は、すべての個人および人民は、国際犯罪や他の重大・大規模あるいは組織的な人権侵害を犯すすべての体制に対して「抵抗し反対する権利」、すなわち人民の「抵抗権」を有するとしたサンティアゴ宣言の第六条にも触れた。その他にも、軍備縮小を要求する権利並びに外国軍事基地を前進的に廃止するための効果的かつ強調的方法を採用することを謳った第七条、発展及び持続可能な環境に生存する権利(第四条)、安全・食料・飲料水・衛生・保健・衣服・住居・教育・文化等を享受する権利(第三条)などに触れ、これらの権利すべてを含むのが「人民の平和への権利」内容であることを強調し、国際法典化していこうと呼びかけた。 
 
 「人民の平和への権利」国際法典化へむけては、二〇〇七年から「平和への権利のための世界キャンペーン」が実施されている。全世界に「人民の平和への権利」を知らせること、人権理事会および同諮問委員会の作業に「平和への権利」を挿入するように要請すること、市民組織による平和への権利の世界宣言の法典化を完了させること、国連における平和への権利の法典化を開始させることを目的としている。二〇〇八年には平和への権利のための世界連合(AEDIDH)も発足している。 
 
 日本にも「平和への権利・国際キャンペーン」日本実行委員会(JCHRP)が組織されている。国連人権理事会には日本も含め四七カ国が理事国して参加しており、約三〇カ国は「人民の平和への権利」国際法典化に賛成しているが、日本は米国や欧州などとともに「平和は人権理事会でなく安全保障理事会のテーマ」などを理由として反対の立場をとっている。今回の日本各地四箇所での集会を通して日本社会のなかでの関心を高め、国際法典化のプロセスに参加することを日本政府に働きかけることが求められている。 
 
五 「平和への権利に関する名古屋宣言」を採択 
 
 集会の最後に、以下の一一項目に及ぶ「平和への権利に関する名古屋宣言(Nagoya Declaration on the Human Right to Peace)」を採択した。この「名古屋宣言」は、日本政府、衆参両院の国会議長に提出し、現在国連内で進められている平和への権利の法典化プロセスに参加することを促す。同時に、国連総会議長、人権理事会議長、同諮問委員会委員長、国連事務総長らに提出し、平和への権利の法典化を積極的に支持するよう要請することとした。その他世界各地の市民社会、メディア、専門家および学術界に広く配布し、平和への権利に内在する諸価値をそれぞれのコミュニティにおいて実施するよう働きかけることとした。 
 
【平和への権利に関する名古屋宣言】 
1 平和への権利は国際社会によって、すべての人の人権と基本的自由の不可欠の一部とみなされるべきである。平和への権利は、個人的及び集団的な次元を有するだけでなく、包括的アプローチをとっている 
 
2 平和への権利の完全な享有の尊重及び保障は、他の人権、すなわち開発への権利並びに、市民的、文化的、経済的、政治的、社会的権利の行使にとって基本的な前提条件である 
 
3 平和への権利は、人種、家系、国籍、民族、社会的起源、肌の色、性、性的指向、年齢、言語、宗教、信念、政治的その他意見、経済状況、遺産、多様な身体的、精神的機能、市民的地位、生れ、その他の条件などの理由による、あらゆる区別や差別なく実施されるべきである 
 
4 人間の安全保障および軍縮への権利は、ルアルカ、ビルバオ、バルセロナおよびサンティアゴの平和への権利に関する宣言の文脈において、平和への権利の不可欠な構成要素である。とりわけ、すべての人民および個人は、軍縮によって利用可能となった資源を、経済的、社会的及び文化的な人民の発展および天然資源の公正な再配分に振り向けさせる権利を有する。これは、特に最貧国および脆弱な状況にある集団のニーズに対応したものであり、不平等、社会的排除および極度の貧困を終わらせることを目的とする 
 
5 我々は、独立専門家委員会によって採択された、ルアルカ、ビルバオ、バルセロナおよびサンティアゴの平和への権利に関する宣言を全面的に支持する 
 
6 我々は、世界の全地域の文化的感受性を取り込むことを目的とした多数の地域的専門家会合からの貢献によって、これらの宣言の内容が豊かになったことを認める。国連総会で採択されるべき、その成果「平和への権利に関する世界宣言」においては、普遍的人権文書で認められたすべての人権が備えている、非限定の普遍性、相互依存、不可分性および不可譲性という概念が強化されるべきである。さらに、ジェンダーの視点および女性の人権は四宣言の解釈にあたって不可欠である 
 
7 我々は、日本国憲法が人権としての平和を承認することにおいて先駆的なものであり、この原則が日本の市民運動および訴訟を通じて徐々に発展してきたことを認める。自衛隊海外派遣差止に関する名古屋高等裁判所判決は、このプロセスにおける一つの卓抜した成果である 
 
8 我々はまた、人権理事会およびその諮問委員会にたいし、国際市民社会の努力に留意するよう強く促し、人権理事会決議一四/三により二〇一〇年に始まり、人権理事会決議一七/一六によって二〇一一年に確認され現在公式進行中の、平和への権利の法典化プロセスにおいて、二〇一〇年一二月一〇日に採択された「平和への権利に関するサンティアゴ宣言」を適切に考慮するよう強く促す 
 
9 とりわけ、我々は、諮問委員会に対してその第一八会期(二〇一二年二月)において、国際市民社会が提供する「サンティアゴ宣言」を十分考慮した「平和への権利に関する宣言草案」を採択するよう要請する 
 
10 加えて、我々は、人権理事会に対してその第二〇会期(二〇一二年六月)において、諮問委員会の宣言草案を受理し次第、現在進められている平和への権利に関する宣言草案の法典化を扱う、基準設定に関する任期非限定の作業部会を設置するよう要請する 
 
11 さらに、我々は、国際連合総会に対して、人権理事会の決議により、最終的に「平和への権利に関する世界宣言」を採択するよう要請する 
             * 
 
 「人民の平和への権利」の法典化とは、平和を「状態」から「権利」に転換すること、「権利としての平和」に組み押すこと、平和を「人権」「権利」として捉え直すこと、平和を国家の安全保障だけに囲い込むのでなく「権利としての平和」に構成し直すことによって個人および人民が「平和の権利の主体」であることを明確にすること、である。 
 
 さらに、「人民の平和への権利」の法典化は、日本国憲法の平和主義および主権在民の理念と、日本国憲法に記されている平和的生存権と第九条をあらためて世界に発信し、具現化していく貴重な「基盤」となる。名古屋、大阪、那覇、東京で開催した四つの集会は、そういう意味を持った大切な集会となった。 
 
(立教大学大学院・元『自衛隊イラク派兵差止訴訟の会』代表) 
 
*関連組織・団体のウエブサイト 
 �(刃造悗慮⇒�国際キャンペーン・日本実行委員会(http://right-to-peace.info) 
 �▲好撻ぅ鷙餾歐邑∨ゞ┣顱�http://aedidh.org) 
 ��自衛隊イラク派兵差止訴訟の会・名古屋(http://haheisashidome.jp/) 
 �ぜ�衛隊イラク派兵差止訴訟・名古屋弁護団(http://ikeben.jp/) 


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