2011年12月15日00時14分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201112150014174

欧州

ユーロと英国 その2 「キャメロン首相には強い政治信条がないので、懐疑派を押し返せない」

 欧州債務危機問題と英国の話で、欧州の外に住む人にとっては(マーケット関係者を除き)内向きの話かもしれないが、週明けの状況を自分へのメモとしても書き留めておきたい。(ロンドン=小林恭子) 
 
 昨今のテレビ・新聞を見ると、一部の新聞には最初「よくやった、キャメロン」(債務問題を解決するための欧州首脳会議で、英国は「国益を守るために」新財政協定に参加しないと決めたこと、将来の金融規制に対する英国の拒否権が保証されない限りだめだとして、「拒否権を発動した」と報じられている件)という雰囲気があったけれども、「いくらなんでも、EU27カ国のなかで、1対26になったのはまずい」という、悲壮な論調が目立つ。これは左派・リベラル系の新聞が特にそういっているのと、BBCテレビの報道を見ても、「困ったな」という論調が出ているせいだろう。 
 
 欧州首脳会議が閉幕になった9日、当初は結果をあきらめた感じで受け止めていた、ニック・クレッグ副首相(連立政権のパートナー、左派リベラル系自由民主党の党首)が、12日になってBBCのテレビに出演し、「苦々しくも失望した」と自分の本音を切々と語った。(キャメロン)首相(保守党党首)と副首相の意見が違っているようでは、まずい。これも大きく報道された。「連立政権に、新たな亀裂?」といった論調である。 
 
 12日、親欧州のシンクタンク「フェデラル・トラスト」(政治的に中立ということだが、自由民主党への支持が強い)は、「英国とユーロ」という題で会議を開いた。 
 
 そこで拾った声としては、 
 
*首相の判断の賛否はいろいろあるだろうが、結論自体よりも、「やり方が悪かった」、「26対1になったのは外交的失敗だった」 
 
 というのがメインだった。金融街シティーの利益が守られたのかどうかと言うと、これも疑問というのが圧倒的であった。むしろ、何らかの復讐(?)があるのではないかと心配する人もいた。 
 
 欧州全体の話としては、 
 
*これを機会に、欧州の政治家がほかの国の内政にもっと干渉するようになる。汎欧州的な政治の駆け引きが本格化する(元欧州議員のジョン・スティーブンス氏) 
 
 という見方が新鮮であった。 
 
 懸念は 
 
*英国はまだEUの加盟国なのに、議論の全てに関われなくなるのでは? 
*保守党内にいる、いわゆるEU懐疑派(EUからの脱退もいとわない)が喜んでおり、これを機会に脱退に向ける流れができるだろうーーこれを止めないといけない 
 
 また、キャメロン首相の決断は 
 
*首相自身の、あるいは政府内の意志というよりも、保守党内のEU懐疑派・右派をなだめるためだった 
 
という分析が出た。 
 
 何故、電光石火の「拒否権発動」になったのかについては 
 
 *事情をよく知る外務省関係者が最後には締め出され、官邸側近が事態に対応していたから 
*官邸側近らは、まさか26対1になるとは思わなかった 
*英国の提案書がEUトップや独仏トップに出されたのは、午前2時過ぎだったという。最終的な結論が出るのは4-5時だから、「あまりにも遅すぎた」――もともと、提案が通るとは思っていなかったのか、あるいは単に外交上の失敗かのどちらかだ。 
 
 など。 
 
 フェデラル・トラストの代表ブレンダン・ドネリー氏(元欧州議会議員)に論評してもらうとー 
 
―キャメロン首相の行動で何が起きたと思うか。 
 
ブレンダン・ドネリー氏:あの会議で英国の孤立がはっきりと示された。複数の国が英国の側には立っていないことが分かった。本当に情けない状況になってしまった。EU諸国は英国には指導されたくないと思っているし、EUに期待するものが英国とはまったく違う。英国はEUを脱退するべきと思う国民がいる国なのだから。 
 
ー何故このような結果に? 
 
 戦略上の失敗だと思う、最初から提案が通らないように計画したわけではないと思う。偶然にもそうなった。キャメロン首相は大雑把には欧州懐疑派だが、特に強い感情はなかったと思う。欧州は両刃の剣であることを知っており、党内に強い懐疑派をかかえているために、任期中に欧州問題がでかくならないことを望んでいた。 
 
 事態はどちらかというと悲劇よりも喜劇だと思う。EUの財政緊縮策や規制には「ノー」と言ったが、実際に、国内ではそうしている。金融街シティーの利益を守りたいとキャメロンは言ったが、この点では何も変わっていない。心理的及び政治的ダメージを残しただけだ。クレッグ副首相は大失敗と考えているのに、キャメロン自身は成功したと思っているようだ。 
 
 キャメロン首相は特に強い政治信条があるタイプではない。確信を持たない政治家だ(その反対がサッチャー元首相)。首相に就任することに関しては強い思いがあったものの、自分の強い政治信条がないことが墓穴を掘った。というのも、党内に欧州懐疑派がいて、この主張を押し返すことができないからだ。 
 
―英国のみならず、ギリシャでも、EU加盟国の国民の中では、どうも物事が民主的に進んでいない、官僚や政治家が国民不在で物事を決めてゆくという思いが、特に最近強くなっているではないか?そういう意味では、EU懐疑派の主張を最初からバカにするのではなく、これを機会に立ち止まって、国民とEUとの関係を見直す時ではないか? 
 
 確かに、EU内で民主主義の危機というのあるかもしれない。政治家たちは国民の言うことにもっと耳を傾けるべきだという人は多い。それでも、有権者というのは、つじつまのあわないことを望んでいる。 
 
 例えば、ギリシャでは、国民はユーロを維持したいと望んでいるが、自分たち自身はお金を払わずに、自分たちの都合の良いようにユーロを使いたいと考えている。ギリシャの国民が、自分たちが望む政策を、EUのほかの国に住む人々全員に押し付けてもいいものだろうか? 
 
 私が考えるに、欧州で民主主義の危機が起きているというとき、これはつまり、政治家たちが国民に対し、難しい真実を告げていないことにあるのだと思う。 
 
 それともう一つ、単一通貨があるEUで暮らすときに、単に加盟国のそれぞれの政府が集まって物事を決めるだけでは十分ではないという点がある。欧州レベルでの政治体系が必要なのだと思う。これは本当に基本中の基本となること、知性の意味でも、政治の意味でもそうだと思うけれども、つまり、単に国の政府を集めただけでは、EU市民全員を巻き込む問題を決定できない。欧州レベルでの民主主義を反映させる構造が必要だと思うーー現状の欧州議会の制度では不十分だ。 
 
―経済のみならず、政治的にももっと統合されるべきと? 
 
 個人的にはそう思う。欧州レベルの政党や政治家がいてこそ、欧州の問題に欧州的な解決策を与えることができる。 
 
*** 
 
 以下は、13日から14日にかけてのアップデート情報。 
 
 
ロイター:欧州が財政統合強化へ、スウェーデンの新協定署名には不透明感 
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE7BD01Q20111214?pageNumber=2&virtualBrandChannel=0 
(一部の抜粋) 
 
 欧州連合(EU)のファンロンパイ大統領は13日、英国を除くEU加盟26カ国が参加を表明している新財政協定について、2012年3月までにはまとまるとの見方を示した。大統領は欧州議会で「遅くとも3月上旬までに財政協定は署名される」と語った。 
 
 外交筋によると、新財政協定の草案の第1稿は来週には策定される。ただ、ユーロ加盟17カ国以外で新協定に参加する国のうち、スウェーデン、ハンガリー、チェコなどは新協定を全面的に支持するために議会での承認が必要になる。EUは26カ国すべてが来年6月までに新協定を批准することを目指すとしている。 
 
 また、スウェーデンのラインフェルト首相はこの日、欧州の新たな財政協定に同国が署名するかどうかは不透明だと述べた。これを受け、同国が英国と同様に新協定への参加を見送る可能性が高まった。 
 
ブルームバーグ:キャメロン首相の独自路線で、英国のEUからの独立高まる公算小さい (一部の抜粋) 
 
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-LW4IL00UQVI901.html 
 
 キャメロン英首相は欧州のユーロ救済の取り組みから距離を置くことを決定したが、だからと言って英国のEUからの独立性が高まる公算は小さい。 
 
 以前と状況が異なるのは、キャメロン首相の独自路線の決定を受け、同国の外交官が失地回復に努めなければならない可能性があることだ。問題になるのは、金融サービス、エネルギー、農業助成金、防衛協力などの規制にかかわる決定だ。 
 
 ロンドンの英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のディレクター、ロビン・ニブレット氏は電話インタビューで、「現在、英国に対してはあまり善意が示されていない」と述べ、「短期的には、英国の外交官に対しい幾らか悪感情が示されるだろう」との見方を示した。 
 
 キャメロン首相は8,9両日の欧州連合(EU)首脳会議で、将来の金融規制に対する英国の拒否権が保証されることなしに、財政協定に合意することを拒否。ロンドンの欧州の金融センターとしての地位が脅かされるためだと説明した。 
 
 (ブログ「英国メディア・ウオッチ」より) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。