2011年12月26日01時51分掲載  無料記事
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ピエール・ブルデュー編 「世界の悲惨」(La misere du monde)

  フランスの哲学者・社会学者ピエール・ブルデュー(Peirre Bourdieu 1930-2002)が亡くなったのは今からおよそ10年前の2002年1月のことだ。2001年9月に同時多発テロが起きた直後から、小生はフランス語の勉強を始めたのだが、その頃、フランスの思想界ではブルデューがリーダーだった。しかし、2002年6月に初めてパリの地を踏んだ時、ブルデューはすでにこの世の人ではなかったことを書店の追悼ポスターで知った。 
 
「去る者は日々に疎し」ということわざがある通り、ブルデューの死は早すぎたのではないか、と思えてならない。フランスにとってばかりでなく、世界にとってもである。今、小生が個人的に最も興味を持っているのはブルデューが1993年に出版した「世界の悲惨」(La misere du monde)と題する<聞き書き>である。だが、その前に、簡単にブルデューについて触れておきたい。 
 
  彼は学者としてのデビューを当時まだフランスの植民地だったアルジェリアのカビリア地方(山が多く、先住民族のベルベル人が住んでいる)で遂げている。ここで植民地に生きる人々の家族のあり方、夫婦のあり方などを通して彼らの実像を研究したのである。植民地の人々を研究したことは彼の学者人生の原点となったようである。 
 
  その後、フランスに帰国した彼は「文化資本」(*所有者に権力や社会的地位を与える文化的教養)をキーワードに知の分野における文化資本が再生産されるプロセスを研究した。フランスはミッテランの社会主義政権を長く維持してはいたが、本質的には階級社会である。資本家・官僚・政治家といったエリート層と一般の労働者はそれぞれ別の地域で暮らしている。富裕で文化資本に富んだ家庭の子弟は庶民の子弟よりも高い教育を受け、豊富な教養を持つ傾向がある。ブルデューはこれを実証し、そのプロセスを分析したのである。生まれによって美術作品への嗜好ひとつも異なる。だから違った階級(階層)出身の男女が結びつくには趣味の違いという障壁がある。 
  後に日本でも問題になったまさに格差社会論とも通じるだろう。こうした研究と通底するものとして、彼は女性の権利についても研究している。またグローバリズム批判やグローバル金融批判も強めていた。研究人生の始まりから、ブルデューは権力を持たない側の人々の目線を終生保ち続けた。恐らく、彼が大学教授の息子ではなく、郵便配達夫の息子だったということもそうした人生と関係しているだろう。 
 
  ブルデューは人生の晩年、象牙の塔にこもらず、大企業グループ傘下の大手メディアと戦いながら、一般の人々に向けて活発にメッセージを発信していた。フランスメディア(TV,新聞、ラジオなど)の産業界よりの傾向に対するアンチテーゼとして、「世界の悲惨」(1993)と題する本が作られていったのだと推測する。この本は未だ手にしたことがないのだが、藤原書店から出ている加藤晴久訳「ピエール・ブルデュー 1930−2002」の中で紹介されている。記憶によればそこに1枚の写真がついていたのだが、その写真の中でブルデューはビデオカメラを回している。フランスの様々な「場」に生きる人々の懐に哲学者が飛び込み、ビデオインタビューを行い、のちにそれを活字に起こしていったのだろう。 
 
  理屈に現実を当てはめようとするのでなく、現実の多くの声を拾い集めることで、今、フランスがどのような国になっているのかをもう一度日の下に見せようとしたのだろうと推察する。そのタイトルが「世界の悲惨」(La Misere du monde)とあるようにメディアが取り上げてくれない小さなうめきを彼は丹念に拾い集めていったようなのである。日本では「悲惨な話は売れない」という常識があるが、「世界の悲惨」は聞くところによると10万部以上を売ったベストセラーだったという。それはメディアが何のために存在するのか、ということを問題提起した。 
 
  インターネット媒体がろくでもないから既存の出版社がやはり頑張ります、というのは逆であって、出版業界が現実から乖離し、現実逃避しつづけているから自由にものを言えるインターネット媒体が発達してきたのである。なぜならエスケイプばかりしている本が何冊出版されても現実の場で生きている人々の力にはならないからだ。 
 
  もしブルデューが生きていたら、イラク戦争から「アラブの春」あるいは「ウォール街を占拠せよ」に至るまでどのような言動を行っていただろうか。そうしたことを想像してみるのも悪くなかろう。そのためにも、もう一度彼の著作を読み直してみたいとこの頃思うようになった。 
 
■'La misere du monde '(Peirre Bourdieu) 
「フランスは話す」というキャッチが添えられている。 
http://www.amazon.fr/Mis%C3%A8re-du-monde-Pierre-Bourdieu/dp/202033416X 
■'La domination masculine'(「男の支配について」) 
  ブルデューがアルジェリアの先住民であるベルベル人社会の男女間の関係を考察したもの。 
http://www.amazon.fr/Domination-masculine-Pierre-Bourdieu/dp/2020557711/ref=pd_sim_b_1/275-2529674-4848401 
■「テレビについて」 
  ブルデューによるテレビ批判である。 
http://www.amazon.fr/Sur-t%C3%A9l%C3%A9vision-Pierre-Bourdieu/dp/2912107008/ref=pd_sim_b_2 
■聞くことについて 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201112051701021 
村上良太 


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