2012年03月08日20時33分掲載  無料記事
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検証・メディア

デジタル時代で面白みが増す、英テレビ界

 TBSメディア総合研究所が隔月に発行している「調査情報」誌の今年元旦発売号(201年1−2月号)に、英国のテレビ界の現況をまとめた原稿を出した。3月初旬、同誌の最新号発行を機に、拙稿を以下に転載したい。この原稿は、「2012 テレビドック −いまなにが可能か」という特集の一部である。この中で、日本のテレビ界の様々な批評記事が載っているので、マスコミ批判など、このテーマに関心のある方はどこかで手にとっていただけたらと思う。(ロンドン=小林恭子) 
 
 私自身は、この特集のほかに、「メディア論の彼方へ」というコラムで、金平茂紀氏が書いた、「『御用ジャーナリスト』について僕が知っている2,3のことがら」という記事に、かなり衝撃を受けた。 
 
 金平氏は、彼がいうところの「御用ジャーナリスト」の何人かの名前をはっきりと挙げている。(誰がそうなのかは、ページをめくってみていただきたい。)最後に、故・清志郎の『軽薄なジャーナリスト』のラスト部分を引用している。「軽薄なジャーナリズムに のるくらいなら (中略) あの発電所の中で 眠りたい」。 
 
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―デジタル時代で面白みが増す、英テレビ界 
 
 日本では新聞やテレビなどマスコミの先行きを悲観視する議論が活発なようだ。ジャーナリズムの面からも大手メディアに不満を抱く人が増えていると聞く。英国では、日本同様、新聞の発行部数は減少の一途をたどるものの、テレビ界は活況を呈しているように見受けられる。 
 
 確かに、2008年のいわゆるリーマン・ショックで広告収入が激減したテレビ界で、民放は大きな打撃を受けた。多チャンネル化が進んでいるため、各チャンネルの視聴占有率(一定の時間にあるチャンネルが放映する番組が視聴されている割合)は相対的に下降している。財政緊縮策が実行される中、公共放送最大手BBCはテレビ・ライセンス料(日本のNHKの受信料にほぼ相当し、現在年間145.50ポンド=約1万7000円)の値上げを凍結させられ、役員の給与カット幅の増加、人員削減、番組の制作本数の減少を強いられている。 
 
 経営陣にとっては厳しい情勢となっているわけだが、視聴者の側からすれば、これほど面白い時代はない。 
 
 デジタル化・多チャンネル化の進展で、番組の選択肢が広がっている。 
 
 無料で利用できる見逃し番組再視聴サービス(BBCのアイプレイヤーなど)や1時間後の番組を放映するチャンネル(=タイム・シフト・チャンネル)が提供され、「いつでも、どこでも、好きなときに、好きなプラットフォーム(テレビ受信機、携帯電話、タブレット型端末など)で」、様々な番組を楽しめる状況となった。 
 
 こうした状況にあって、現在の英国のテレビ業者とは、かつてのようにあらかじめ決められた放映予定表に基づいてテレビ受信機に向けて番組を流すための業者ではなく、利用者が様々な視聴を行えるよう、複数のプラットフォームに向けて番組コンテンツを配信する業者(=デジタル・コンテンツの提供者)に変身している。テレビ受信機に向けての番組配信(=放送)は、あくまでも1つのオプションなのである。ちなみに、2003年施行の通信法をもって、英国では放送と通信の融合が法制化された。 
 
 情報通信庁「オフコム」の計算によると、テレビ業界の総収入(広告収入、有料視聴契約料、公的資金援助その他の合計)は2010年で約117億円ポンドに上り、前年度比で5・7%増。複数のテレビを持つ家庭は多いが、主となるテレビのうち、93%がデジタル放送を視聴できる状態にある。各家庭の一人当たりのテレビ視聴時間は平均で1日に4時間余。国内の放送局の数は510に上る。 
 
 英国の広告市場(2010年で約165億ポンド、英インターネット広告局調べ)で存在感を増しているのがネット広告だ。その総額は2010年で約40億ポンド、全体のほぼ4分の1を占めた。 
 
 2011年上半期(1月―6月)では全体の27%(約22億ポンド)に達し、テレビの広告総額が占める26%を超えた。前年同期と比較すると13・5%の増加だ。広告市場全体の増加は同時期で1・4%増となり、はるかに高い数字となった。 
 
 テレビ局としては、広告主や利用者が生息する場所、つまりはネット上のサービスの拡充で競争することになる。 
 
 SNSも組み込みながら(ネット上で過ごす時間の5%がSNSやブログの閲読という)、いかに利便性の高い視聴環境を提供できるか、かついかに面白いと視聴者に思ってもらえる作品を作るかが大きな課題となる。 
 
―歴史に裏打ちされた「公共のための放送」 
 
 英国の放送業の始まりは、1922年、無線機の製造業者が集まって作った民間会社英国放送会社(British Broadcasting Company)である。 
 
 放送業は公共体が運営するべきという考えが当時の政府、知識層、アマチュア無線愛好家たちの間でほぼ共有され、1927年、先の会社が英国放送協会(British Broadcasting Corporation)として生まれ変わった。 
 
 初代の経営陣トップとなったリース卿がBBCの目的は「楽しませ、教育し、情報を与えること」と提唱したが、娯楽一辺倒ではなく、何かしら知的に意味のあるサービス=放送業というイメージが確立してゆく。 
 
 1950年代半ば以降はITVを初めとする民放が次々と開局した。 
 
 誰でもがテレビをつけさえすれば番組を視聴できる地上波の放送局BBC、民放ITV、チャンネル4、チャンネル・ファイブには「公共サービス放送」(Public Service Broadcasting, PSB)という枠がはめられている。公共の電波を使うから「公共サービス」と呼ぶのではなく、「公益のための放送サービス」という意味である。 
 
 PSB枠に入ると、バランスの取れたニュース報道、一定の本数のドキュメンタリー、児童番組や地方ニュースの放送が義務化される。オリジナル性がある番組や国内で制作される番組の制作も一定の比率で求められる。番組の質の維持にはBBCの場合はBBCトラスト(NHKの経営委員会に相当)が、民放の場合はオフコムが目を光らせる。 
 
 しかし、質の高さを競わせる土壌を作るのはオフコムによる規制というよりも、開局当初から20数年間英国の唯一の放送業者だったBBCの歴史が関係する。 
 
 英国では、自分の懐から出たお金で運営されるBBCに対する期待や批判を声に出す習慣がある。現在でも、国民がBBCやほかのテレビ局の番組あるいはラジオ番組について、喧々諤々の議論を行うのが常になっている。 
 
 新聞や雑誌はテレビやラジオ番組の批評を書籍や演劇、美術展の批評と同位置におき、テレビ番組評論家によるレビュー記事が切磋琢磨の環境を作り上げる。 
 
 番組制作者たちの熱い思いを垣間見ることができるのが毎年夏、スコットランド・エディンバラで開催されるテレビ祭だ。各放送局の編成幹部、制作者、作家、出演者に加え、企画を売り込みたい若手など約1000人が参加する、年に一度の集まりだ。業界関係者が一堂に集まるお祭りであると同時に、テレビ業界の今後を作りあげるためのアイデアや情報を交換する場でもある。 
 
―広がるデジタルサービス 
 
 有料テレビ(ペイ・テレビ)市場の最大手は衛星放送のBスカイBだ。1千万人の契約者を持ち(ちなみに英国の人口は日本の約半分の6千万人前後)、サッカーのプレミアムリーグの独占放映権、再視聴サービスの拡充など、地上波のテレビでは見られない番組を提供することで契約者を増やしてきた。 
 
 第2位の市場規模を持つのが、ケーブル・テレビ、電話、インターネット・サービスを一括して提供するバージン・メディアだが、こちらは約370万人の契約者で、BスカイBに大きく水をあけられている。 
 
 多彩なデジタル放送を視聴する1つの方法は、BスカイBやバージン・メディアなどの有料契約者となることだが、もう1つの方法は地上波デジタル放送のプラットフォーム「フリービュー」を使うことだ。 
 
 1台約15ポンドのセット・トップ・ボックスを購入する必要があるが、購入後は追加で料金を出す必要はない(一部、有料契約を結ぶチャンネルもある)。これをテレビ受信機の側に置くと、数十のデジタル・チャンネルの番組が楽しめる。BBC,ITV、チャンネル4、BスカイBと通信インフラ企業アーキヴァが株主だ。 
 
 今年はフリービューのサービスをさらに進化させた「ユービュー」が開始予定だ。 
 
 開発にはBBC,ITV,BT、チャンネル4、チャンネルファイブ、通信業者トークートーク、アーキヴァが参加している。ユービュー用のセット・トップ・ボックスをテレビにつないで使う。ブロードバンドにつながっている必要はあるものの、追加の利用料が請求されずに、大手放送局の番組が再視聴でき、番組を録画もできる。 
 
 世界最大のSNS人口(8億人超)をもつフェイスブック。例えばこのフェイスブックで友人同士がお気に入りの番組の情報を交換し、一つの番組を同時視聴することができたらどうだろうか? 
 
 BBCニュース(2011年9月11日付記事、Beyond the couch: TV goes social, goes everywhere)によれば、テレビ技術の会社シーチェンジは、画面をマルチスクリーン状態にし、友人たちと番組視聴を共有するソフトを開発している。これを使えば「仮想空間上のパーティー」が行える。フェイスブックの担当者は同記事の中で、SNSの活用で「テレビ業界にルネッサンスが起きる」と述べる。 
 
 日本でも、ネット上の動画に参加者がコメントを書き込めるサイト「ニコニコ動画」が大人気と聞く。感動的なコンテンツを同時に視聴することで、体験の共有ができる「場」を提供するテレビの重要性は今後も増すだろう。 
 
―刻々と発信されるニュース 
 
 英国のテレビが「面白い」、「いつでも、どこもで視聴できる」と先に書いたが、一つの具体例として、ニュース報道を挙げてみる。 
 
 大きな役割を果たすのが24時間、ニュースを流すチャンネルの存在だ。 
 
 ブロードバンドが入っている家庭では少なくとも3局(BBC,BスカイBのスカイ・ニュース、米CNNなど)視聴できるため、世界で大きなニュースが起きると、テレビは大活躍となる。テレビ受信機の前に座っていなくても、パソコン、スマートフォンなどでも視聴可能なのは言わずもがなだ。 
 
 24時間のニュース専門局の存在は、ありとあらゆる視点を出す機会を提供する。つまらないゲストや視点が狭いと視聴者はほかのチャンネルに行ってしまうので、誰をいつ出すのかに制作者側は知恵を絞る。 
 
 情報はツイッターでもどんどん入ってくる。 
 
 テレビの報道局の記者らがツイッターのアカウントを持っているので、たとえばアラブの春などのニュースが発生すると、現場から、そしてスタジオから、一斉につぶやき出す。刻一刻と事態が変化してゆく様子を利用者は追体験できる。 
 
 英国の新聞界では、スクープがあったときに紙媒体の発行まで伏せておくという習慣はもはや消えたが、テレビ界では、記者ブログでスクープを出しておく手法も珍しくなくなった。 
 
 例えばテレビ局が基幹のニュース番組とするのは午後10時放送分になるが、これを待たずに、記者が自局のウェブサイト上に設けられた自分のブログの中で、まずスクープ報道を行う。その後で、基幹番組で同様のトピックを自分で報道することもアリとなる。 
 
 刻一刻と動く国内外の情勢を、複数のプラットフォームで競うように出していくのが英国のテレビである。 
 
―未来はデジタルに 
 
 英国テレビの特徴を際立たせるためにデジタル・コンテンツの提供者としての側面を書いてきたが、多チャンネル化による市場の変化で失敗もある。 
 
 先に、多チャンネル化で各チャンネルの視聴占有率が相対的に低下していると書いたが、広告収入の減少を補い、自局の番組に視聴者をもってこようとあせったテレビ局が手を出したのが、広い意味の「視聴者参加型番組」の制作であった。 
 
 歌手あるいはタレントになるためにそのスキルを競うオーディション番組(ITVの「Xファクター」など)や、視聴者がドキュメンタリー番組の出演者となる番組、若者たちを合宿所で生活させ、外界との接触を禁じながら、生活の様子をカメラで撮影・放送する番組(チャンネル4の「ビッグ・ブラザー」など)など、その種類は様々であった。 
 
 こうした視聴者参加型テレビには、テレビ局に電話をかけさせる仕組み(「フォーンイン」と呼ばれる)を組ませることもあった。 
 
 例えば、オーディション番組では視聴者が気に入った出演者に「投票」(テレビのリモコンを使ったり、テレビ局が指定する電話番号に電話する形を取る)させたり、クイズ番組で正解を当てさせたりした。視聴者は自分が番組に直接参加した思いがし、クイズの賞金をもらえるとあって、投票行為に続々と参加した。テレビ局側には視聴者がかけた電話の料金の一部が懐に入った。 
 
 視聴占有率を上げながらお金も入ってくる方法で、重宝されたが、テレビが単に換金行為のための「箱」(昔、図体がでかかったテレビのことを「ボックス=箱」と呼んだ)に成り下がった面があった。 
 
 ところが、こうした番組が乱立して、不当に電話料金を請求していたことが発覚し、テレビ局はオフコムによって巨額罰金の支払いを命じられるという事件が、2007年、発生した。 
 
 BBCへの近年の批判の1つは、タレント出演者に対する高額報酬の支払いである。 
 
 受信料で国内の活動をまかなっていることから、これを正当化するためにBBCにはより良質の、かつより多くの視聴者が来る番組を制作するよう圧力がかかる。 
 
 こうした圧力をかわす一つの方法が、人気があるタレント(多くが番組の司会者)への高額報酬の支払いであった。これで高い視聴率が取れる番組の制作を狙った。 
 
 また、BBCの経営及び編集幹部の給料が高すぎるのではないか、経費使いが荒いなどの批判も常に浮上している。特に報道機関としてはライバルとなる新聞業界は、スキャンダルが起きるとこれぞとばかりにBBC批判の論考を大々的に掲載する傾向がある。 
 
 受信料の上昇を凍結されたBBC,広告収入の上下に経営が左右される民放など、経営上の悩みはつきないが、視聴者の利便性や番組内容の質の面からは優れた水準を維持しているのが英国のテレビ界である。 
 
 未来はデジタルにあるーこれを経営陣が周知のこととし、視聴者のためにサービスを拡充することに英国のテレビ業者は頭を絞る。現在及び将来は決して暗くない。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より) 


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