2012年04月22日16時49分掲載  無料記事
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検証・メディア

英新聞界のデジタル戦略  ー「ソーシャル」を導線に、専用閲読アプリで課金

 英新聞界はこれまで、インターネットでの自社記事の閲読を、過去の記事も含めて原則無料で提供してきた。しかし、スマートフォンの普及やタブレット型電子端末の販売により、こうしたチャンネルを通じての閲読を有料化する動きが進展している。新規読者の開拓には、ソーシャル・メディアを新たな活路とする。各紙のデジタル戦略をまとめた。以下は、新聞協会報4月17日号掲載分に補足したものである。(ロンドン=小林恭子) 
 
ータイムズ電子版の成果 
 
 2010年夏、タイムズ紙とその日曜版サンデー・タイムズ紙がネット上の記事閲読を「完全」有料化した。完全とは有料購読者以外は一本も閲読できない設定だ。 
 
 英国には、長年、「ネット上のニュースは無料」という認識が存在してきた。有料化(一定の本数の記事を無料閲読とし、その本数を超えた場合有料とする「メーター制」を採用)を導入していたのは経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のみであった。 
 
 タイムズ紙の有料化は、一般紙が果たして他紙と差別化できるコンテンツを有料で提供できるのかを問う試みとなった。 
 
 今年2月、発行元ニューズ・インターナショナル社は、タイムズ電子版の有料購読者が1月時点で約11万9000人、サンデー・タイムズでは約11万3000人と発表した。これは業界内で一定の成功と受け止められた。 
 
 というのも、1月時点で電子版の一日の平均読者数はタイムズの場合が約52万人、サンデー・タイムズが約108万人となり、紙媒体の発行部数とほぼ同じかこれを上回る(注:紙媒体の購読者は電子版を無料で読める)までに到達したからだ。 
 
 両紙のサイトは、有料化以前には2000万人を超える月間ユニーク・ユーザーを持っていたものの、大きな収入源にはなっていなかった。紙媒体の発行部数は減少傾向が続き、英ABCによると、同じく1月の発行部数はタイムズが前年同月比10・88%減、サンデー・タイムズが同6・87%減と大きな数字だ。 
 
 タイムズの売り上げ収入の5分の1が電子版の購読料から発生するようになっており、有料化は今後も続く見込みだ。 
 
 特に電子版の伸びが著しいのはタブレット型端末iPad(アイパッド)を通じての購読だ。過去半年間の購読者の伸び率はタイムズで35%増、サンデー・タイムズで80%増。両紙合計のアイパッドでの利用者の平均収入は国内の平均所得者の約四倍を稼ぐ高額所得者だ。広告主にとっては、購買力が高い魅力的な層を手中に入れたわけである。 
 
―タブレットのみ有料も 
 
 FTの電子版有料購読者は3月発表時点で約26万7000人。FTは景気の動向に左右されない経営を目指しており、広告収入よりも購読料収入の比率の増加に力を入れている。 
 
 親会社ピアソンによると、FTの収入の47%が電子版コンテンツによる。米国ではすでに電子版収入が広告収入を超えた。 
 
 そのほかの新聞は、サイトでの閲読は無料のままとし、スマートフォンやアイパッドでの閲読アプリを通して有料化している。 
 
 例えばガーディアン紙は、1日3本までは無料で閲読できるがそれ以上が有料(iPhone:アイフォーン用は半年間で2・99ポンド=約382円、1年で4・99ポンド、アイパッド用は毎月9・99ポンド)となる専用閲読アプリを提供する。端末で見やすいように画面が設定され、ソーシャル・メディアへの投稿も容易だ。ただし、専用アプリを使わずにサイトにアクセスした場合、無料で記事を閲読できる。 
 
 利用者が専用アプリでの課金を受け入れる背景には、動画・音楽配信サービス「アイチューンズ」で少額決済に慣れた利用者層の存在がある。 
 
 複数の地方紙出版社は携帯電話での閲読は無料で、タブレット端末でのみ有料とするなどばらつきがある。 
 
―「ソーシャル」で導線作り 
 
 ソーシャル・メディアは潜在的読者を自社サイトに誘引する方法として活用されている。 
 
 新聞社がフェイスブック上に専用ページを開設し、「友達」が閲読した記事の一覧がこのページ上に表記される手法はこれまでにもあったが、ガーディアン紙はこれを一歩進め、専用アプリを開発した。 
 
 同紙が昨年9月に導入したアプリを使って、友達が閲読したお勧めの記事をクリックすると、フェイスブックのアプリ内でガーディアンの記事が読める。 
 
 フェイスブック内に利用者が滞在し続ける形のアプリの効果は劇的だった。導入から5ヶ月で、約800万人がダウンロードし、電子版の記事を閲読した(同紙3月21日付)。 
 
 導入以前、電子版への訪問の40%が検索エンジンによるもので、ソーシャル・メディアは2%であった。導入後は後者が一時30%を越えた。最多訪問者は、最も新聞を読まない層といわれる18歳から24歳の若者たちであった。 
 
 インディペンデント紙も専用アプリ(120万人がダウンロード)を提供中だ。(ただし、記事をクリックすると、同紙のサイトに飛ぶので、ガーディアンの場合とは少々違う。各紙がそれぞれに開発している状況である。) 
 
 新聞社側が提供する内容(=記事コンテンツ)は同じでも、利用者が馴染み深いソーシャル・メディアを入り口として使うことで、自社サイトへの強力な導線を作り上げた。 
 
 一方、経済週刊誌「エコノミスト」はフェイスブックの専用ページへの訪問者の中でページが気に入ったことを示す「いいね!」ボタンを押した人の数が100万人を超えたと発表した。 
 
 もはや広大なネット空間で自社サイトを開設しているだけでは十分ではなく、ソーシャルの空間の中で顔を見せてこそ、読者を誘い込むことができることを、各メディアの試みは証明しているといえよう。 
 
 メディア動向を調査するエンダース・アナリシス社によると、英国で携帯電話による広告収入は2011年で2億300万ポンドに達した。これは前年比157%増だが、ネット広告全体ではわずか6%を占める。 
 
 しかし、スマートフォンの所有率の伸びが欧州内で最も早い英国では、2015年までに成人の75% (現在は半数) がスマートフォンを所有するようになるという。そこで、広告収入もこれにつれて大きく伸びるとエンダース社は予測している。 
 
 携帯電子端末での閲読を前提とした収益化戦略やサービスの工夫がますますの課題となってきた。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より) 


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