2012年07月27日12時18分掲載  無料記事
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社会

【運動の現場で考えたこと】(1)3.11以降の大状況と反原発運動のナショナリズム  園良太

 社会も、その社会を変えようと志す人々の運動も、混沌としている。大きく広がり、新しい状況が切り開かれつつあると評価される脱原発運動。だが、その運動が内在するナショナリズムへの誘惑という矛盾も、露呈しつつある。私たちは、この混沌を乗り越え、”世界を変える”運動をつくりあげることができるのか。不当逮捕された獄中で、運動の最前線で、思索を重ね、紡ぎ出した若い世代の活動家の思いを何回かに分けてお送りする。自身のブログに発表されたものを、ご本人の了解を得て転載する。(日刊ベリタ編集長 大野和興) 
 
 まず始めに、全体の構成を紹介する。 
 
目次 
 
はじめに:不当逮捕、出獄、そして 
 
1:官邸前抗議やこの間の反原発運動に問題視されてきたこと 
 
2:今何が起きているか――福島統制、「惨事便乗型資本主義」と未来に対する大虐殺、ファシズム政治、「国民運動」化 
 
3:「立場」の問題――私たちは何者なのか?(被害者/加害者) 
 
4:官邸前や反原発運動へのツイッタ―批判と反論について(自分の立場も) 
 
5:ではどのような運動で世界を変えるか 
 
 
《はじめに》 
ー不当逮捕、出獄、そして 
 
 自分は2月9日に江東区役所による堅川河川敷公園の野宿者排除に抗議し、不当逮捕・起訴されました。それから6月14日に解放を勝ち取るまでの4か月強の間に、首相官邸前などの原発再稼働反対運動が大きく盛り上がってきました。政治があまりにひどいからです。 
 
 自分は3.11直後から仲間と東電前抗議を開始し、その後も東京の反原発デモは6.11まで全力疾走で拡大し、福島や全国各地や関東の小都市でもデモが増えていきました。ただ首相が野田に替わった秋以降は今思うと小康状態に陥り、人数も横ばいか減少していきました。だが野田は財界や米国の思惑通りにTPP、沖縄、武器輸出緩和、対朝鮮戦争政策など凄まじい悪政を開始し、一方東京の自治体も同じ思惑で再開発のための野宿者排除を激化しました。こちらの抗議の手が追い付かない中、自分も仲間と常に少人数で経産省、首相官邸、防衛省へ抗議していました。そして竪川の強制排除はまさに経産省前に多くの人が集まっていたその時を狙いうちでした。卑劣なやり方を怒った自分は急いで竪川にも駆けつけ、待ち構えていた江東区と公安警察にやられてしまったのです。反原発に比べて人数も注目も少なかった。いわば運動の後退期への自分の焦りが罠にはまってしまったのだと思っています。 
 
 そして自分は獄中へ。3月16日から移った東京拘置所は、NHKラジオからしかニュースが流れない。それは野田や枝野の再稼働・増税・朝鮮「人工衛星」バッシングへの最悪発言の垂れ流しを浴びせられることで、4畳半の監獄で何もできない怒りと苛立ちから何度も何度もブチ切れました。だけど、外は3.11一周忌の厳粛ムードを経て、再稼働の動きが加速し、主催者の努力もあって抗議行動が拡大していったことを時間差で知りました(暖かくなったこともあるでしょう)。僕も気持ちを落ち着け、読書や執筆に集中し、根本的な世界の変革を目指していこうと思いました。 
 
 そして6月14日、出獄。まずはゆっくり休んでから、官邸前にも行ってみつつ、少しずつネットやツイッターをチェックしました。だけど官邸前抗議と反原発運動をめぐる問題や論争が激化していて、自分の逮捕前と変わらず、むしろ悪化していることに正直愕然とし、胸が痛みました。問題と論争は去年の反原発運動でも起きており、もっと言えば自分が運動に参加し始めた10年前のアフガン・イラク反戦以降も何度か繰り返されていたからです。そして官邸前抗議の問題は日本社会全体に根ざしており、私たち一人ひとりにも問われています。さらに3.11からだいぶ経ち、様々な問題が悪化しています。批判がうまく伝わらず、溝が深まる結果になり続けているのは、そうした問題が整理されていないことが大きいと思いました。そこでブログにきちんとまとめ、より良い運動と世界のための分析・批判・展望を行います。みなさんの多くの意見を求めます。 
 
 日本で数万人規模に拡大した行動ではどこでも同じ問題が起き、主催は誰もが同じ過ちをする可能性があると思います。そう考えてどのように主催と直接話し合うか、自分が主催だったらどうするか、そうした内在的な介入や討議でなければ誠実でないとも思っています。今回は主催側にも運動初経験の人がたくさんいますし、みな大組織の人ではなく不安定労働の個人が少人数でやっていますし、僕も痛感しますが3.11以降の反原発運動は忙しすぎる。でも、去年の「原発やめろデモ!!!!!」のようにそういう所ほど運動が急拡大し、ますます大変になる。だからまず「行動の無事な成功」に頭が行きますし、批判を受け止める余裕もなくなり対応が雑になるし、マスコミやら文化人・政治家やらが群がってきてそっちに対応が向いてしまうのです。 
 
 でも僕は2月から6月まで獄中にいた事もあり、主催と同席するチャンネルがありません。何よりツイッター始め批判と論争が多くの人に社会化されています。何人かの主催の応答も酷いです。でもツイッタ―は字数制限から断定調になり、感情的なケンカになりやすく、何が論点かもブツ切りで不明確になります。そこでブログにまとめて書きます。3.11以前の運動と以降の反原発運動に両方に、規模の小さい運動と規模が急拡大した運動の両方に関わってきた者として、事態をよりよく進めるために。 
 
 
《その1》官邸前抗議やこの間の反原発運動に問題視されてきたこと 
 
1:被曝労働者問題、原発の地方押しつけ、福島の避難・被曝問題との連帯といった、都市の反原発運動が自らの立場性、加害者性を問われる問題への関心の低さ。 
 
2:日の丸掲示や右翼団体が反原発運動に参加すること。戦前日本の侵略と、それを反省・謝罪せずに今に至るこの日本の国家体制を肯定するものを批判するか否か。 
 
3:労働組合などの旗が規制され、左翼が批判され、「普通の人」の参加ばかりが強調されること 
 
4:6月29日の官邸前抗議で車道へ飛び出した群衆が官邸前へ迫っていた時、主催者が警察車両から解散を呼びかけたことに始まる、主催者が警察や過剰警備に抗議せず、逆に参加者を規制してしまう問題。 
 
 再稼働反対で運動が拡大したが、今も最も被曝し続けているのは福島の人々と収束作業員です。その深刻さが全然解決されず、再稼働反対運動ともつなげられていないから、「1」の問題が起きます。また「1」「2」「3」は「シングルイシューかマルチイシューか」と呼ばれています。去年の「6.11原発やめろデモ!!!!!」では右翼団体の登壇が問題視され取りやめになりました。だが今の官邸前では右翼団体や周辺の人々も主催を自認し、労組などの団体旗が規制される中で日の丸だけが中心に立つという逆転事態となっています。人は最初おかしいと思っているものにも次第に慣れてしまうので、その意味で悪化しています。 
 
 「2」「3」は反原発以外の課題と運動が沈没し注目されないことと、日本社会に運動が根付いていない状況を反映しています。そして「4」は、警察は警察イメージを悪化させないよう人々を飼い慣らすと同時に、直接行動家や運動団体と分断することを最初から狙っていました。爆発力のある「原発やめろデモ!!!!!」や反原発以外の運動は不当逮捕で叩きつぶすが、ツイッターデモや小都市の新しい反原発デモには甘く接するという使い分けです。6.29以降の官邸前は、それがある意味一つの行動の中で行われたため、警察側も私たちの側も矛盾や分岐があらわになったのです。 
 
 そして1〜4は、何より福島原発事故の被害も、国家権力の政治や資本主義そのもののひどさも、全てが最悪に向かっているから起きたことでもあります。外はデモなど忙しすぎて、運動経験の伝承や現状分析・未来の構想をする時間がないからです。まず現状とは何かを考えます。 
 
 (つづく) 


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