2012年08月31日04時51分掲載  無料記事
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伊藤太吾著「フランス語・イタリア語・スペイン語が同時に学べる単語集」

  伊藤太吾著「フランス語・イタリア語・スペイン語が<同時に>学べる単語集」(ナツメ社)を買った。これは「フランス語・イタリア語・スペイン語が<同時に>学べる本」の姉妹編に当たるものだ。「・・・<同時に>学べる本」が最初に出た時、帯に書かれた「一石三鳥は語学では可能です」というフレーズを見て、強いインパクトを感じないではいられなかった。その姉妹編が出版されたということは一定部数売れたからだろう。これらの本は語学の専門家向けではなく、一般ピープルに向けて書かれたものだ。そこに驚いたのである。 
 
  伊藤太吾氏は本書巻末を参考にすると、1943年生まれの大阪大学大学院名誉教授である。前回は大阪外語大学の先生だったはずだが、大阪外大が大阪大学に統合されたからのようである。専門はロマンス言語学。 
  「ラテン語、ポルトガル語、ガリシア語、スペイン語、カタルーニア語、フランス語、イタリア語、ルーマニア語の通時的・共時的比較研究」と紹介されている。ロマンス言語=ラテン語に由来する欧州言語をくまなく研究されたという印象である。 
 
  フランス語、イタリア語、スペイン語が「同時に」学べる理由はそれら3言語がすべてラテン語に由来することにある。これらの国の言語は、1つの言語と言うよりはむしろ「方言」と言った方がいいのかもしれない。ローマ帝国時代は共通言語を話していたがゆえに、その後、それぞれが国ごとに言語的な変遷を遂げたにしても、共通点が少なくないのだ。 
 
  たとえば「8月」という名詞の場合。 
フランス「aout」イタリア語「agosto」スペイン語「agosto」と3つの単語が並べられる。なるほど似ているな、と実感できる。本書のシリーズが世に出る前は考えたこともなかったことだ。3言語が同時に勉強できる、という発想がそもそもなかった。単語の比較の後に、例文も紹介される。そこでますます似ているなと納得できる。 
 
  「8月は暑い」という文はそれぞれの場合次のようになる。 
 
  仏 En aout il fait chaud. 
 伊 In agosto fa caldo. 
 西 En agosto hace calor. 
 
  イタリア語とスペイン語では活用形から主語が推測できるからしばしば主語が省略される。 
  極めつけはその語源についてだ。「3言語ともCAESAR「カエサル」の女婿「AUGUSTUS」の名に由来。英語「August」も同じ」とある。英語はゲルマン語系だが、大陸と侵略したりされたりといった長い歴史の経緯から英語にもラテン語に由来する単語が少なからず入っている。 
  さらに本書はカバーしていないが、本書は伊藤氏が専門にしてきたロマンス言語のルーマニア語やカタルーニャ語、ポルトガル語、ガリシア語にも通じるはずである。 
 
  ただ、最初は面白い発想だが、実際にこのように勉強するのは無理かな・・・という気がした。そういう発想を知るだけで満足、という感じだった。語学は実際的には横のつながりで学ぶよりは1言語ずつ縦に学んだ方がいいのでは、という気がするのである。しかし、今回出た「単語集」を見ると、あまり気張らず、エンターテインメントの本、気晴らしの本という感じで気楽に読めばいいかも、という気がしてきた。何しろ、ラテン語の語源が書かれているので、通常の語学の本にはない面白さがある。 
 
  英語・スペイン語をのぞくと欧州言語は軒並み地盤沈下の印象がある。今回の欧州危機を迎えて一層そうしたトレンドが深まるかもしれない。筆者が大学の教養課程にいた20数年前の段階ですでにフランス語の受講者は減りつつあった。苦労してフランス語の動詞の活用を覚えた割には将来あまり役に立たないかも・・・そんな言語になっていく印象もある。実際、「フランス語はもう時代遅れだよ」と言う人もいる。筆者も学生時代、担当教授から「フランス語よりスペイン語を(最初に)やった方がいいぞ」と言われたくらいだ。 
  しかし、「<同時に>学べる本」を読めば、フランス語をやっておくと、イタリア語やスペイン語にも通じるということがわかる。(その逆もしかり)。苦労した元手は十分に回収できますよ、と背中を押して勇気づけてくれるのが本書である。 
 
  余談ながら、確かフランス料理の辻静雄氏だったと記憶するが、フランス料理とイタリア料理では先にフランス料理を学んだ方がいい、という説だった。フランス料理はイタリア料理の影響を受けている、ということが大前提である。だから、それなら先にイタリア料理から、と考えてもおかしくないだろう。しかし、辻氏はむしろフランス料理からやった方がいいと言うのだ。その理由はフランスにはルイ14世のような絶対君主が登場して、料理でも言語でも国家の威信を背景に、かっちりした体系に組み上げていった歴史がある。そこには洗練も加味される。一方、イタリアは小国分立の状態が長く、国家統一も遅れた。そのため、イタリア料理は地方料理の集積と言われているし、言葉も地域でばらつきがある。だから、先にかっちりと組み上げられたフランスのシステムを頭に叩き込んでおいた方が得だ、ということではなかったかと記憶している。 
 
  もう一つ余談。暴力的手法になるが、グーグルの自動翻訳機能はその言語が近しければ近しいほど翻訳の精度が高くなる。日本語と英語とではかなり怪しい訳が出てくるが、英語とフランス語ではある程度、理解可能な翻訳が出てくる。英語(ゲルマン語系)とフランス語(ロマンス言語)の違いはあるものの、両国は歴史的に交わってきた経緯があり、共通する単語も少なくない。 
  さらに、これがともにロマンス言語であるフランス語とスペイン語の場合では精度も比較にならないくらい高まる。フランス語とポルトガル語でもそうである。だからもしフランス語ができるなら、グーグルの自動翻訳機能を使ってブラジルの新聞をフランス語に変換して読むことが可能になる。機械翻訳なので細かい翻訳ミスはあるが、大意をつかむには十分だ。今やインターネットを活用すれば家に居ながらにして、かなりの国の新聞を読むことが可能な時代である。そしてこの技術はそれらの国々の市民同士のコミュニケーションも飛躍的に変えていくに違いない。 


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