2012年09月03日19時09分掲載  無料記事
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検証・メディア

予算縮小の大波にもまれる英BBC

 夏のロンドン五輪で約2500時間に及ぶすべての競技を生放送した英公共放送BBCは、「一瞬も見逃さない」をキャッチワードとして使った。通常のチャンネル2つに新たに24の五輪専用チャンネルを設置し、視聴者は選ぶのに困るほどの幅広い選択肢を得た。さまざまなプラットフォームで視聴できる生の動画には、その場で巻き戻す機能もついていた。BBCの五輪放送は、ネット時代の大きなイベントの放送のあり方を示したと言えよう。英国の放送業界の粋を見せた感があるBBCだが、現在、急激な予算縮小の渦中にある。(ロンドン=小林恭子) 
 
 
 以下は「メディア展望」9月号(新聞通信調査会発行)に出した筆者原稿に補足したものである。 
 
 国内の放送活動をまかなう「テレビ・ライセンス料」(日本のNHKの受信料に相当する、以下「受信料」)が2016年―17年度まで凍結状態となっており、政府の緊縮財政策の下、BBCを含む公的サービスの予算は2ケタ台の削減を余儀なくされている。 
 
 多チャンネル化が進展する英テレビ界で、BBCは今後、どのような存在となるのだろうか? 
 
 7月中旬に発表された最新の年次報告書(2011−2012年度)にも触れながら、BBCの経営現況とその背景、今後の見通しについて考察してみたい。 
 
―小さなBBCへの道 
 
 BBCが縮小化に向かったのは数年前である。 
 
 BBCの運営は、存立・目的・企業統治を定める「特許状」(ロイヤル・チャーター、「BBC憲章」と訳されることもある)と、これに沿った業務の具体的な内容を規定する「協定書」(BBCと所管の大臣との間で交わされる)が基になる。国内の放送活動の原資となる受信料の値上げ率は、所管大臣(現在は文化・メディア・スポーツ相)との交渉で決まる。 
 
 10年毎に更新される特許状と協定書を交わす前の数年間は、BBCにとって、自分たちが望む方向に進むための、いわば自己PRの時期となる。 
 
 現在のBBCを語る時に欠かせないのが、マーク・トンプソン会長の存在だ。 
 
 BBCは、英政府がイラク戦争(2003年)開始前に発表した、大量破壊兵器の脅威に関する文書の誇張性に関して政府と衝突し、04年2月、当時のBBC経営委員会(現BBCトラスト)委員長と会長(=ディレクター・ジェネラル。企業で言うと最高経営責任者)とが同時に辞任するという前代未聞の事態に遭遇した。これを引き取る形で新会長となったのが、元チャンネル4のトップ、トンプソン氏であった。 
 
 同氏が2004年の就任後にすぐ取り組んだのは、次の特許状(2007年から16年まで)更新のための準備であった。 
 
 この時、BBCには強い逆風が吹いていた。先の大量破壊兵器をめぐる報道でトップらが辞任することになったため、BBCのジャーナリズムへの批判が沸騰していた。国内放送業界に占める突出した大きさや、テレビ受像機がある家庭から強制的に徴収する受信料制度への疑問が大きく表面化していた。 
 
 トンプソン氏は、英国のデジタル化を先導し、公的価値を基に番組を制作する将来図を描いた計画書「公的価値を築く」を、特許状策定中の政府に提出した(04年6月末)。 
 
 デジタル化の中には、好きなときに番組を再視聴したりダウンロードができるサービス(現在の「BBCアイプレイヤー」)が含まれ、「ロンドン中心の番組が多すぎる」という批判をかわすために、今後制作の半分をロンドンの外で行う方向で進める、とした(イングランド北西部グレート・マンチェスター地域にある都市サルフォードに、段階的に拠点を移動させている)。「際限なくサービスを拡大させている」という競合メディアからの批判には、新規サービスの開始には「公的価値があるか、民業を圧迫しないか」のテストを行う、と書いた。 
 
 「人員を1割削減する」という箇所もあったものの、それまで毎年値上がりしていた受信料が今後も同様に継続することを想定し、大風呂敷を広げた計画書であった。 
 
―受信料のインフレ率との連動が停止に 
 
 2007年1月、テッサ・ジョウェル文化・メディア・スポーツ相(当時)は、同年4月以降の受信料の値上げ体制を発表した。 
 
 多チャンネル化時代、BBCの番組を見るために強制的に徴収するテレビ受信料という体制そのものが合法性をなくしつつあった。果たして受信料制度が消えるかどうかに注目が集まった。 
 
 結果は、BBCにとって衝撃的なものとなった。 
 
 1つには、受信料体制は維持されたもののインフレ率との連動が停止された。それまではインフレ率に上乗せした値上げ率が設定されたため、景気の動向に左右されにくい経営ができた。代わりに、次の2年間はそれぞれ3%の値上げ率とし、その後は次第に値上げ率を縮小させる形となった。 
 
 もう1つ衝撃となったのは、将来のテレビ界の先行きが不透明であるという理由で、政府が今後6年間(最後は2012−13年度まで)の受信料体制のみを決定した点だ。10年間という長期に渡るスパンでの経営が困難になった。 
 
 当初、インフレ率に2・3%の上乗せ(他局からの批判を受けて、後に1・8%に変更)を希望していたBBC経営陣にとって、「失望」(トンプソン会長)と評される結果となった。 
 
 BBC経営陣は人員や番組製作本数の1割削減、1960年代にテレビ番組制作のために建築された「BBCテレビジョン・センター」の売却など、節約策をまとめざるを得なくなった。 
 
 これと前後して、BBCに起用された人気タレントが不用意な発言をしたり、番組制作に「やらせ」があったなどのスキャンダルが次々と発生し、一部の出演者に対する高額報酬の支払いや経営幹部らの経費使いに批判の声が高まった。 
 
 2008年の「リーマンショック」以降、不景気で広告収入が激減したため、民放テレビや新聞各紙にとって、BBC批判は最も視聴者・読者の反響を得られる話題でもあった。 
 
―規模の大きさへの批判続く 
 
 BBCが大きく「翼を短く切り取られる」状態となるのは、2010年5月、保守党と自由民主党による連立政権が発足してからである。 
 
 現政権は、自民党が閣僚職を少数維持しているものの、ほぼ保守党政権といっても良い。「小さい政府」を目指す政権の発足後、BBCの規模の大きさに対する批判が声高に続いた。BBCトラスト(元BBC経営委員会=視聴者の代表として、経営陣とは独立の立場からBBCの活動を監視し、経営陣の提案を承認する)は、今後2年間、受信料の値上げをしないつもりだと表明せざるを得なくなった。 
 
 10月、政府は歳出見直し策により、公的サービスの大幅削減を発表した。各省庁において、20%前後の予算削減が課された。 
 
 BBCも緊縮策から逃れることはできず、政府は、受信料を2010年度の金額(145.50ポンド、約1万8700円、8月上旬計算)のままで、今回の特許状期間が終了する16−17年まで凍結する決断を出した。さらに、これまで政府の交付金で運営されてきた、国際放送BBCワールドサービスや世界のメディア情報を監視するBBCモニタリングを、2014年から国内向け放送の原資である受信料でカバーすることになった。財政難になっていたウェールズ語の放送局SC4や新規に設置される地方のテレビニュースの運営、ブロードバンド拡大にもBBCは手を貸すことになった。 
 
将来のワールドサービスを自己資金でまかなう必要性が生じたB BCは、複数の外国語放送の停止を含めた大幅縮小策を実施せざるを得なくなった。 
 
 今年5月、BBCは「質を最優先に届ける」と名づけた、予算の見直し指針をまとめた。受信料の凍結やワールドサービスの運営費の将来の自己負担に準備を進めるため、受信料収入の20%分を削減する必要がでてきた。指針は、生産性の向上やコンテンツやサービスの節約によって乗り切る策を示した。 
 
―「より少ない資金ですばらしい番組作り」? 
 
 今年7月中旬に発表されたBBCの年次報告書(2011−12年度)で、BBCトラストの委員長パッテン卿(元保守党下院議員、最後の香港総督)は、過去1年で最も困難だったのは「少ない資金で、いかにすばらしい番組を作るか」だったと序文に書いた。そして、「変化が必要とされていた分野の1つ」として、経営幹部の給与を挙げた。重点が置かれたのはいかに費用を削減したか、給与を減額させたかである。 
 
 年次報告書の要点を伝えるBBCニュースのウェブサイトの記事(7月16日付)でも、真っ先に来るのが人気出演者の報酬や経営陣の給与がいかに減少したかであり、「人気出演者の報酬が950万ポンド減少」という見出し付き記事も別個に出した(同日付)。 
 
 後者の記事では、BBCの人気出演者の報酬が激減したという最初の段落の次は、「50万ポンドを受け取っていた出演者が16人いたが、これは前年よりも3人減っていた」とある。「3人」という部分が、実に細かい。次の段落では、トンプソン会長の給与は62万2000ポンドで、「前年の77万9000ポンド」より低い、という。次の次の段落では、会長が9月には退任すること、後を引き継ぐのは「BBCビジョン」と呼ぶテレビ部門を統括するジョージ・エントウイッスル氏だと紹介されている。その次の段落では、エントウィッスル氏は「はるかに低い給与をもらう。最初の年は45万ポンドだ」と結んだ。 
 
 ガーディアン紙のメディア記者ダン・サバー氏は、年次報告書が年に一度「給与の支払い状況を示す文書になってしまっている」と批判し、「いつになったら、BBCは視聴者や受信料支払い者に次はどこに向かっているかを説明するのか?」と不満をもらした(7月16日付)。 
 
 確かに、現トンプソン会長が主導した、英国のデジタル化のリーダー的存在としてのBBCという構想は今回の年次報告書からは見えてこない。 
 
 BBCがインターネットに力を入れ始めたのは2つ前の会長ジョン・バート氏(任期1992−2000年)の時代だ。その後、テレビ界が急速にデジタル化する中、「私たちはテレビ番組をテレビ受像機では見なくなるかもしれない」という趣旨の発言を行ったのがトンプソン会長だった。スマートフォンやタブレット型携帯機器で動画を視聴するのが珍しくなくなった現在、目新しい発言には聞こえないが、番組とテレビ受像機とが分かちがたく結びついていた数年前は、新鮮だった。 
 
 2006年末、民放がテレビ番組の再視聴やダウンロードができる、オンデマンド・サービスを開始し、07年からBBCも本格的に参入。英国テレビのオンデマンド・サービスはBBCのアイプレイヤー導入によって、初めて一般的に広がっていった。 
 
 トンプソン時代の最後の業績は、アイプレイヤーの成功を集大成したとも言える、ロンドン五輪での全競技の生放送だった。五輪放送を統括したロジャー・モーズリー氏を、トンプソン会長は次期「BBCビジョン」(テレビ部門)の統括役に抜擢した。BBCの業務の中でも、最も予算が大きい部門だ。 
 
 ちなみに、トンプソン氏は、11月に米ニューヨーク・タイムズの最高経営責任者(CEO)兼社長に就任する予定だ。 
 
ー逆風は保守党から? 
 
 ここで、保守党からの圧力という要素も指摘しておきたい。保守党は小さな政府を目指し、親ビジネスでもある。野党時代、放送通信監督庁オフコムの廃止を提言したり、BBCの規模の大きさの批判でも先頭に立った。世界的に評判が高いBBCワールドサービス(国際放送)は、政府からの交付金で運営するのが常であったが、2014年からはBBC自らに負担させるという荒業を実現させた。 
 
 トンプソン現会長の辞任への動きも、元保守党議員のパッテンBBCトラスト委員長がメディア取材の中で漏らしたことがきっかけだったようだ。本人が辞任するとは言っていないのに、「後任を探している」という話を匂わせた。ある意味、非常に官僚的なBBCにとって、トップの辞任のニュースがこんな形で出るのは好ましくないし、筆者の推測では、誰かがトンプソン会長を追い出すための気運を作った感じがする。周りを固めてしまった、と。(この辺の真偽は、関係者が回顧録を書いた時点で明確になるかもしれない。)会長が辞任の意向を認めたのは、だいぶ後になってからだ。 
 
 親マードック派(衛星放送BスカイBの39%の株を所有し、大手数紙を発行)でもある保守党。 
 
 今後も、BBCをより小さくする方向への風が強く吹くはずである。メディアの消費環境が変わっていることがBBC縮小化の1つの理由だが、政治圧力もかかるだろうと私は見ている。(次回は、「BBCの今後」、「英国メディア・ウオッチ」より) 


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