2012年09月13日15時40分掲載  無料記事
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検証・メディア

スクープはツイッターから生まれる −英記者たちの太っ腹SNS活用法 (上)

 英国の大手メディアに勤める記者の間で、ソーシャル・メディアを使っての情報発信が活発化している。「ソーシャル・メディア」には数多の種類があるが、英語圏では、実名を基本とする友達同士の交流サイト、フェイスブック、140字で情報を伝えるツイッターが特に人気が高い。双方向性を持つ情報発信ツールとして、日記型ウェブサイト、ブログも相変わらず盛んだ。この中で、記者たちの日々の業務の中で欠かせない存在になっているのが、ツイッターやブログだ。本稿ではその活用の背景や具体例を紹介したい。(ロンドン=小林恭子) 
 
 以下は朝日新聞の月刊メディア誌「Journalism」(8月号)  の「ソーシャルメディアが記者を変える」という特集向けに書いた原稿に若干付け足したものである。長いので2つに分ける。 
 
 記者のソーシャル・メディア活用について、日本の複数のメディア関係者と話す機会が何度かあったが、懸念を表明する声が多かった。不用意な発言によって「炎上しては困る」、「何故わざわざお金と時間を投資する必要があるのか」という2つの視点を指摘された。英国の事例が解明への糸口となればと思う。 
 
―今やすべてのメディアがデジタルコンテンツ提供者 
 
 英国の記者にとってツイッターやブログが必須となっている背景には、デジタル化、ネット化の進展がある。全国紙の毎月の発行部数は前年同月比で数パーセントから二ケタ台の減少が常態化している。その一方で新聞社のウェブサイトのアクセス数は上昇の一途をたどっている。 
 
 放送業界では、公共放送BBC、民放ともに、過去1週間の間に見逃したテレビ番組をテレビ受信機、PC、携帯機器(スマートフォン、タブレット端末など)などで無料で再視聴できるオンデマンド・サービスが普及している。 
 
 複数の調査によると、英国は欧州の中でも、スマートフォンの普及率が最も早い国だ。 
 
 放送通信庁オフコムの「国際通信市場リポート2011」によると、スマートフォンの所有率は成人の半分(2010年時点)だ。調査会社エンダース・アナリシス社は、2015年までにこれが75%に上昇すると予測している。ソーシャルメディアのサイトを訪問したことがある人は79%で、18歳から24歳に限ると92%に上昇する。 
 
 広告もネットに移動しつつある。2011年の媒体別広告費(英広告協会発表)を見ると、その30%がインターネットで、これにテレビ(26%)、新聞(24%)が続いた。 
 
―24時間報道体制の確立で、記者はいま、競争真っ只中に 
 
 英国のテレビ局とはもはやテレビ受信機に番組を送信するだけの存在ではなく、新聞も紙媒体を印刷・配布するだけの存在ではない。全てのメディアが、デジタル・コンテンツの提供者となり、利用者と広告主がいる場所に向けて、サービスを展開している。「何故ソーシャル・メディアに参入するのか?」のシンプルな答えは、「利用者がそこにいるから」だ。 
 
 デジタル化、ネット化で、記者が置かれている環境も様変わりしている。その具現化が24時間の報道体制だ。 
 
 現在、デジタルテレビを設置している家庭では24時間のニュース専門チャンネルとしてBBCニュース、衛星放送のスカイ・ニュース、米CNNと少なくとも3つあり、デジタル契約によっては、これに中東の衛星放送アルジャジーラ英語、英仏他数ヶ国語で放送するフランス24、欧州を拠点とするユーロ・ニュースなどが加わる。こうしたチャンネルの大部分がネットでも同時放送を行っている。 
 
 BBCのニュースサイトが動画を豊富に使って常時ニュースを発信し、新聞社サイトも速さの戦いに参加する。元祖24時間メディアとも言えるラジオにソーシャル・メディアを加えると、24時間、ニュースが、複数のプラットフォームを横断しながら飛び交い、増幅している。 
 
 記者は「誰よりも早く」、「質の高い情報を発信する」競争の真っ只中に置かれている。複雑な編集プロセスを経ることなく、あっという間に短文情報が出せるツイッターが、非常に便利なツールとしてもてはやされるようになった。 
 
 ツイッターあるいはブログを使って、英国の記者が「xx(媒体名)社のxx(個人名)」という形で情報発信をするとき、その中身は、自分が担当する分野のニュースについての自分なりの見立て(解説、分析、感想)、実況(事実を時系列に発信)、キュレーション(他媒体からの情報も含めて選別・集積して、流す)、情報交換(他媒体の記者あるいは情報の受け取り手との間で)、取材(取材対象を募るなど)、後で本格報道をするための予告、スクープ報道などになる。記者として情報発信をする以上、ツイッターやブログはあくまでもジャーナリズムのツールだ。 
 
―大手銀行の資金難を暴いたBBCペストン記者の場合 
 
 ソーシャル・メディアの巧みな使い手として真っ先に名前が上がるのがBBCのロバート・ペストン記者(@Peston)である。近年、経済ニュースで次々とスクープを出している。2007年9月、住宅金融が主力の中堅銀行ノーザン・ロックの資金難を報道して注目を浴びた。同行が英中央銀行から緊急融資を受け入れることになったと報じ、これがきっかけとなって英国で過去150数年で初の取り付け騒ぎが発生した。 
 
 08年9月には、住宅金融に力を入れてきたHBOS銀行が大手銀ロイズTSBと合併を進めていることスクープしたが、午前の9時の第一報を同時に伝えたのは、BBCのニュースサイト内に設けられた自分のブログとニュース専門局での報道であった。 
 
 1日の中で最も重みがある、BBCの午後10時のニュースでスクープを報道すれば、この情報に触れる人は格段と増える。しかし、報道の速さを最優先する場合、ライバルに先を越される前に情報をしかもブログで出せば、「BBCが」そして「BBCのペストン記者が」このニュースを真っ先に出したという事実を確実に残せる。ほかの媒体は「BBCが」という形で報道を行うことになり、BBCのそして記者の価値は上がる。 
 
 英メディア界の編集幹部がメンバーとなる「編集者協会」の08年の年次大会に出席したペストン記者は、ブログでも、番組放送時同様に「事実関係の確認をし、きちんとしたものを出す」、「ブログだからといってジャーナリズムの基準を変えていない」と語っている。 
 
 ペストン記者は現在も、週末をのぞくほぼ毎日、担当する経済ニュースに関わるブログを書く。ブログの内容はBBCのニュースサイトの第一報記事などに、補足・解説として紹介される。14万人余のフォロワーを持つ同記者のツイッターはメディア界で最も信頼されているアカウントの1つである。 
 
―ブログを書き、同時につぶやく 合間にニュース番組に出演 
 
 具体的な報道の例を見てみよう。 
 
 6月末、英大手銀行バークレイズが、ロンドン銀行間貸し出し金利(Libor)の設定で不正操作を行ったなどの件で、英米の金融監督当局から合計2億9000万ポンド(約360億円)の罰金の支払いを命じられた。これを受けて、まずエイジアス会長が辞任を発表し、今度は最高経営責任者ボブ・ダイヤモンドの去就に耳目が集まった。 
 
 ダイヤモンドの辞任報道が出回ったのは、7月3日の午前8時頃。ペストンは8時22分に「ダイヤモンドは議員たちに追われた。(この事件についての)調査委員会が立ち上がれば、自分に世間の注目が集まり、銀行を改善する時間がないと思ったのだ」とツイートした。8時50分ごろには、BBCのニュースサイトに、「ダイヤモンド辞任」のコーナーが立ち上げられる。2人の記者が短いテキストを交互に投稿する形で、辞任に関わるニュースが時系列につづられてゆく。10時8分、ペストンは「議員らと株主に押され、ダイヤモンドは辞任に追い込まれた」とする見出しのブログ記事をアップし、その約30分後に、自分のブログへ誘導するアドレスを載せたツイートを発信している。 
 
 同日、エイジアス会長にインタビューしたペストンは、ツイッターで「いま、エイジアス会長にインタビュー。ボブ・ダイヤモンドに対し、中銀総裁マービン・キングが辞めるよう言ったのかどうかについては言明せず。ダイヤモンドの『個人的決断だった』とだけ言った」とつぶやいた。これが午後5時過ぎである。ウェブサイトにインタビューの模様がアップされたのは午後6時頃。ツイッターやブログへの投稿、ウェブ上への動画アップロード、合間に出演するニュース番組内での報道を組み合わせながらの働きぶりとなった。(続く・ほかのメディア組織の具体例や方針とは?) 


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