2012年11月11日21時51分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201211112151350

検証・メディア

50数日で辞任したBBCトップ −救いようがないほどの情報収集能力の欠如

 BBCのジョージ・エントウイッスル会長(経営陣のトップ)が、10日夜、児童に対する性的虐待についての番組(「ニューズナイト」)内での誤報の責任を取り、辞任した。番組の報道は11月2日であったので、あっという間の急展開である。9月17日の会長就任以来、2ヶ月もたたない中での辞任であった。(小林恭子) 
 
 「急展開」は、実は、数時間の出来事であったともいえる。 
 
 10日朝、BBCラジオの時事番組「TODAY」は、エントウイッスル会長をインタビュー。ここでいかに会長が事態を充分に把握しておらず、新聞の関連記事を読んでおらず、関連ツイッターも見ていなかったことが暴露された。「辞めることは考えていないのか?」とまで聞かれ、「できることはやっている」と答えた会長。あまりにも情報収集にうとい会長に、メディ関係者のみならず、国民も大きくがっかりしたのである。 
 
TODAYのインタビュー 
http://news.bbc.co.uk/today/hi/today/newsid_9768000/9768406.stm 
 
 1つの番組の誤報ぐらいで、何故辞任?と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、もう1つ、BBCがそしてエントウイッスル会長が大きな批判の的になってゆく事態が、発生していた。それは、BBCの人気司会者ジミー・サビル(故人)による性犯罪疑惑で、10月上旬、民放ITVが放映すると、国民は大きな衝撃として受け止めた。人気司会者であったばかりか、慈善事業にも力を入れた人物であった。 
 
 BBCが批判の的になっていったのは、BBCの先の番組「ニューズナイト」が、この疑惑を年末放映予定であったものの、途中で、制作中止となったことが明るみに出てからだ。 
 
 BBCでは、「ニューズナイト」のスタッフがサビルによる性犯罪疑惑の調査を進めていた一方で、サビルの功績を称える番組を制作中だった(後、放映)。 
 
 もしかしたら、BBCはサビルを称える番組を放映したいがために、サビルの評判を傷つけるような番組の放送を「故意に中止させた」のではないか、だとすると、真実を追究するジャーナリズムは犠牲になったのではないか?そんな疑念が出てしまったのである。 
 
 この時点では、「都合の悪い報道を隠ぺいした(かもしれない)」という疑惑であったので、BBC会長の首はまだ安泰であった。 
 
 しかし、その後の対応で、エントウイッスル会長の評価は急降下する。 
 
 まず、「何故、調査番組での報道を中止させたのか」「あなたはどこまで事態を知っていたのか?」という報道陣の質問から、エントウイッスル氏は当初、逃げ回った。「あなたはどこまで・・・」というのは、9月に会長職に就任するまで、同氏はBBCのテレビ部門の最高責任者だったのだ。「ニューズナイト」での疑惑報道の放映中止も、サビルの追悼番組の放映も、すべてがエントウイッスル氏の責任下で行われていたのである。 
 
 会長が記者会見を開き、「真相究明のため、調査委員会を設置する」と発表したのは、ITVでのサビルの性犯罪疑惑番組放映から、10日ほど後であった。これは、活発な24時間報道体制がある英メディア界では、「遅い」対応である。大事件が発覚後、当日には声明文、翌日には責任者などが鍵となる報道番組に積極的に出て事態を説明しないと、遅いと見なされる。 
 
 10月23日、エントウイッスル氏は下院の文化メディアスポーツ委員会の公聴会に呼ばれた。ここで、何をどこまで知っていたのか、どんな手段を講じたのかを下院議員らに問いただされた。ここでの同氏の返答振りも満足できないレベルであった。もし性犯罪の疑惑を解明する番組の制作中止にかかわる背景を熟知していたと認めれば、責任が問われてしまうーそんな風に当人が思ったのか、思わなかったのかは分からないが、エントウイッスル氏は、「知らなかった」で通してしまった。「知らない」=「事態を把握していない」ということで、「この人ではダメだ」感がわいてしまった。 
 
 その後、英国内は児童への性的虐待にかかわっていたかもしれない人物を探す、いわば「悪魔狩り」のような雰囲気にもなったが、「ニューズナイト」が勇み足の失敗をおかしてしまう。 
 
 11月2日、同番組は、英西部ウェールズ地方の児童施設で、1970年代に、保守党のある政治家が性的虐待を行っていたとする報道を行った。犠牲者の声も紹介した。名前は出なかったものの、ネット上では、サッチャー元首相の側近アリステア・マカルパイン元上院議員の名前が出た。 
 
 ところが、これが誤報であることが判明した。番組で紹介された犠牲者が、9日になって、虐待を行った人物はマカルパイン元上院議員ではなかったことを認め、BBCは謝罪を発表した。 
 
 疑惑報道を行う際には、中心人物らに疑惑を問いただし、当人からの返答を入れるのが番組作りの基本だが、「ニューズナイト」は今回の番組内ではマカルパイン元上院議員の名前が出ないとして、マカルパイン氏に事前に連絡をしていなかったことも判明した。 
 
 エントウイッスル氏の辞任の直接の引き金を引いたのは、BBCラジオの「TODAY(ツデー)」である。 
 
 10日朝の放送分で、番組司会者の1人で、厳しいインタビューで定評があるジョン・ハンフリーズがエントウイッスル会長に矢継ぎ早に質問を行った。ここで、会長の「メディア音痴ぶり」が暴露されてしまった。もちろん、実際は音痴ではなく、事情を知っていたが行動を起こさなかったのかもしれない。しかし、知っていて行動を起こさなかったとすれば、責任を問われる。そこで、「無知」の方を選択したのかもしれないがー。 
 
 どこまでメディア音痴だったのだろう? 
 
 例えば、2日の「ニューズナイト」での問題の報道について、「事前には知らなかった」という。夜10時半から放映のこの番組を「見ていなかった」。何が報道されたかなどを知ったのは、「翌日」であるという。 
 
 この「事前には知らなかった」というのが、まずおかしいとハンフリーズは指摘する。「ニューズナイト」の放映24時間から12時間ほど前から、報道に関わった「調査報道ビューロー」という組織などが、「児童への性犯罪に関与した大物政治家についての番組が放映される」とネットなどを通じて宣伝していた。「ニューズナイト」の元政治記者が、ツイッター上で、「その大物政治家が、BBCからまったく連絡を受けていない、おかしいのではないか」と発信し、話題になっていた。 
 
 ガーディアン紙も、9日の朝、「マカルパイン元上院議員ではない」とする記事を一面に出していたが、これも会長は「読んでいない」とした。 
 
 関連のネット情報には一切触れず、新聞も読まず、しかも何故そうなったかの理由は「部下が情報を出さなかったから」「組織がそういう仕組みになっているから」と答えた。 
 
 ハンフリーズが「辞任は考えないのですか」と聞き、「自分は正しいことをしたと思っている」と答えた会長。 
 
 ハンフリーズのインタビューを聞いて、こんな指導者ではもうだめだーそんな印象を持たない人はいないだろう。 
 
 この朝のインタビューから数時間後の10日夜、エントウイッスル会長は「ニューズナイト」による誤報の責任を取って、辞任した。 
 
 大手メディアのトップとして、救いようがないほどの情報収集能力の欠如を示したエントウイッスル氏。こんな人物をトップにつけた、BBCトラスト(NHKの経営委員会に相当)への不信感も高まっている。 
 
関連: 
おそらく、誰かが辞任するだろう ―BBCとサビルの不祥事 
http://ukmedia.exblog.jp/18597155/ 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。