2013年05月12日11時00分掲載  無料記事
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アフリカ

【西サハラ最新情報】 ポリサリオ戦線創設40周年記念日  平田伊都子

 40年前の1973年5月10日、西サハラの砂漠でポリサリオ戦線が創設されました。「ポリサリオ?何それ?ポリオの変種??」と返事がかえってきそうです。 日本人にとって殆んど馴染みのない名称ですからネ、、 
 
 ポリサリオ戦線とは、1973年当時、スペイン植民地になっていた祖国西サハラを解放するために西サハラ人が立ち上げた軍事抵抗組織です。 当初、スペイン植民地軍と戦っていたポリサリオ戦線は、スペインが撤退して後、現在にいたるまでモロッコ占領軍と戦い続けています。 1991年に国連が国連西サハラ住民投票を提案して、ポリサリオ戦線とモロッコ軍は銃を置きました。 それからポリサリオ戦線は国際社会を舞台に外交闘争を戦っています。 ポリサリオ戦線の指導の下で1976年には、RASDサハラ・アラブ民主共和国を建国しました。 
 
 ポリサリオとは、サギア・エルハムラ(アラビア語で赤い涸れ川)とリオ・デ・オロ(スペイン語で金の川)という地名を合わせた名称で、西サハラ全土を象徴しています。 
 
 以下に1973年5月10日のポリサリオ創設風景を再現してみます。 
 
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 初夏だというのに、砂が舞う寒い夜だった。 
 
 突然、ランドクルーザーのヘッドライトが闇を突き破った。民族衣装・ダラーに身を包み、被り布・シャーシュで顔を隠したひときわ背の高い痩せた男が、早口でまくしたてる。 
 
「ビスミッ ラーヒッ ラフマーニッ ラヒーム(仁慈あまねく慈悲深き、アッラーの御名によって)ポリサリオ戦線の蜂起をここに宣言する。銃で自由を勝ち取ろう!アッサラーム アライコム ワ ラフマトッラー(あなた方に平和とアッラーのお恵みあれ)」 
 
 イスラムの挨拶が終わるや否やヘッドライトが消され、ランドクルーザーの群れは砂闇の中に散って行った。1973年5月10日の真夜中、ポリサリオ戦線の結成式はものの3分とかからなかった。 
 
 場所はモーリタニアと西サハラの、とある南の国境。宣誓を行ったのは創設者エル・ワリとされているが、「俺がやった」と、エル・ワリは言わなかった。誰が宣誓してもいいと思っていた。西サハラ人で独立闘争をやろうと決心した者なら、誰でも宣誓書を読めばいいのだ、、 
 
           拙著:サハラの狼(エル・ワリ伝)より 
 
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 2013年5月10日と11日にわたって、ポリサリオ戦線が拠点を置き、RASDサハラ・アラブ民主共和国政府のある西サハラ難民キャンプでは、40年記念祭が行われます。西サハラ難民キャンプはアルジェリア西端のチンドウーフという所にあります。この日、レソト王国のトマス首相をはじめ各国の首脳やプレスがお祝いに飛んできました。 
 
 5月20日も西サハラ人が蜂起したことを記念するお祭りがあります。2014年の記念祭が、難民キャンプではなく、祖国西サハラの地で行われることを祈ってやみません。 
 
 
写真々堽鵑寮萋を切るラクダの騎手、▲櫂螢汽螢・ラクダ軍隊、子供たちの行進 
 
WSJPO 西サハラ政府・日本代表事務所 
所長:川名敏之 
SJJA(サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション) 
代表:平田伊都子 


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