2013年07月10日18時59分掲載  無料記事
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農と食

大豆の安全保障を! 印鑰 智哉

大豆は言うまでもなく日本の食文化において要の位置を占める。大豆で作った味噌やしょうゆがなければ日本の食を成り立たせるのは難しいだろう。そして大豆は日本の農業の有機的なサイクルの一部をなす重要な作物でもあった。 
 
しかし、近代の日本で大豆の生産は捨てられたままだ。富国強兵に走り、農村は貧困化し、大豆生産は落ちる。重要なタンパク源を失い、社会的騒乱を招くことも増えた。その危機的事態に対して、日本政府は農業政策を変更することなく、大豆を捨て続け、その代わりに、朝鮮半島を植民地化し、中国東北部に傀儡国家を打ち立てる。満州鉄道は別名大豆鉄道と言われたほど、日本は8割近い大豆を植民地体制で確保した。 
 
敗戦は同時に大豆植民地体制の崩壊、日本列島の住民を支える大豆の供給は断たれ、日本は飢えを経験する。この時期の政府関係者の記録を見ると、このままでは体制がひっくり返るという危機意識の中、代替タンパク源の確保に必死になっていることがわかる。その中で出てきた1つの施策は他国からの大豆確保であり、もう1つは南極海まで捕鯨船団を繰り出してクジラの肉でタンパク源を確保しようというものだった。 
 
戦後、日本は米国に圧倒的に大豆供給を依存していく。それは同時に主権を放棄した政治を意味していた。田中角栄内閣が対米政策を変えようとした時、打ち出された大豆禁輸政策(もちろん、大豆高騰という事態への対応という面もあっただろうが、それと同時に対米関係を変えようとすることへの対応であった)、日本は再び、大豆の供給を断たれるという瀬戸際に追い込まれた。 
 
その時、田中内閣が出した方策がブラジル・セラード地域での大豆畑の大規模開発である。このセラード開発が環境や社会にいかに否定的な影響を与えたかについてはかつて書いた(セラード開発を問う *1)。このセラード開発は日本の商社が直接ブラジルの大豆生産を握って日本の大豆を確保するというものではなく、ブラジルでの生産を増やすことで、世界全体での大豆供給を増やし、安定的な価格での大豆確保をめざすものであったという。逆に言えば、日本のODAで開発したとしても、南米を牛耳るカーギルなどの穀物メジャーに日本の商社が食い入ることは難しかったのだろう。 
 
そして今、新たな大豆の危機に私たちは直面している。遺伝子組み換えの危機だ。今や米国産遺伝子組み換え大豆は9割を超え、非遺伝子組み換え大豆の確保はますます難しくなっている。そしてその遺伝子組み換え大豆に使われる農薬は年々増加し、米国環境庁は穀物に残留する農薬許容量を引き上げようとしている。遺伝子組み換え大豆の有害さはモンサントなどの遺伝子組み換え企業の情報操作によって隠蔽されてきたが近年、次々にその危険の実態が暴露され始めている。アレルギー、腫瘍、ガン、白血病、糖尿病、腎臓病などとの関連が疑われている。しかし、こうした問題がマスコミを賑わすことはない。 
 
日本の食文化にとってこんなに重要な穀物でありながら、日本社会はなぜ大豆の安全保障に気をかけないのだろうか? 
大豆をめぐるEUの動き 
 
日本ほどの重要さはないはずのヨーロッパの住民は日本人以上に大豆の安全に熱心だ。ヨーロッパ人は大豆を直接食べる食文化を持っていない。大豆は多くの場合、家畜の餌であり、直接関係するとしても加工食品の原料としてくらいであろう。 
 
Tescoという英国のスーパーが11年におよび家畜の餌には遺伝子組み換えを使わないというポリシーを貫いてきたが、今年になって、もう遺伝子組み換え飼料を確保することは困難なので、このポリシーを撤回すると発表して、大きな非難を浴びた。その後、ブラジルの非遺伝子組み換え穀物生産者組合(Abrange)がそのTescoの声明に反論し、ブラジルには十分な非遺伝子組み換え大豆を供給する余力があることを訴えている。 
 
こうしたやり取りの中で、5月にブリュッセルに集まった大豆に関わる食品加工業者やスーパーマーケット関連業者などはブリュッセル大豆宣言を出している。宣言全文は以下に訳すが、その中味は、ヨーロッパの飼料に非遺伝子組み換えを貫けるかはブラジルの生産者に掛かっているという危機的な認識から、ブラジルでの非遺伝子組み換え大豆生産を支援するというものだ。 
 
一方、日本ではEUの動きのような動きを聞かない。それ以前にマスコミは報道しない。また業者も今の事態に対してどんな危機意識を持っているのか、日本の市民社会が知る機会などほとんどないのではないだろうか? 
 
一方で日本の商社はモザンビークなどで非遺伝子組み換え大豆生産に乗りだそうというニュースが伝わってくる。日本の商社も非遺伝子組み換え大豆の確保には危機意識を持っているのだろう。しかし、それがモザンビークでの土地収奪に関わるのであればそれは決して正当な行為ではなく、持続的に確保する可能性も低いと言わざるを得ない。商社の行動は市民社会に伝わってくることはほとんどなく、日本社会はその商社に大豆の安全保障を任せているのが実際ではないだろうか? 
 
南米における遺伝子組み換え大豆の生産は社会に大きな苦しみをもたらしている。遺伝子組み換え大豆による土地収奪、ラウンドアップなどの農薬による汚染などにより、南米、特にアルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの社会は大きな被害を被っている。非遺伝子組み換え栽培はブラジルでは未だに一定の規模を保っており、ブラジルは今なお世界最大の非遺伝子組み換え大豆の栽培国である。 
 
農民がいくら非遺伝子組み換え大豆を生産したとしても、輸出国まで遺伝子組み換え大豆と混ざり合わずに届ける輸送手段を持たなければ意味をなさなくなってしまう(遺伝子組み換え大豆に混ざってしまうから)。そのため、遺伝子組み換え大豆とは異なるロジスティック(貯蔵施設、運搬施設など)を確保しなければならない。ブリュッセル大豆宣言はEUの業者がその支援を宣言したものだ。 
 
しかし果たして非遺伝子組み換え大豆の生産はどれほどの社会的・環境的インパクトがあるだろうか? どんな形で生産されているのか? その実態はまだ十分よくわからない。 
 
本来、大豆生産はどうあるべきなのか? 政府が秘かに決定したり、商社の土地収奪を隠した形で大豆が確保されることに任せていていいのだろうか? 大豆安全保障とはまさに命の安全保障でもある。これまで日本の市民社会はその議題にどう関与してきただろうか? 日本の食文化がかかっているのだから、もっと関心が持たれるべき事柄だろう。 
 
EUの食料関連業者によるブリュッセル大豆宣言は一つの答えではあるが、1つの国の大豆生産に頼るというのは決して健康な状況ではないだろう。現在可能な方法はこれしかない、という現状はあるかもしれないが、未来にわたって大豆生産がどうあるべきか、日本の大豆生産者、アジアの大豆生産者、南米の大豆生産者や、さらに世界の消費者が大豆の安全保障を考えなければならない時期に来ていると考える。 
 
以下、ブリュッセル大豆宣言の仮訳である。 
ブリュッセル大豆宣言 
 
欧州連合のいくつかの国では食料生産者と食品加工業者と同様にブランドのオーナーや小売業者も食品をそれぞれの国の言語でGMOフリーと表示して売ることができる制度法を成立させている。だから消費者はスーパーマーケットでの選択で明確な選択ができる。そうした制度が実施されているところではそうした制度は表示された製品の売り上げ増加をもたらすことがある。その結果、Non-GMとして保証された原料への需要は高まっている。 
 
動物性の食品(ミルク、卵、肉)向けには、国外から輸入された大豆や大豆粕はGMOがかいば桶やサプライチェーンに入っていく最大の要素を構成する。 
 
ブラジルは群を抜いた世界最大の非遺伝子組み換え大豆の生産国である。世界中で売られるGMOフリーとして表示される大豆の多くの部分はブラジル産なのである。ヨーロッパ食品産業、食品小売業や消費者が将来に選択を持てるかどうかはほとんどブラジルの大豆産業の決定に依存している。大豆製品を消費者にもたらすサプライチェーンとプロダクションチェーンの他の業者によって大きな影響が与えられる。 
 
この宣言の署名者は食品や家畜の生産に大豆を使う代表の他に毎日の食品を消費者に届けるヨーロッパの食品小売業界を含んでいる。 
 
上記に記した事実を認識し、署名者は下記のことを理解している。 
 
ブラジルは現在、断然としたもっとも重要なGMOフリー大豆の生産者であること 
2005年にブラジルの法律はGM大豆を植えることを合法化した。 
2005年以来、ブラジルにおける従来の非遺伝子組み換え大豆の全体を占める割合は年々減り続けている。 
これは中国のGMO大豆需要の高まりの結果であり、ブラジルの商品のヨーロッパからアジアへの流れの転換をもたらし、ブラジルの農業にとってのGMOフリー大豆の重要性を減らす結果をもたらした。 
従来の非遺伝子組み換え大豆の供給は現在は比較的低い生産レベルにある。 
分離されたGMOフリーなサプライチェーンにとって、分離されたロジスティックスや貯蔵は時として制約条件となる。 
外国の買い付け者、特にヨーロッパの業者は保証された非遺伝子組み換えの大豆や大豆粕に市場価値で最大となるかなりのプレミアムを付けて購入している。 
 
ヨーロッパの消費者にGMOフリーの製品を届け、個々の食料主権の権利を履行する上での選択権を与えるために、継続的、そしてさらに拡大されたブラジルにおけるGMOフリーの生産を全面的に支持することをここに宣言する。 
 
この宣言の署名者はブラジルにおいて、最も広い意味でGMOフリー大豆生産に関わるすべての関心を持つ人びと、つまり、種子の生産、農耕、貯蔵、加工と同様に大豆や大豆粕の運送や輸出に関わる人びとすべてに訴える。 
 
我々は共に下記の方法を推奨し、支持する。 
従来の大豆の生産を欲する農民に従来の、つまりGMOフリー大豆の種子の供給を拡大し、広く供給することを保証すること。 
従来の、GMOフリー大豆生産を強く支持する法的商業的環境を発展させること。 
国際市場での非GMOプレミアムを公正にブラジルの農業生産者を含むすべての参加者に分配することを保証すること。 
国際市場に非GMO大豆製品を供給するのに必要な分離した貯蔵システムとIPシステムを継続させ、広く利用可能にすること。 
港湾施設で非GMO製品を輸出するために分離された輸送ロジスティックを拡大すること 
ヨーロッパでの非GMO保証された大量の大豆を扱えるように港湾施設の中に分離された貯蔵、陸揚げスペースを維持し、拡大すること 
 
これらの方法はGMOと非GMO製品のフローを短期的にまた長期的に共存させるために必要である。 
 
ブリュッセル大豆宣言は下記団体のイニシアティブである 
 
Colruyt Group: 
ベルギー最大の小売業者の一つ。ベルギー、フランスとルクセンブルクで操業しており、400の直営店と500の加盟店がある。このグループの売上は78億ユーロを越している。 
The Deutsche Verband Tiernahrung e. V. (DVT): 
家畜飼料と栄養部門の協会であり、独立した貿易連合体である。家畜飼料、家畜とペット向けの事前配合飼料と添加物の製造と貿易会社を代表する。 
EDEKA: 
4000以上の独立ディーラーの連合体であり、中小規模企業や協同組合を代表する。100年以上のユニークな歴史を持っている。2011年、EDEKAは1万2000の市場と30万6000人の従業員を持ち、456億ユーロの売上を得ている。EDEKAは将来世代のために自然と資源の保全に寄与することをめざし、環境にやさしい製品の拡大する需要を支える。 
Kaiser’s Tengelmann GmbH: 
国際貿易のTengelmannグループの一部であり、OBI, KiKやPlus Onlineという子会社を持つ。このグループの会社は15のヨーロッパの国で操業し、約8万人を4000以上の支部で雇用する。年間売上は100億ユーロを超す。 
Kaufland Group: 
ドイツや東ヨーロッパで1000以上のセルフ・サービスストアや一般店を経営する。本部は西ドイツのネッカルスルムである。 
Lidl: 
ネッカルスルムを本部としたShwarzグループ会社のメンバーとして、Lidlはドイツの食品小売セクターの大手企業である。ヨーロッパ中に展開している。ドイツでは30の法的に独立した地域的な会社が3300の支部を持ち、6万5000人の従業員を雇用し、顧客の満足に努めている。 
Netto Marken-Discount: 
EDEKA協会の小会社で、4000以上のNettoアウトレットで3500位上の魅力的な品揃えで1900万人の顧客を満足させている。地域の新鮮な食品に特化しており、多くの有機食品のセレクションや環境にやさしいリユース可能な製品も提供している。 
The cooperative REWE Group: 
ドイツとヨーロッパの貿易とツーリズムグループの主要企業。2012年には500億ユーロの粗利益を上げている。REWE Groupは13のヨーロッパの国で1万5500の店で32万7000人の従業員を雇用している。 
Swiss soy network: 
スイス大豆ネットワークは大豆セクターの大豆購買者、生産者、認証団体、環境団体、食品加工業者と小売業者(生協とMigros[スイス最大のチェーン店]を代表する。その目的は大豆輸入の少なくとも90%を2014年までに責任の取れる、認証済みのものにしていくことだ。 
Sonae: 
Sonaeはポルトガルの最大の小売会社であり、ショッピングセンター(Sonae Sierra)とテレコム、SSI&メディアセクター(Sonaecom)の2つの2大パートナーシップを持っている。Sonaeは2011年に57億4000万ユーロの売上を持つ最大の非金融グループである。 
The SPAR Austria Group: 
SPARオーストリア・グループはオーストリア、イタリア、ハンガリー、スロベニア、チェコ共和国とクロアチアに販売店を持つ小売グループだ。2012年にはSPARオーストリア・グループは125億8000万ユーロの売上を達成している。 
tegut…: 
tegut…は中規模の食品ディーラーで長年食品と栄養の管理に関する啓発につとめ、その人間と自然に与える影響について働いてきた。これが私たちのグリーン遺伝子技術に対する初期からの批判と、VLOG(遺伝子組み換えのない食品のための協会)へ関わる原点だ。 
 
ブリュッセル、2013年5月 
 
The Brussels Soy Declaration宣言原文(英語) 
http://proterrafoundation.org/files/Brussels-Soy-Declaration-EN-May-2013.pdf 
 
[追記] 
ヨーロッパのドナウ川流域の諸国によるドナウ大豆宣言というものもあるので、それも書いておく。 
ドナウ川流域諸国のGMOフリーの大豆生産を5年で5倍(100万トンから500万トン)に引き上げるというものだ。現在EU27カ国での輸入量が3500万トンを超しているということでEUとしては輸入に頼らざるをえない数字ではある。 
Schweiz unterzeichnet Donau Soja Erklärung ドナウ大豆宣言(2013年1月、ドイツ語)http://www.sojanetz.ch/uploads/media/20130119_MM_Soja_Netzwerk_Schweiz_02.pdf 
 
(注 *1)セラード開発を問う 
http://blog.rederio.jp/archives/1278 


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