2013年07月30日11時09分掲載  無料記事
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政治

山口定著「ファシズム」(岩波書店)

  ファシズムとは何か?政治体制だが、ファシズムと一言で言っても、さまざまな体制がある。ヒトラーのナチス、戦前・戦時中の日本、ムッソリーニのイタリア、スターリンのソ連(この場合はむしろ全体主義と呼ばれている)など、左派政権もあれば右派政権もある。ナチスドイツは国家社会主義ドイツ労働者党と称していた。山口定著「ファシズム」はファシズム研究の第一人者がこの問題に取り込んだ意欲的な書である。 
 
  ファシズムとは?山口教授はE・ノルテの定義を冒頭で紹介している。1919ー1945.これがファシズムの誕生日と死亡日だというのだそうだ。もちろん、異論はあるだろうが、1つの考え方として第一次大戦後の「ベルサイユ=ワシントン体制」に対する攻撃からナチスの崩壊までを指している。「ベルサイユ=ワシントン体制」とは第一次大戦の戦争責任を取らされたドイツが被った戦後処理体制であり、しかし、それだけだと欧州だけになるので極東も含めてワシントン会議後の日本封じ込め体制も加えている。もちろん、ナチスドイツの崩壊でファシズムの歴史は終わったのか?という問いがあり得るだろう。たとえばスペインのフランコが死んだのは1975年である。いずれにせよ、第一次大戦の戦後処理に端を達する、という点では広く支持されている考え方のようである。 
 
■ファシズムを分析する 
 
  山口氏はファシズム概念を明確にするために、まず ̄親悪∋彖朖B寮という3つの問題のレベルを区別せよ、という。\治運動としてのファシズムの特性を考えること。∋彖曚箸靴討離侫.轡坤爐瞭胆を考えること、政治体制としてのファシズムの特性を考えること、である。一番簡単なのは,世箸いΑ 
 
  「政治運動としてのファシズムの特徴は、「指導者原理」を組織原理とし、制服を着用した武装組織を党組織の不可欠の要素として街頭の暴力支配と示威行進・大衆集会とを結合した運動を展開する政治的大衆運動であることにある」 
 
  また、基本的に4つの問題領域を含んでいる。.侫.轡坤猗生の前提条件の分析、▲侫.轡坤爐亮匆馘基礎もしくは大衆的基盤の分析、ファシズムの果たす「社会的機能」の分析、ぅ侫.轡坤爐追求した「究極目標」の解明。この4つの問題群の仕分けなしにファシズムを論じても論点が明確にならないとする。 
 
  さらにファシズムの誕生から死滅までの局面の分析である。それには6つの局面があるという。|太検↓大衆運動への発展、政権掌握、ぢ寮の地固め、ヂ寮の爛熟、κ壊過程、である。 
 
■ファシズムは戦争と切り離せない〜二重外交の傾向〜 
 
  こうした視点を持って本書はドイツ、イタリア、日本を中心にファシズムの分析を比較政治研究として行っていく。その中で特に注目すべきなことはファシズムが戦争と切り離せないことである。 
 
  「ファシズムと戦争は不可分である。すでにファシズムの運動の発生に関する部分で明らかにしたように、ファシズムはさまざまな意味で第一次大戦の落とし子であり、また国内政治を平和的な妥協と調整の作動する場ではなく、敵の絶滅を目標とする「戦争」にしてしまった運動であり、また、国内政治の唯一絶対の目標を次の戦争に備えた「国家総動員体制」の確立に置いた運動である。」 
 
  私が山口教授の講義を受けたのは1980年代半ばだったが、当時ファシズムは過去を振り返る歴史の問題だった。しかし、四半世紀後の今ではむしろ近い未来の問題に見える。山口教授は戦争と親和性の強いファシズム外交の特徴として以下を挙げている。 
 
  .侫.轡好汎値の「生存圏」理論による対外進出の根拠づけ 
  外交と戦争の区別の喪失 
  「二重外交」 
 
  ,亡悗靴討漏安Δら包囲されているという「籠城心理」を背景にした民族の生存権の主張がある。またに関してはファシズム国家の中にも伝統的保守派と完全なファシズム派との2つの勢力があり、特に初期は伝統的保守派の力がまだ強い。これら2つの勢力がそれぞれ外交を行うため、二重の外交になる傾向があるという。日本の場合は戦争に突き進んだ陸軍グループと、陸軍の暴走に疑問を抱く海軍、外務省、宮中グループの伝統的保守派が併存していた。そして伝統的保守派が和平派として本土決戦を阻止し、天皇制を最終的に維持することにつながったというのである。 
 
■ハンナ・アレントによるファシズムの分析 
 
  先述の通り、ファシズムは戦争が核にある政治体制であり、国家総動員を旨とする。だからこそ、硬性憲法や伝統的な慣習法のようなしっかりとした法律制度を厭う。むしろ時局によって次々と法律を変えていくことで「運動体」としてのファシズム国家を維持しやすい。これは「全体主義の起源」を書いたハンナ・アレントの分析とも通底する。 
 
  'The connection between secret police and secret societies is obvious. The establishment of the former always needed and used the argument of dangers arising from the existence of the latter. The totalitarian secret police is the first in history which neither needs nor uses these old-fashioned pretexts of all tyrants. The anonimity of its victims ,who cannot be called enemies of the regime whose identity is unknown to the persecutors until the arbitrary decision of the government eliminates them from the world of the living and exterminates their memory from the world of the dead ,is beyond all secrecy ,beyond the strictest silence,beyond the greatist mastery of double life that the discipline of conspiratory societies used to impose upon their members.' 
  (アレント著「全体主義の起源」’The Origins of Totalitarianism’より) 
 
 全体主義国家のもとでは市民はいつ何が問題で逮捕投獄されるかわからない。戦争するための体制なのだから当然ながら社会の中に秘密事項が増え、その結果、秘密を守るために秘密警察の設置が合理化される。これがファシズム国家での市民生活だとする。 
  伝統的な立憲国家であれば罪刑法定主義であり、法の順守がまずある。しかし、ファシズム国家になると国家は運動体であり、それは常に国家の内部に敵を作りだすことで求心力を高める政治体制である。そのためには市民は疑心暗鬼となり、常に同朋を密告することを勧められる。しばしば恐怖政治と呼ばれるのは常に誰がいつどんな罪で逮捕され、殺されるかわからないからだ。もし法律があったとしても抽象的な文言であればその解釈一つである。今日は安泰でも明日はわからない。これは学校の中の「いじめ」に似ているのではないか。すでに素地はできている。ファシズム国家にはがっちりと機能する憲法も法律も実際には不要なのである。 
 
■山口定氏 (1934−2013) 
東大法学部卒。 
大阪市立大学名誉教授 立命館大学名誉教授 
著書 
「ナチ・エリート 〜第三帝国の権力構造〜」(中公新書) 
「ヒトラーの擡頭 ワイマールデモクラシーの悲劇」(朝日文庫) 
「現代ヨーロッパ政治史」(上下 福村出版) 
「政治体制」(東大出版会) 
「ファシズム」(岩波現代文庫) 
「現代ファシズム論の諸潮流」(有斐閣) 
「ヨーロッパ新右翼」(共著 朝日新聞社) 
「市民社会論」(有斐閣) 
ほか。 
 
■ダッハウ強制収用所の1枚の絵 
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