2013年08月18日12時46分掲載  無料記事
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国際

【北沢洋子の世界の底流】ケリー国務長官の中東シャトル外交は失敗する

 今年8月14日、エルサレムで、イスラエル・パレスチナの直接和平交渉が始まった。和平交渉と言っても、国境の策定や、パレスチナの独立後に、治安維持の権限をどの程認めるかなど、交渉の主要な議題を決めるための協議、つまり交渉のための交渉である。 
 
◆パレスチナ政治犯の釈放 
 
 すでに議題を巡って、両者の立場の隔たりは大きい。「国境」について、パレスチナ側は、1967年の第3次中東戦争(6日戦争)以前の境界線(グリーンライン)を基礎とすることを主張している。イスラエル側は、そもそも国境について明らかにしていない。今回の交渉で、ネタニヤフ政権が、国境や領土交換についての地図を出すかどうか、判らない。 
 
 実は、イスラエルの領土とは、神話でしかない旧約聖書に書かれた「ユダヤ人が住んでいたところ」すべてとなっている。それは中東の「豊かな三カ月地帯」全域を指す。これは、何人であるとも、受け入れがたい。 
 
 治安維持に関しては、パレスチナ側は、独立後、限定的武装と、第3者の駐留を主張しているのに対して、イスラエル側は、パレスチナの非武装、西岸の一部にイスラエル軍が駐留することを主張している。 
 首都についても、パレスチナ側が、東エルサレムとしているのに対して、イスラエル側は東エルサレムを含むエルサレム全域を主張している。 
 
 パレスチナ難民の帰還については、パレスチナ側は、420万人の帰還、または、補償による解決を、に対して、イスラエルは、帰還そのものを拒否している。 
 
 ただ、いくらかの前進と言えば、イスラエルが交渉再開に際して、パレスチナが要求していたイスラエルの刑務所に収容されているパレスチナ政治犯104人の釈放に合意したことである。その第1弾として、8月14日未明、26人を西岸のラマラでパレスチナ自治政府に引き渡した。しかし、イスラエル国内では、この釈放に対する批判が出ている。 
 
 イスラエル・パレスチナの和平交渉は約3年間中断していた。オバマ政権が第2期に入ってから、ケリー国務長官が、中東へのシャトル外交を再開した。これは、ニクソン政権時代のキッシンジャー国務長官のシャトル外交を思い起こさせる。ということは、失敗に終わるということである。しかし、ケリー長官は、この「和平プロセス」の成功を信じきっているらしい。しかし、残念なことに彼の努力は報われないだろう。 
 
 結論から言うと、米国が、国際法ではなく、イスラエル支持の立場にある限り、成功することはない。 
 
◆ケリー長官の和平交渉は失敗する 
 
 ケリー長官の信条はともあれ、中東の現状、すなわち、シリアの血なまぐさい内戦、中東全般に広がっている深刻な宗派対立、そして、エジプトのムスリム同胞団に対するクーデターなどを見ると、米国は打つ手がない状態である。中東における米国の力の後退、弱体化は明らかである。和平交渉だけが残された米国の介入テーマである。しかし、米国はイスラエルのパトロンであることを再確認することに終わるだろう。 
 
 また、ケリーの和平交渉のスローガンは「紛争の終結」、「要求の撤回」である。これは間違いだ。「占領をやめる」、「ガザの包囲を解く」「何十年に及ぶ土地の略奪をやめる」、「パレスチナの難民の帰還」などを、和平交渉の条件にすべきだ。ケリー長官の「緊張の緩和」、「対立の解消」だけでは、抽象的で、どちらの言い分が正しいかを見極めることが出来ない。勿論、ケリー長官の和平交渉では、パレスチナの言い分は無視されるだろう。しかし、パレスチナの要求は国際的に承認された権利である。1967年国連安保理決議242号を思い起こしてほしい。 
 
 イスラエルの言い分は、「安全保障」であり、これは正統な権利であり、議論の余地がないと言う。一方、パレスチナの自決権、主権、平等、帰還などの要求は政治的だという。 
 
◆米国のイスラエル・ロビー団体 
 
 オバマ政権はMartin Indykを中東和平交渉の特使に指名した。これは、これまでの交渉と変わらないことを示している。なぜなら、Indykは元イスラエル駐在の大使であり、米国内で最大で、最強のイスラエル・ロビー団体AIPACの役員(元研究部副部長)であった。しかし、Indykだけが例外というわけではない。これまで22年間和平交渉を失敗させてきたDennis Ross、Aaron Miller などは皆AIPACの役員であった。AIPACは、国務省の中東のベテランの養成機関である。 
 
 ケリー長官の中東和平交渉は、これまでと同じく、国際法に違反している。そして、占領者と被占領者との力の不平等性を無視している。イスラエル寄りの交渉役はイスラエルの立場を守り、イスラエルが提案する、いわゆる「妥協案」を採択するだろう。イスラエルはユダヤ人入植地を新設し、拡大し続けるだろう。今週、イスラエル政府は約2,100戸に新規入植住宅の建築申請を受理した。イスラエルは、これらの申請書の許可をほんの少しだけ減らすことをもって、「大きな妥協だ」と言い張るだろう。 
 
 東エルサレムと西岸には、60万人がユダヤ人入植地に住んでいる。ケリー長官は「国境問題が解決すれば、入植地問題も解決する」と言っている。つまり、交渉は、これら入植地の存在を追認するところから始まる。そして、交渉の結果は、80%にのぼる大規模な入植地集団を残すことになるだろう。 
 
 ケリー長官は、誇らしげに、「和平交渉は、2002年のアラブ・イスラエル和平イニシァティブに基づいて行われる」と述べた。しかし、彼はイスラエルの「調整」案を受け入れていることには黙っている。 
 
 交渉当日の8月14日未明、イスラエル軍は、ガザを空爆した。前日にガザからイスラエルに向けてロケット弾2発が発射され、うち1発が南部スデロトの空き地に着弾したことに対する報復だと言う。 
 
 また、ガザのハマスは和平交渉の再開に反対している。また、ハマスは、アッバス議長が主導したハマスのメンバを含む囚人の釈放についても、イスラエルが占領を継続するための「アッバスへの賄賂」だと、批判している。 
つまり、和平交渉が進めばパレスチナ内部の分裂は深まるだろう。これはアッバスの自治政府にとって、大きなジレンマとなるだろう。 
 
 イスラエル・パレスチナ和平交渉の基幹は、来年4月までの9ヵ月間になっている。次回は、西岸のエリコで開かれる。 
 
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国際問題評論家 
Yoko Kitazawa 
http://www.jca.apc.org/~kitazawa/ 


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