2013年10月15日19時18分掲載  無料記事
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アジア

『思い出の将軍』  石垣巳佐夫

  今月4日、ベトナムの将軍、ボ・グエン・ザップ(Vo Nguyen Giap)氏が亡くなった。102歳だった。第一次インドシナ戦争やベトナム戦争を指揮したベトナム人民軍総司令官だった人である。ベトナム戦争中にザップ将軍と会ったカメラマンの石垣巳佐夫氏(日本電波ニュース社社長)に寄稿していただいた。以下はその文章である。 
 
  「暑い暑い九月三日のハノイ 私の20歳代おわり、夏の日の朝だった。静かだが重苦しい曲がホテル前の通りに流されてきた。まもなくホーチミン大統領79歳の死が当局から知らされた。 
 ホテル前、ゴ・クエン通りを行く自転車の人々はすでに小さな喪章を腕や、胸に付けている。自転車で表通りを行くと主だった政府機関には半旗がうなだれて掲げられていた。 
 
  1969年夏、これが私のベトナム戦争取材の始まりだった。東京を出てから3週間、ハノイはとても暑い日だった。新入りの私を含め日本電波ニュース社のハノイ支局員は四人、大騒ぎの一日の始まりだった。国葬は九月九日、亡くなったホーチミン大統領が1945年8月、自ら独立宣言をしたバ・デイン広場に決まった。このセレモニーが世界中の注目を集めていることは支局に打ち込まれてくる本社からの夥しい指示電報にも現れていた。支局長は石山昭男、そして私と交代予定の先輩キャメラマン柳澤武司、私と一緒にハノイ入りした、大先輩の藤井良孝キャメラマン。 
 
  九日の朝、心とからだがハヤッタ。いよいよ私にとっての大一番がはじまるのだ。映像で知っていたベトナム戦争の主だったリーダーたちを直接撮れるのだ。ひな壇にはベトナム戦争で最も有名なあの将軍もいるはずだ。対仏独立戦争を指揮し、デイエンビエンフーの決戦を勝利に導いたその人。 
 
  雲ひとつない会場におよそ10万人の市民が集まっていた。泣きながら友人たちに支えられ入場する少女たちもいた。ゼンマイを目一杯まいた私の愛機フィルモ70DRが快調に回っている。標準、ワイド、望遠の三本のレンズをつけずっしりと重い。銀色に鈍く光っている16ミリキャメラが頼もしい。私はヴェトナム人の記録映画班のキャメラマンが使っていたクレーンに身振り手振りで交渉し、無理やり乗せてもらつた。結果大パノマラショットを撮ることが出来た。 
 
   来賓席は各国の国家指導者たちにうめられている。カンボジアからシハヌーク国王夫妻、日本からは共産党の野坂参三議長。ソ連からコスイギン、中国から葉剣英、ラオス愛国戦線の解放区からスハヌボン殿下とカイソン書記長、その隣にあのザップ将軍が厳しい顔で立っていた。 
 
  レ・ズアン第一書記が弔辞を読んでいる、ひな壇のファン・バン・ドン首相はぼろぼろに泣いている。チュオンチン国会議長も泣き顔をかくさない。私は三本のレンズのうちフランス製アンジェニュー社の75ミリ望遠レンズを選んだ、かすかに揺れている、ファイダーにザップ将軍を捉えた。将軍は泣いていなかった。堪えているのが見える。他のベトナムのリーダーたちが大泣きして弔辞を聞いている。 
 
  藤井キャメラマンが同時録音の出来るアメリカのオーリコン社製のプロ600と格闘している、マガジン一つで約15分の撮影が出来る。柳沢はドイツ製アリフレックスで汗だくになっていた。演壇ではレ・ズアンが五つの約束をホーチミンと国民にした。そのたびに会場から「シンテ」の唱和が沸き起こる、シンテとは「誓う」と云う言葉。そして、南部の解放と祖国の統一を示したホ−チミンの遺言が発表されると堰を切ったように会場が泣き声でゆれた。 
 
   あれから44年が過ぎていった。1975年のホ・チミン作戦での南部解放の歴史もすでに遠い向こうに行ってしまったかに見える。その後も私の仕事はずっと続いていて、未だにベトナムと関わっている。わたしの自慢のひとつが、現役キャメラマンのとき元気なザップ将軍を番組取材で二回インタビュー撮影をしたこと、その時やっと記念撮影が出来た。私の宝だ。 
 
  この10月4日将軍は永眠された、私は日本電波ニュース社ハノイ支局を通じて、葬儀に花を捧げるように頼んだ。ささやかなお別れの気持ちだった。 」 
 
2013・10・15 
日本電波ニュース社 社長 石垣巳佐夫 
 
 
■ニューヨーク・タイムズ ’Gen. Vo Nguyen Giap, Who Ousted U.S. From Vietnam, Is Dead’(ボ・ゲン・ザップ将軍、米国をベトナムから駆逐した男が亡くなる) 
http://www.nytimes.com/2013/10/05/world/asia/gen-vo-nguyen-giap-dies.html?_r=0 


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