2013年10月22日10時44分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201310221044182

みる・よむ・きく

落合栄一郎『 Hiroshima to Fukushima: Biohazards of Radiation』

  日刊ベリタへの寄稿者落合栄一郎氏が、放射能というものの健康への負の影響を最新の科学研究の成果にもとづいて解明した新著を、ドイツのシュプリンガー社から出版した。動機は、東日本大震災に伴って起きた東京電力福島第1原子力発電所の事故,それに伴う放射能による様々な問題、特に健康への被害についての憂慮から発したものという。著者に本の内容を簡潔に紹介してもらった。 
 
"Hiroshima to Fukushima: Biohazards of Radiation" (by Eiichiro Ochiai, Springer Verlag (Heidelberg), 2013) 
 
 先ず,放射線はなんであるか、当たっても痛くもかゆくもないのに、10シーベルトぐらい以上浴びると、数時間から数週間内に死に至る。しかも、10,いやその10倍の100シーベルトでも、定義上は、100ジュール/kgという非常に僅かなエネルギーである。このエネルギーは、体温を僅かに0.0024度上げるに過ぎない。こんな熱で、人間、死にはしない。しかし、実際は、100シーベルトの被爆は、瞬時の死を意味する。どうなっているのか?ここに、放射能の人体(生物)への影響の秘密が隠されている。 
 
 α,β、γ線などの高いエネルギーをもつ放射線というものが、どういうもので、どんな原因で出て来るか、そして、生物で代表される地球上の化学物質とどう関わるのか、このあたりの基本をまず理解しないと、放射能・健康問題は、充分に理解できないと思われる。 
 
 放射線というものは、放射性物質から出て来るが,放射性物質は、自分の寿命(半減期)に従って、自然消滅はするが、それまでは、通常の手段では、人工的に変えたり、解毒したりすることはできない。したがって、一度環境に出てしまうと、それを避ける手だては、放射能の少ない所で生活し、放射能汚染されていない水、食べ物を食べる以外、有効な方法はない。しかし、現在こうしてかなり汚染されてしまった地球上に生活せざるを得ないあらゆる生き物はどうするか。 
 
 原子力産業側は、放射能の影響をなるべく過小に評価して、これぐらいの汚染なら,心配はいらないと人々を安心させようと図っている。実際は、原子力産業は様々な意味で、放射性物質を放出し続けていること、それが健康へ負の影響を与えていることを、認めることを拒否しているに過ぎない。これを認めれば,原子力産業は、存在してはならないことになるから。放射性物質のあるものは,かなりの長い半減期をもち、そうした廃棄物をどう安全に、保管処理するか、その方法すらまだ確立されていない。 
 
 しかし、そうした放射能の健康被害が、過小評価が比較的信じられやすい状況が現実にはある。原爆直下や周辺での高レベルの被爆の影響は、死亡も含めて放射線急性症状として明らかで、原子力産業側からも、そのように認識されている。しかし、低レベルの被爆は、影響があるとはいえ、健康に負の影響を与える要素は無数にあるので、放射能が原因であると特定するのは非常に困難である。その上、汚染度にもよるが、汚染地に住む人が一様に健康障害を起こすわけではない。多くの人は、影響を受けず、「放射能なんて問題なの」と否定的に捉えることは容易だし、なるべくそう思いたいのが人情であろう。 
 
 しかし,不幸にも、放射能の影響を受けてしまう人は必ずいるのである。今のところ、比較的数は少ない(とはいえ,福島の子供達の甲状腺ガンの発生数は異常に高率)し、報道機関はこのような問題を追求しようとしていないし、医師・医療機関にも箝口令がしかれているようなので、あまり表沙汰にならない。また,福島の現場で働く作業員の健康問題(死亡も含めて)もあまり報道されない。というわけで,日本国民の多くは、事実を知らされていない。 
 
 放射能の生体への影響の科学は、まだ不明なことが多い。そのうちでも、ガンとの関連は比較的詳しく研究されている。そのためもあって、放射能の健康被害というと、直ぐ『ガン』となる。これは専門家も市民も含めての反応である。しかし、ガン以外のあらゆる健康障害が、放射能によって引き起こされることは、科学者でなくとも推測できるし、事実すでにかなりのデータは集積されている。 
 
 ガン発症には、細胞内の遺伝物質DNAが関係しているが、放射能の影響がガンのみというのは、放射線は、DNAのみを狙って悪影響を及ぼすことを意味し、放射線は、DNAと他の様々な物質を区別することを知っているということになる。こんなことはあり得ないと言いうるのだが、これも、放射線と生体内の化学物質との相互作用がどんなものであるかを理解しないと、わからないことなのかもしれない。 
 
 本書は,こうした問題を簡潔に考察したものである。すなわち、放射能とその生体への影響の科学的根拠、実際に得られているそれに関するデータ(チェルノブイリ、福島、劣化ウラン、原爆などなど)の検討、原子力産業界がこの問題にどう関わってきたか、などを検討したものである。 
 
 現在、福島原発事故の実態は,まだ解明されていない。メルトダウンした燃料棒がどうなっているかの見当すらついていない。また事故が地震によって引き起こされたのか,東電の云うように津波のためなのか、まだ確定していない。著者は、この書を書いた時点(2012年秋)では、地震による配管類の損傷(と地震による第1次電源の消失)が根本の原因と、推測したが、最近それを支持するデータや,現場をよく知る人の意見などが見られるようになってきた。 
 そして、崩壊熱を冷却するための注水が、循環されることはなく、汚染されて出てきてタンクに納められているが、海への漏洩、地下水の汚染などなど、様々な問題を引き起こしている。汚染水の問題は、冷却機構の再検討などを含めて早急に解決しなければならない。また、保存プール(特に4号基)にある燃料棒の速やかな処理(安全な形で、安全な場所へ)なども緊急の課題である。 
 
 しかし、本書はこうした福島原発の現実的な問題は、扱っていない。扱っているのは、放射能というものの健康への負の影響の解明であり、「(高エネルギー)放射線は、生命と相容れない」という命題を、検証しようとするものである。これが,検証されたならば、原爆・原発とも、放射性物質を作り出し、環境にばらまく(意図的、非意図的に)ことは、これ以上してはならないことになる。それは生命の存続の可否の問題であり、生きる権利というもっとも基本的な人権問題といってよいかもしれない。政治・経済を超越した問題である。 
 
 もちろん,原爆そのものが戦争に再び使用されることがあれば,放射能はともかく、大量の人間,生命、環境、建造物などなどの破壊につながり,人類文明は大変な危機に見舞われるであろう。しかし,原発も、今後も継承され、いや、増やされるとすると、それが作り出す放射性物質、従って,環境での放射能レベルの増加が生命をより強く脅かすことになる。それへの警鐘が、この書の主題である。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。