2013年11月29日06時26分掲載  無料記事
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コラム

ある在仏スペイン人の名刺 「私は人間です」

  パリのカフェで本を読んでいたら、買い物帰りと思われる小さめの紙袋を抱えた高齢の男が入ってきて隣に座った。一瞬、その人物は誰かと話をしたがっている、という気がした。だから空いた席がたくさんある中で僕の隣のテーブルに腰をかけたような気がした。 
 
  その人物はスペイン人だった。退職して今は年金生活を送っているようだ。読書をやめて、彼の話に耳を傾けた。歴史はスペイン市民戦争に始まった。内戦が終わると、敗れた共和国軍の側だった家族は報復を避けるために、まずアルゼンチンに渡ったそうだ。さらにメキシコなどを経て今はパリに。長話になってしまった。この人物はなぜ今もパリにいるのだろう、スペインではとっくにフランコの時代も終わったはずだが。 
 
  話に熱が入るに連れて、彼のフランス語にスペイン語のなまりが色濃くなっていった。だから話の中で理解できたのは半分くらいだ。それでもこの人物には岩のような存在感があった。僕がカフェで読んでいた本はスペインにも馴染みが深いヘミングウェイの小説だったので、これも何かの縁かな、と思った。フランスではカフェの隣人との距離は日本より近い。 
 
  別れ際、その人物は1枚の名刺を渡した。そこにはハビエル・M・・・という名前と住所が書かれていたが、名刺の真ん中に大きく次の文字が書かれていた。 
 
JE SUIS UN ETRE HUMAN 
QUI RESPECTE TOUT LE MONDE 
ET QUI NE JUGE PERSONNE 
 
   「私は人間です 
   みんなを尊重します 
   また人を裁きません」 
 
  名刺には小枝を嘴にくわえた鳩の絵も描かれていた。この人物は善人なのだろうか、悪人なのだろうか、普通の人なのだろうか。喫茶店の話だけでは判断不能だ。3行の文字の中で一番印象深いのは「私は人を裁きません」という言葉だった。 


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