2013年12月07日03時13分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201312070313106

政治

選挙の問題点 〜民意をもっと反映する選挙制度へ〜小選挙区制の見直し、会期末に全法案に対する国民投票(チェック制度)、若者の政治参加

  昨夜、特定秘密保護法案が参議院本会議でも可決され、とうとう法律となることが決まった。この法案には大きな問題があるため、廃案を希望する市民が多く、あるいはもっと時間をかけて審議するべきである、という声も強かった。しかし、与党の自民党と公明党は数を頼りに多数決で強行採決した。審議の経過も、法案にも問題が山積みだが、選挙で多数派を確保したという一点においては合法的なプロセスで法案が成立したことになる。 
 
  国民の多くの希望に反して、このように与党が暴走することができた原因はなにか。原因とその改善策をここで3つあげたい。 
 
〜挙制度の問題(小選挙区制は民意を正しく表現しているか) 
∩挙期間中の争点と国会でのテーマのずれ(国民投票の必要性) 
若者の政治不参加 
 
1、小選挙区制の見直し 
 
  1つはすでにいろんな方が論じているように小選挙区制度の問題である。小選挙区制では死に票が多く、全体から見ると比較的少ない獲得票でも国会で絶対多数を維持できてしまうという危うさがある。前回の自民党の圧勝だけでなく、2009年の民主党の大勝の時も同様だった。小選挙区制により、大きく政治の方向が変わり、政治が安定からほど遠いものになってしまった。その一方で、2大政党以外の政党を支持している人たちは自分たちの票が生かされない、と感じている。死に票にしたくないために、あえて自分の支持する政党に投票できない、という人も多いだろう。また小選挙区制になったことで、党の公認を得るために、たとえば自民党議員の中でも多様な意見が出にくい状態が生まれていると聞く。今回の特定秘密保護法案の審議においても、自民党の中からあまり違った意見が出てこなかったようだ。昭和時代の自民党の中には、もっと党内に自由と独立の気概があったと聞いている。 
 
  この小選挙区制を推進した人には著名な政治学者がいた。2大政党制を実現して、政権交代を実現させるのが目標だったと聞くが、この方向性は本当に我が国の政治に実りあるものだったのか、今こそ検証が必要だろう。政権交代を促す2大政党間の二者択一よりも、様々な民意をより正確に反映する選挙制度が必要だ。 
  ちなみにフランスの場合は小選挙区制でも1回目の投票で候補者が過半数の票を得られない限りは決選投票が行われる2回投票制度が基本になっている。これは死に票を出さない工夫だろう。2回目の決選投票の前に政党間、候補者間で様々な合意・協力・調整が行われ、民意を集約するような制度に設計されている。小選挙区の選挙1回だけではない。 
 
2、国民投票 
 
  もう1つの問題は選挙期間に政党や立候補者が演説する争点と、実際に選挙の後に現実化する国会の議論のテーマの関係である。 
  政治には様々な分野のイシューがあり、「2大政党制」ではこれらのイシューがきちんと分れて配分されているわけではない。たとえば民主党政権を思い出すと、民主党の中にはリベラルな議員からタカ派の議員まで雑多に混在し、民主党自体が政党として自民党と重なる部分も少なくなかった。末期の野田政権に到ってはこんな政党に投票した覚えはない、という有権者も少なくなかったはずである。 
  政治には数多くのイシューがあり、単純にある政党に投票したらその政党がすべてのイシューにおいて投票した人の声を代弁しているわけではない。ここに大きな問題があるのではないだろうか。朝日新聞のオピニオンの欄で絵本作家の五味太郎氏はいみじくも、有権者が一人で複数の票をもって複数の議員に同時に投票できるシステムがいいのではないか、と論じていたのが印象深い。政治のメニューを「定食」ではなく、アラカルトで、というわけだ。これは1とも関係するが、選挙制度が2大政党制を前提にしながら、2大政党の価値観・政策がきちんと分かれていないことが問題だった。いや仮に分かれていたとしても人によってはあるイシューについてはこの政党、別のイシューについてはこの政党という判断もあるだろう。それならば原発なら原発、TPPならTPP、消費税なら消費税と個別に、つまり立候補者をイシュー別に複数選びたいと思う有権者が増えてもおかしくない。しかも沖縄の自民党議員の公約違反に象徴されるように仮にイシューを絞ったとしても党の意向で公約を無視する議員があまりにも多い。国民がマスメディアを見る目がシャープになってきているように、国会議員を見る目も厳しくなっている。かつてのように国会議員の「先生」に丸投げという時代ではなくなった。 
 
  今回の特定秘密保護法案について言えば、夏の参院選で特定秘密保護法案に関する議論はまったくなく、有権者はこの重大な法案において自民党と公明党を支持したわけではない、ということである。むしろ、参院選が終わった後に急にこの国の形を変える重大な法案の条文が出てきて短期間でわっと強行採決されてしまったのだ。「そんな話聞いてないよ」と思う有権者が少なくないだろう。参院選では憲法改正の話すらひそめて、経済の話、アベノミクスの話が中心だったはずである。ここに日本の政治上の大きな問題があるのではないか。こんな手口が今後も許されるなら、国民が国会を見る見方も変わるだろう。 
  「特定秘密保護法案」のように、選挙の時に争点に上がっていなかった重要なイシューなどは国会だけで決めるのではなく、国民投票と組み合わせてもいいのではないか、議員の利害でなく、民意を反映するために。あるいはさらに今回のような強引な決め方が増えるなら、会期末の最終日にでも、その国会で決議された全法案に対して国民が信任投票するのも一法であると思う。法案ごとに国民が信任投票をして決めるのである。どうせ多数決なら、その方が民意を正確に反映する。インターネット時代にはそれを可能にするインフラがある。忙しくて全法案を目にする時間なんかないよ、という方は基本的に全部〇にして、ただし重要法案のさわりの部分だけを目を通して〇か×か考えればよい。民意をはなはだしく裏切る法案をはじくためのチェック装置だ。 
 
  与党の政治家はこれ以上国民を馬鹿にするのはやめた方がよい。これは今回の自公政権だけでなく、前回の民主党政権に対しても同様に国民は思っているはずである。首相が交代するにつれてどんどん選挙の公約から政策がずれていった。少なくともこんな国会なら、争点を明確にするための「国民の代理人」による議論の場としてだけ機能してくれればよい。国民主権を実現するために、会期末に信任投票という形で国会で決まった全法案の最終チェックを国民自身が行い、議員の公約破りを許さない制度を構築してはどうか。国会は本当に必要なのか、直接民主制は不可能なのか、そこから考え直す必要がある。 
  選挙後に公約を公然と破ったり、選挙戦で触れていない重要なイシューを十分に審議せず多数決で決めたりといったことがこのところ続いており、選挙に対する国民の不信を強めていることが問題なのである。 
 
3、若者の政治参加 
 
  最後にあと1点だけ加えれば、今回、高校生が国会前にデモに現れた。高校生たちは選挙権がないからこそ、デモをしているのに「テロ」と同一視するのはひどい、と憤っていた。戦争になったら真っ先に戦地に赴くのはいつの時代でも若者である。 
  フランスでは日本より早く、高校(リセ)を卒業するかしないかの、18歳から選挙権がある。若い年齢から政治に関心を持てるシステムだ。フランスでは高校生たちの街頭デモもしばしば行われる。学費値上げに反対とか、移民を排斥するな、とか様々な高校生のデモが実際に行われている。フランスでは高校生が決める文学賞すらある。このように若者たちが自分たちの参加で世の中を変えていける、という実感が持てるようなシステムを作ることも大切ではないだろうか。 
 
村上良太 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。