2014年01月11日17時37分掲載  無料記事
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検証・メディア

ネットの暴言、どう処理する? −欧州では法律や市民運動で対処

 インターネットを使って、誰もが気軽に情報を発信できるようになったが、自由闊達な議論が発生すると同時に、嫌がらせ行為に相当する発言、暴力的な発言も、ネット界にそのまま流れる状況が生まれている。(ロンドン=小林恭子) 
 
 報道の自由を維持しながら、いかに暴力的な、あるいは差別的な表現から市民を守るのかが、焦点となってきた。 
 
 英国やフランスで発生したネット上の暴言の事例を紹介してみたい。(以下、拙ブログ「英国メディアウオッチ」から転載。) 
 
―英国の事例 ツイッターの場合 
 
 最近の例は古典学者で歴史物のテレビ番組のプレゼンターでもあるメアリー・ビアード教授のケースだ。 
 
 長い銀髪のヘアスタイルとメガネがトレードマークとなっている教授は、過去にBBCのパネル番組に出演した後で、容姿を批判したり、女性であることを蔑視するつぶやきを自分のツイッターのタイムラインに受けるようになった。 
 
 こうしたつぶやきを発する一部の利用者と「対話」をネット上で行うことで窮地を切り抜けてきた教授だが、昨年8月3日、「爆弾をしかけたぞ」というつぶやきを受け、警察に通報した。 
 
 8月4日時点で、ツイッター社は「個々のケースについてはコメントしない」としている。 
 
 7月末には、新たな10ポンド(約1400円)紙幣に女性作家ジェーン・オースティンの姿が印刷されるよう、キャンペーン運動を行った女性活動家キャロライン・クリアドペレス氏と、彼女を支援した議員ステラ・クリーシー氏のツイッターに、脅し文句のツイートが1時間に数十も送られる事件が発生した。 
 
 ツイッター社側は当初すぐには対応せず、米本社のニュース部門担当者が自分のツイッター・アカウントをロック状態にし、苦情を受け付けないかのような姿勢を見せた。 
 
 その後、一定の知名度を持つ女性への暴言ツイートは女性の新聞記者や雑誌記者にまで拡大した。 
 
 一連の事件がメディアで報道されると、より使いやすい「悪用を報告する」ボタンを採用するようにツイッター側に求めるオンラインの署名が、12万5000件集まった。野党・労働党の女性幹部もこの事件の重要さを取り上げるようになった。 
 
 3日、ツイッター英国社のゼネラル・マネージャー、トニー・ワン氏は、暴言ツイートを受け取った女性たちに対し謝罪した。また、ツイッター社のブログ上で、暴言を防ぐために方針を見直すことを明言し、アップル社が採用するIOSを使う機器ばかりではなく、すべてのプラットフォームで「悪用を報告する」というボタンを9月末までに付けると発表した。 
 
 4日、女性ジャーナリストのカイトリン・モーラン氏は、象徴的な行為として、この日一日、ツイッターを使わないと宣言した。 
 
―既存の複数の法律で対応 
 
 英国のそのほかのネット上の暴言の多くが、既存の法律で処理されてきた。 
 
 2012年4月、あるサッカー選手が19歳の女性への性的暴行罪で有罪となった。性犯罪の事件では、報道機関は犠牲者の名前を報道することを禁じられている。これはソーシャルメディアにも適用される。しかし、数人がこの19歳の女性の個人情報の割り出しをはじめ、実名がツイートされてしまった。男性7人と女性2人が性犯罪改正法違反で有罪となり、罰金を科された。 
 
 秋には、ある上院議員が、5万人を超えるフォロワーを持つ人権運動家の女性から、児童性愛主義者であることを暗示するツイートを発信された。議員はこれが事実無根であるとして、女性を名誉毀損で訴えた。裁判で、女性は5万ポンド(約750万円)の損害賠償を支払うことを命じられた。 
 
 リアルの世界の法律がソーシャルメディアでも適用されるケースが増えている。ネット以外の世界でやってはいけないことは、ネット界でも許されないと考えると、分かりやすい。 
 
―欧州諸国とヘイトスピーチ 
 
 日本では、最近、在日コリアンを「殺せ」などとデモ行進をする一部団体がいると聞く。これは「ヘイトスピーチ」の1つだろう。 
 
 ヘイトスピーチの直訳は「憎悪のスピーチ」。憎悪に基づく差別的な言論を指す。人種、宗教、性別、性的指向などを理由に個人や集団を差別的におとしめ、暴力や差別を助長するような言論だ。 
 
 世界では多くの国がヘイトスピーチを禁止する法律を制定している。 
 
 国際的には個々の人間の自由権に関する国際人権規約ICCPR(International Covenant on Civil and Political Rights)が「差別、敵意、あるいは暴力を先導する、国の、人種のあるいは宗教上の憎悪の主張は法律で禁止されるべき」としている。また、人種差別撤廃条約が人種差別の煽動を禁じている。 
 
 英国(イングランド、ウェールズ、スコットランド地方)では複数の法律(公共秩序法、刑法と公共秩序法、人種及び宗教憎悪禁止法、サッカー犯罪法など)によって、肌の色、人種、国籍、出身、宗教、性的指向による、ある人への憎悪の表現を禁じている。もし違反した場合は罰金か、禁錮刑、あるいはその両方が科せられる。 
 
 ドイツでは、「民主的選挙で政権を取ったナチスがユダヤ人大虐殺を引き起こした反省から、人種差別的で民主主義を否定する思想を厳しく批判する『戦う民主主義』を採用している」という(共同通信記事、「新聞協会報」7月30日付)。 
 
 ヘイトスピーチには刑法の民主煽動罪が適用され、これは「特定の人種や宗教、民族によって個人、団体の憎悪をあおることを禁止し、違反すれば最長で禁錮5年」が科せられる(同)。 
 
 ナチスやヒトラー総帥を賞賛する言動、出版物の配布も刑法によって禁じられているという。 
 
 フランスでも英国やドイツと同様の働きをする複数の法律があり、1990年には、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)の否定を禁止するゲソ法が成立している。 
 
―フランスと「良いユダヤ人」 
 
 12年10月、フランスで、「unbonjuif」というハッシュタグ付きのつぶやきが氾濫した。これは「良いユダヤ人」という意味だが、「良いユダヤ人とは死んでいるユダヤ人」など、反ユダヤ的な文章や画像、ホロコーストを笑うジョークなどがツイートされた。 
 
 同時期、「もし私の息子が同性愛者だったら」、「もし私の娘が黒人男性を家に連れてきたら」などを意味するフランス語のハッシュタグを使って、人種差別的な、または同性愛差別的なツイートも発生した。 
 
 一連の反ユダヤ主義的ツイートについて、フランスユダヤ学生連盟(UEJF)が抗議運動を開始。ツイッター幹部とミーティングの機会を持ち、問題のツイートの削除と利用者情報の開示を求めた。ツイッター社は問題となったツイートの一部を削除することに合意したものの、利用者情報は渡さなかった。 
 
 同時期、ドイツ警察からの依頼を受けて、ツイッター社は、独ハノーバーを拠点にするネオナチ・グループが使っていたアカウントを閉鎖している。 
 
 昨年1月、UEJFが反ユダヤ的なツイートを広めた利用者の情報開示をツイッター社に求めていた件で、パリの裁判所は、この情報をUEJFに渡すよう命じた。 
 
 もしこの命令にツイッター社が2週間以内に従わないと、1日に最大で1000ユーロ(約13万円)の罰金を科すという厳しい判決となった。 
 
 言論の自由を信奉するツイッター社がこれに応じなかったため、3月、UEJFは同社を刑法違反で訴え、CEOのディック・コストロ氏に3850万ユーロ(約50億円)の損害賠償の支払いを求めた。 
 
 ツイッター社は控訴したものの、7月、最後の判定が出て、UEJF側に利用者情報の一部を渡すことになった。 
 
 ツイッター社が「フランス政府に屈服した」という評価が一部で出た。 
 
ー市民レベルでの運動が発達 
 
 欧州各国では、ヘイトスピーチを行った人を罰する法律が存在する場合が多く、ほかには名誉毀損法、人種差別禁止法など関連する法律を適用して、ネット上の暴言を処理している。市民が反対運動、抗議運動を行って署名を集めたり、著名人が「ツイッター利用をボイコットする」と宣言したりなど、市民レベルでの運動が活発だ。 
 
 報道の自由の維持と暴力的な発言の削減との兼ね合いの間で、試行錯誤が続いている。 


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