2014年03月09日09時08分掲載  無料記事
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国際

【北沢洋子の世界の底流】複雑極まりないウクライナの政変(その1)

 ウクライナは、ソ連邦解体後も、ロシアの「兄弟国家」と言われていた。そのウクライナで政変が起こった。ウクライナとシリアはいくつかの共通点を持っている。たとえば、学生たちの首都の広場での異議申し立ての占拠デモに始まって、様々な対立に発展し、最後には米ロ対立という冷戦構造を復活させたことなどである。ウクライナ、シリアの2つのデモについて、激しく対立する見解がある。これもこれまでの異議申し立てデモには見られなかった点である。すなわち、「民主化を求める若者のデモ」とする肯定的な見方と、アルカイダやCIAの陰謀だという否定的な見方である。私は、前者の見解を取りたい。 
 
はじめに 
 
 ウクライナのデモについて書き始めたのは先月末であった。しかし、急速に事態はうごきはじめ、非公然のロシア軍が、クリミア半島を制圧するところまでにいたった。 
 今日では、いつ、ロシア軍が黒海のオデッサから、工業地帯の東南部のロシア語地域に攻め込むか、というところまでにいたっている。そして、オバマ大統領やEUはロシアの侵略を止めるのに有効な手段を持たないということも、新しい情勢である。 
 
1.親ロ政権の崩壊 
 
 ウクライナでは、昨年11月21日、ヤヌコビッチ大統領(当時)が、署名すると約束し続け、かつ、仮調印まで済ませていた「ヨーロッパ連合(EU)との貿易協定」を破棄すると発表した。これに抗議する学生が、首都キエフの「独立広場」に座り込みを始めた。最初は、非暴力で、広場を取りまく官公庁や議事堂を包囲する戦術を取っていた。 
 
 彼らは、この広場を「ユーロマイダン」と名付けた。これは「広場」を意味するウルライナ語の「マイダン」に、ヨーロッパを象徴する「ユーロ」を合わせたデモ隊の造語である。彼らは、広い意味では左派に属するが、むしろ豊かなヨーロッパに憧れているナイーブな若者たちだった。「ユーロマイダン」には、組織も指導者もいない。広場には野戦病院や図書館、法律相談所などが設けられているのは、これまでのオキュパイデモと同じだ。「ユーロマイダン」は、解放区になった。 
 
 デモの目指す最終目的は、EU加盟である。それは彼らにとって、法の支配、恐怖からの解放、腐敗の一掃、そして自由市場である。最後の自由市場が、彼らが憧れるすべての自由を奪うものだということを知るだろう。 
 
 12月に入ると、政府は広場に機動隊を差し向けた。学生たちに向かって、放水車、催涙弾、ゴム弾を発射し、棍棒で殴った。広場は血で染まった。これを見て、アフガニスンの帰還兵たちが駆けつけた。いまでは、中年になったかつてのソ連赤軍は、「子どもたち」を守ると決意をした。 
 やがて、一般市民、3野党、そして民族主義者が加わるにつれて、デモは暴力的な様相お呈し始めた。とくに最後のグループは、「反ロシア」、「反ユダヤ」そして「親ナチ」などが集まった、広い意味の「右派」である。この中の「親ナチ」には、第二次世界大戦中、ドイツ軍に着いて、ソ連軍と戦ったものがいる。バリケードや火炎瓶などの武器をデモに持ち込んだのも彼らである。 
 
 ヤヌコビッチ政権は、2月18日から20日にかけて、「ベルクト(いぬわし)」と呼ばれる内務省の特殊部隊をデモの鎮圧に投じた。その結果、デモ側に約80人の死者が出た。 
 これは、ソ連邦崩壊以来、「最大規模の虐殺事件」となった。大統領が打倒されると、ベルクトも姿を消した。そして、2月28日、クリミアのロシア領事館が、「ベルクト」にビザを発行すると発表した。ヤヌコビッチ大統領はクリミア経由でロシアに亡命したと思われる。 
 
2.EU加盟と財政援助はIMFの緊縮政策が条件 
 
 キエフの議会は、ヤヌコビッチの与党「地域党」の議員たちの支持を得て、トゥルチノフ議長を、臨時大統領に選んだ。ヤヌコビッチの政敵で、牢獄から釈放されたチモシェンコ元首相などが、5月に予定されている大統領選に出馬を表明した。 
 
 ヤヌコビッチ政権を崩壊させたデモの人びとは、ウクライナ経済の現実を知れば、愕然とするだろう。 
 ウクライナは財政赤字、対外債務、景気悪化、失業に苦しんでいる。とくに、対外債務は1、400億ドルにのぼる。これはGDPの80%、外貨準備高の10倍である。うち今年中に外国の投資家に返済しなければならない債務は100億ドルである。これは「債務不履行(デフォールト)前夜(トゥルチノフ臨時大統領の議会演説)だ。 
 
 ウクライナは、今後2年間で350億ドルの支援が必要だと言われる。これは、「ウクライナ発」の金融危機が蔓延するのを防ぐためだ。 
 EUはIMFの承認なしには援助できないという。そして、IMFのラガルド専務理事は、200億ドルのクレジットを供与するが、それには「改革」が前提条件だという。これまで社会主義時代に享受していた各種補助金の撤廃、財政赤字の解消、国有企業やサービス部門の民営化、為替の自由化などを含んでいる。この「改革」の遂行後には、確実に、景気後退がやってくる。 
 
 2月24日の『ニューヨークタイムズ』紙は、「ヤヌコビッチ前大統領は、IMFの改革に抵抗したため、打倒された」と報じている。 
 オバマ大統領は、IMFの「改革」が進行すれば、それを補助するかたちで、医療と教育部門の人材育成に投資する準備がある、と発表した。 
 ロシアは150億ドルの援助を申し出ているが、ウクライナがEUと手を切り、ロシアが提唱する「ユーラシア連合(関税同盟)」に加盟を条件にしている。これはまだ存在しない。ロシアにとって、4,500万の人口を抱え、発達した工業や農業を持つウクライナは、「ユーラシア連合」の要である。奇しくも、ロシア語を話す東南部は工業地帯であり、首都キエフやウクライナ語の地域は穀倉地帯である。 
 
 ウクライナには、ロシアであろうと、EUであろうと、財政支援が必要だ。 
 
3.クリミア半島の地政学 
 
 プーチン大統領は上院で「ウクライナで起こっている異常事態で、ロシア国民や、クリミアに駐留しているロシア軍人の生命が脅かされている」ことを、軍事介入の理由に挙げた。この「自国民保護」を軍事介入の根拠とするのは、ほとんどすべての侵略の手口である。 
 また、3月1日のロシア上院の決議についても、謎の部隊が占拠したクリミア自治共和国議会で選出されたアクショノフ首相が「平和と安定のための協力」をプーチン大統領に要請した。彼はこれに応えるために、上院に「軍事介入」の決議を提出した、というプロセスをとっている。これも他国に対する侵略の口実の良い例である。 
 
 クリミア半島の南端にはヤルタがある。ベルリンが陥落した後、ヤルタで、ルーズベルト、スターリン、チャーチルの3巨頭が集まって、大戦後の世界地図を決めた、と言われる土地である。 
プーチン氏は、ウクライナについては、社会主義時代ではなく、帝政ロシアの支配の再現をはかっているようだ。18世紀、ツアーの南下政策によって、クリミア半島は、帝政ロシア領となった。そして1954年、フルシチョフ・ソ連書記長は、クリミア半島をウクライナに帰属させ、自治共和国にした。しかし、ウクライナは、ソ連邦第2の共和国であり、クリミアのセバストポリ港には、ソ連の黒海艦隊が駐留していた。したがって、当時、クリミアが、ウクライナか、ロシアかという帰属問題は大きな問題ではなかった。 
ヤヌコビッチ前大統領は、黒海艦隊の駐留期限を2017年から25年延長する協定をロシアと締結した。これも「ユーロマイダン」の抗議の1項目であった。 
 
3月4日の段階でも、ロシアはクリミアへの軍事介入を否定している。しかし、クリミア半島の2か所の空港や、セバストポリ軍港を占領したのは、カラシニコフ銃を手にし、軍服の記章を外した謎の武装部隊である。これまでのところ、この謎の部隊とウクライナ軍の間に大規模な衝突が起こった気配はない。プーチン大統領は、「これはロシア軍ではない」と言っている。 
 
 クリミア以外の親ロ住民の多い東南地帯では、3月2日、日曜日、11の都市で、ロシア系住民が政府の建物を占拠した。その中で、バスを連ねて参加した人たちは、実はロシアから来たロシア人だと言われる。 
 プーチンは、同じ時期にウクライナ国境地帯で大規模な15万人にのぼる軍事演習を行い、ウクライナを威嚇した。これは、2月末から3月3日まで続いた。 
 
4.米国の衰退 
 
 ウクライナ紛争は、オバマ政権にとっては大きな試練である。3月1日、プーチン大統領が軍事介入についてロシア上院の承認を取った時、オバマ大統領は、軍事行動を止めるよう電話で1時間半も説得したが、失敗に終わった。3月6日、ケリー国務長官は、キエフを訪問し、新政権に援助を約束したが、これも経済的、外交的援助に限定される、と語った。 
 
 米国は、アフガニスタンから米軍の撤退や、軍事費を削減している。イランの新政権と核開発プログラム破棄についての和平交渉をはじめている。今日の米国には、限定的にせよ、ロシアと軍事対決をする余裕はない。外交的、経済的な手段でロシアを国際社会から孤立させるという手段が残されている。 
 
 米国の後押しを得て、ウクライナは国連総会にロシア非難の決議を提出した。これは、決議が拘束力を持つ安保理では、ロシアが拒否権をもっているので、やむをえずにとった手法である。総会決議は拘束力を持たない。道義的なものに留まる。 
 
 ロシアとより密接な経済関係にあるEUの足並みは揃わない。EU諸国はロシアから天然ガスを輸入しているが、中でも、ドイツの依存度は大きい。ウクライナの新しい現状を認める、という立場である。(3月6日付け『ニューヨークタイムズ』紙) 
 
 2月27日、EUのアシュトン外相は、2日間、キエフを訪問した。彼女は、新政権に対して、これまでのロシアとの絆を切らないように説得した。ウクライナはロシアと対立するようなことになれば、高い関税、天然ガスの値上げなどの報復を受けるだろう、と語った。 
 
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国際問題評論家 
Yoko Kitazawa 
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