2014年03月09日17時42分掲載  無料記事
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検証・メディア

ニューヨークタイムズの社説の訂正 〜争点の従軍慰安婦と南京大虐殺の個所は?〜

  ニューヨークタイムズは3月2日の社説で’Mr. Abe's Dangerous Revisionism’(安倍氏の危険な歴史修正記事)と題する一文を出した。この社説は反響が大きかったようだ。しかし、ニューヨークタイムズは3日後の3月5日に社説を訂正し、さらに社説を訂正したと書いた注を社説の末尾につけた。3月4日に安倍政権の菅官房長官からニューヨークタイムズに事実誤認があるという声明が出されたからだった。 
http://www.nytimes.com/2014/03/03/opinion/mr-abes-dangerous-revisionism.html?_r=0 
  では社説は何がどう変わったのか?現在、ニューヨークタイムズのウェブサイトで関連個所を見るとこうなっている。 
 
 「安倍氏と他のナショナリストたちは1937年の日本軍による南京大虐殺はなかったと未だに訴えている。安倍政権は金曜、日本軍によって強制的に慰安婦にされた韓国(朝鮮)人女性に対して(過去に日本政府が)謝罪したことについても再検討するつもりであると述べた」 
 
  原文は以下である。 
 
  ’He and other nationalists still claim that the Nanjing massacre by Japanese troops in 1937 never happened. His government on Friday said that it would re-examine an apology to Korean women who were forced into sexual servitude by Japanese troops. ’ 
 
  これが現在、ウェブサイトに掲載されている争点となったらしい箇所である。そして、ニューヨークタイムズの社説の末尾につけられた訂正の説明は以下。 
 
Correction: March 5, 2014 
 
An earlier version of this editorial incorrectly stated that the Abe government would possibly rescind an apology to Korean women who were forced into sexual servitude by Japanese troops. 
 
  「最初の社説のバージョンでは安倍政権が日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた韓国(朝鮮)人女性に対する謝罪を取り消す可能性があると書いたが、これは不正確だった。」 
 
  つまり、ニューヨークタイムズは安倍政権が過去に日本政府が従軍慰安婦の件で謝罪したことを撤回する可能性があると書いた点で、間違っていたと謝罪したのである。現在掲載されている社説ではre-examine とあり、撤回ではなく、再検討というあいまいな単語を使っている。では3月2日のバージョンで、そこはどうなっていたのだろう?ウェブサイトで過去のバージョンを見ることはできないが、紙に印刷された記事は残っているのだ。 
 
  His government on Friday said that it would re-examine and possible rescend an apology to Korean women who were forced into sexual servitude by Japanese troops. 
 
  「安倍政権は金曜、日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされた韓国(朝鮮)人女性に対する謝罪について再検討し、撤回する可能性もあると述べた」 
 
これが3月2日の最初のバージョンの当該箇所だ。ではもう一回、訂正後のバージョンを見てみよう。 
 
  His government on Friday said that it would re-examine an apology to Korean women who were forced into sexual servitude by Japanese troops. 
 
  「安倍政権は金曜、日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされた韓国(朝鮮)人女性に対する謝罪について再検討すると述べた」 
 
  ほんの少し短くなっている。上下を比べてみるとわかるが、違いは'and possible rescend'(撤回する可能性もある) を訂正の際に削除したのである。再検討すると述べたまではそのままで、撤回の可能性までは言及していなかったということなのだろう。ニューヨークタイムズが勇み足となった社説を訂正したというツイッターのメッセージを見たことがあったが、実態は3語を削っただけである。 
 
  ところで菅官房長官がニューヨークタイムズに抗議を述べた時を振り返ってみよう。3月4日の記者会見につき、産経新聞は「首相批判の米紙に抗議 菅長官「著しい誤認」」の見出し記事を出した。 
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140304/plc14030421250031-n1.htm 
  この記事だと、菅官房長官の抗議の目玉は日本軍の南京大虐殺を安倍首相は否定したことはない、という点にあるようだ。 
 
  「菅氏は1937(昭和12)年のいわゆる南京大虐殺について、「政府の基本的な立場は旧日本軍によって南京入場後、非戦闘員の殺害、または略奪行為があったことは否定できないというものだ。安倍政権も全く同じ見解だ」と述べた。」(産経新聞) 
 
  これを読むと、あれ?と思う人は少なくないだろう。現在ウェブサイトで読めるニューヨークタイムズの社説には安倍氏と南京大虐殺についての記述はそのまま残っているからだ。 
 
  He and other nationalists still claim that the Nanjing massacre by Japanese troops in 1937 never happened. 
 
 「安倍氏と他のナショナリストたちは1937年の日本軍による南京大虐殺はなかったと未だに訴えている。」 
 
  ニューヨークタイムズの社説で修正されたのは従軍慰安婦に関する一部の文脈であり、日本軍の南京大虐殺を安倍氏が否定しているという文章は変わっていない。どこかねじれた印象を持つ人も少なくないだろう。ニューヨークタイムズは日本政府の抗議を受けた後でなお、南京大虐殺の個所はそのままにしたのである。ニューヨークタイムズの論説委員たちがどのような情報をつかみ、どう判断したのかその過程は不明だ。 
 
  主語が安倍氏(私人)なのか、安倍首相なのか、安倍政権なのか。これによっても微妙な違いがあるのかもしれない。もし、菅官房長官が抗議した通りに安倍首相自身が考えているのなら、安倍首相自らニューヨークタイムズの誤解を解くべく、ニューヨークタイムズの論説コラム欄に直接寄稿して、懸案の歴史に対する彼の見解を出した方が効果的だろう。最近、NHK経営委員やNHK会長の発言を巡って日本の歴史修正主義に対する国際的な批判が起きているが、欧米紙は側近や親しい作家の弁明でなく、安倍首相自ら世界に向けて見解を述べるべきだと書いているところである。 
 
  ところで、ニューヨークタイムズのこの社説の骨子は安倍首相の歴史修正主義が日米関係に暗雲を投げかけている、というものである。米国は日米安保条約を結んでいるものの、日中間の戦争に巻き込まれたくないと考えていると明確に書いている。 


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