2014年05月30日23時45分掲載  無料記事
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レオポルト・マウラーの漫画「ミラーさんとピンチョンさん」 〜下降時代の‘地球の歩き方’〜

  オーストリア人の漫画家レオポルト・マウラーによる「ミラーさんとピンチョンさん」はその日本語訳のタイトル自体がどこか間が抜けた脱力感に溢れている。オーストリア人も漫画を描くのか、と最初は思ったが、その仕上がりは抜群にユニークで、とぼけた味わいに富んでいる。 
 
  ミラーさんは測量技師、ピンチョンさんは天文学者で、二人は「南北を分かつ境界線」を引く作業をしている。漫画はその二人の珍道中を描くものである。作者のマウラー氏は毎回、虚構とギャグを満載し、テーマがどうこうということは大切ではなく、それよりもこの虚しい時間を、せめて笑える時間に変えようじゃないですか、というような意欲を感じさせてくれる。だから、上昇する夢を描けた右肩上がり時代の物語ではなく、下降する時代の物語のように感じられる。 
 
  主人公のふたりにはそれぞれ恥ずかしく、あるいは忘れられない過去がある。それが道行く二人に取りついている。たとえばピンチョンさんの妻は巨大なチーズに轢かれて死んだことになっており、しばしばこの妻が幻となって登場する。一方、ミラーさんには司祭を目指したのに性欲に負けて、神学校からドロップアウトし、川に飛び込んで死のうとした過去がある(後に明かされるのだが彼は特異体質の人間で狼男だったのだ)。その時、橋の上から川の水位を瞬時に把握できた経験がきっかけとなって、測量技師の道に開眼したとされる。いずれにしても馬鹿馬鹿しい「過去」である。それでも、どこか彼らを責め苛むこれらの過去にはリアリティもある。漫画の95%は虚構であり、ほらなのだが、5%だけ真実味があるように感じられる。それは二人の登場人物が彼らの過去に今も、片時も離れられないくらいとらわれているからだ。馬鹿馬鹿しい過去であろうと、本人にとってそれらは地球ぐらい重いのであろう。 
 
  創作物には真実と虚構が様々な割合で混ざっているのだろうが、「ミラーさんとピンチョンさん」の場合、嘘の含有率が高い。それが最近流行の「ノンフィクションの時代」に対する解毒剤になっているように感じられる。 
 
 
■波戸岡景太訳 「ミラーさんとピンチョンさん」(水声社) 
http://www.suiseisha.net/blog/?p=2565 


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