2014年06月20日20時49分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

映画「SAYAMA」 金聖雄(監督)

狭山事件を扱った映画「SAYAMA」は5月31日からポレポレ東中野でロードショーが始まりました(7月18日まで)。ツキイチ劇場は7/5(土)映画「SAYAMA」とテルミン(トリ音さん)とギター(前原孝紀さん)ライブです。以下は監督の金聖雄さんから。 
 
  「 獄中32年、仮出獄19年。身に覚えのない逮捕から実に51年、今も無実を訴えつづける人がいます。 
 
石川一雄 75歳。 
 
 はじめて取材で石川さんに会った時、少し緊張していたのを思い出します。 
 
“殺人犯”という法律的には、そうレッテルを貼られている人が、いったいどんな人なのだろうか。きっと私のなかに少しの偏見もあったのだと思います。 
 
  見事に肩すかしをくらいました。 
  きちんとしていて、朗らかで、 
  そして温かい感じ…。 
 
  連れ合いの早智子さんは 
  私たち撮影隊を気遣い笑顔で 
  走り回っていました。 
 
  時折かわす2人の会話は、 
  ちぐはぐで、なんだかユニークでした。 
 
  51年間、“殺人犯”というレッテルを貼られたままの、ひとりの人間がいったいどんな風に生きてきたのだろうか? 
 
 私たちは石川さんの無実の罪が晴れ、みえない手錠がはずれるまで、撮影という形で寄り添うことを決めました。 
 
もっと知りたい。  人間、石川一雄 
そしてその無実を信じて生きる人たちのことを…。 
 
 
  監督   金 聖雄 
 
 
★映画への思い 
 
 51年前の1963年、私が生まれた年に起こった殺人事件。「狭山事件ってなんやろ!?」正直ほとんど知りませんでした。しかしインタビューを進めるうちになぜか胸がざわついてきました。小学校にもいかれず文字さえ覚えることができなかった極貧の部落での生活。差別されていることすら気付くことはなかったと言います。そしてその無知であることを巧みに利用した警察。さまざまな理不尽な出来事を石川さんは時にはユーモアを交えて語ってくれました。 
 
なによりも印象に残ったのが「我が人生に悔いなし!」と笑顔で語る石川さんの言葉。 「悔いなし!?てどういうことやろ?」 私の興味は謎めいた事件の真相ではなく、そんな中を生き抜いてきた石川さんにどんどん向かっていきました。 
 
  「悔いが無い!」どうしてそんな風に言い切れるのか、はじめは不思議でした。しかし撮影を重ねるうちにその言葉の意味が少しずつわかるようになってきました。 
 
  例えば、石川さんの無実を信じた刑務官のすすめで文字を獲得したこと。石川さんの世界感は獄中にいながらどんどん広がっていったと言います。仮出獄の後に最愛の妻、早智子さんと出会い結婚したこと。決して言葉にしないけど2人は支え合い、愛し合っています。 
 
そして同じ「冤罪」を闘う仲間との友情。2010年に無罪となった足利事件の菅家利和さん、2011年無罪を勝ち取った布川事件の桜井昌司さん杉山卓男さんは「冤罪」という自分たちの経験から石川さんの無実を確信しています。語り合い、時にはカラオケで楽しいひと時を過ごします。石川さんにとってかけがえのない友人たちです。 
また、狭山の地で「殺人犯の家族」としてさらされ、生きてきた兄 石川六造さん夫婦。ここにも壮絶な51年という時間が流れていました。 
 
  石川一雄さんはどこからどうきりとっても“無実”としか思えません。しかし今も“殺人犯”という罪は晴れていないのが“現実”です。「冤罪」など決してあってはならないはずです。しかしそんな中にあっても石川さんは51年、一歩ずつ自分の人生を生きぬいてきたのです。そのあきらめない姿は、凛として美しく、時として人々に感動を与えます。「幸せとは」「愛とは」「友情とは」そして「正義とは」…。 
 
  映画は「狭山事件」の不当性を告発しその真相を追求するようなものではありません。ひとりの人があきらめずに信念を貫き、日々を生きる姿を追いかけた人間讃歌のヒューマンドキュメンタリーです。 
 
  75歳の石川一雄さんには夢があります。「無実を証明して中学校に行きたい!」 
私たちに出来ることは映画を通して「狭山事件 石川一雄」を記録し、一人でも多くの人に届けることだと考えています。 
 
★石川一雄さん75歳  主人公 そのひととなり 
 
  埼玉県狭山の被差別部落で生まれ育った石川一雄さんは、とにかく極貧の生活を送っていたと言います。家は風邪がふくと一部が吹き飛び、履物もはけず、その日食べるものがない時もあったと言います。そんな時は近所の畑で野菜を盗んで食べてはお父さんに殴られていたそうです。 
  学用品もなかったのでほとんど学校に行くこともなく、読み書きも覚えないまま、小学校4年生から18歳まで口減らしのために奉公にでます。 
 
  若いころは女性によくもてたと言います。とくに製菓会社に務めていた時はモテモテ。ラブレターを貰っても読めないので、友人の女性にたのんで返事を書いてもらっていたようです。困ったのはデートで洋画を観るとき、字幕がさっぱり読めないので、それが辛かったと言います。 
 
 1963年5月23日に24歳という若さで獄中に放り込まれます。もちろん逮捕された時はふさふさの髪の毛も、32年後仮出獄の時にはすっかり少なくなっていました。本人曰く、刑務所の中では頭を固いたわしで思いっきりこすって洗っていたといいます。 
 
 
とにかく頑固でなによりも男同士の約束を大切にしていました。「自白すれば10年で出してやる」という刑事との男同士の約束が後に彼を苦しめることになります。 
 前向きな性格。くよくよせずに振り返らず前を向いて進むのが信念。規則正しくきっちりした性格は獄中で養ったと言います。 
 
時間に正確、融通がきかない、負けず嫌い…。 
“獄友”たちと、カラオケ点数勝負では、点数が低いと密かに闘志を燃やす。時々いきなり腕立て伏せをはじめるのです。なんでも1日200回、腹筋も同じ回数をこなすそうです。そしてランニング5辧 
 
★主な登場人物と舞台 
 
◆石川早智子さん(一雄さんの妻) 
自身も被差別部落出身である事で 
苦しむ。しかし石川さんの獄中からの 
メッセージで人生が変わる。仮出獄した 
翌年に石川さんと結婚。元気で明るく 
いつも人を気遣う優しい人。 
 
◆ 石川六造さん(3歳上の兄) 
石川家では極貧でも長男だけ白いご飯。 
一雄さん今もは納得していないとか。 
小柄だがケンカが強く鳶職の親方として 
逮捕後も石川家を支えた今でも愛を 
込めて一雄さんをバカヤロウと怒鳴る。 
 
◆ 石川ウメ子さん(六造さんの妻) 
一雄さんが逮捕され大騒ぎの中 
プロポーズされる。当然親は反対するが 
駆け落ちして結婚。その後は苦労の連続 
弟の無実を家族で信じ闘った。集会など 
手作りのお惣菜を楽しみにしている人も 
多い。辛抱強いステキな女性 
 
◆ 獄友 
 菅家利和(足利事件) 
 桜井昌司(布川事件) 
 杉山卓男(布川事件) 
同じ冤罪被害者。4人は千葉刑務所 
という絆で結ばれている“獄友” 
集まると獄中での楽しい話題で 
盛り上がる。愉快な仲間。 
 
★メッセージ 
 
■周防正行(映画監督) 
  この映画には、「愛すべき人」がいる。 
  「魅力的な人」がいる。それがいいんです。 
 
■ 香山リカ(精神科医) 
  石川さん本人について、実は私は何も知らない。 
  そして、ぜひ知りたい。 
 
■ やくみつる(漫画家) 
 “そうきたか”石川夫妻の人間像を描くことで、 
 むしろ冤罪のむごさが伝わってくる。 
 
■ 落合恵子(作家) 
 映画を観てほっとしました。同時にもう一度、 
自分にとっての“狭山事件”を考えるきっかけになりました。 
 
■ 中山千夏(作家) 
 どこからどう見ても石川一雄さんは無実です。それがなぜ? 
 知っていただけるとありがたい。知らせていただけるとありがたい。そして、年月は取り返せないけれど、真実は復活させたいと思います。」 


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