2014年07月06日11時39分掲載  無料記事
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国際

【北沢洋子の世界の底流】オバマ大統領、イラクに再派兵を決定 謎の組織ISIS

 さる6月19日、オバマ大統領は、イラクに再び米軍を派兵することを決定した。戦闘部隊ではなく、300人規模の「軍事顧問」を送るというのだが、誰一人、これで終わると思う人はいない。 
なぜなら、ベトナム戦争の例があるからだ。ケネディ大統領時代の1960年代初頭、米国は南ベトナム軍の訓練のために、2〜300人の特殊部隊(グリーンベレー)を送った。しかし、これでは効果が挙がらず、数年後には、50万の地上部隊を投じ、さらに北ベトナムを爆撃した。しかし、75年、米軍は5万人の戦死者を出し、ベトナムから撤退した。 
 
1.300人の米軍事顧問団再びイラクへ 
 
 今回、派兵される米軍事顧問は、海軍の精鋭部隊シールズなどの特殊部隊である。イラク軍の訓練と、イスラム武装組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の情報収集に当たるという。 
 マリキ政権は米軍に空爆を要請しているし、当初、米国は無人機による限定攻撃を考えていた。しかし、これらのオプションは、武装組織の動きや位置を知らなければ、多くの民間人を犠牲にすることに終わるだけだ。 
 
2.イスラム主義者ISISがバグダッドに迫る 
 
 イラクでは、6月12日、ISISが、イラク第2の都市モスールを制圧し、一週間後の19日には、国内最大の製油所バイジを激戦の後占領した。さらに、バクダッドの北50キロのバクバに迫った。ISISの攻撃を前にして、政府軍は崩壊状態にある。 
 
 ISISの攻撃の前には、占領地では「首を刎ねられている」などの噂に怯えて避難した人びとも、ISISが姿を見せず、治安が保たれているのを知って、避難先から戻り始めている。 
 
 米軍は、2年半前、イラクから撤退したはずだった。これは、オバマ大統領の選挙公約であった。米国はマリキ首相という傀儡を使って、イラクを間接支配しようと考えていた。 
 
イスラム教シーア派から首相以下の行政府、スンニ派から国会議長という立法府、クルド族は自治権と大統領、といったように挙国一致、民族融和の体制を敷いた。 
 しかし、シーア派のマリキ首相は、民族融和とは逆に、シーア派のイランと同盟し、スンニ派を弾圧した。一方、ISISは、スンニ派のサウジアラビアなど湾岸諸国から武器などの援助を受けていると言われる。 
 
 現在、ISISの武装勢力は、スンニ派住民が多い北部と西部を制圧した後、南下して首都バクダッドを攻略しようとしている。 
 
3.空爆か、または政治的解決か 
 
 このままでは、ISISがバクダッド入りをすることは、必至である。オバマ政権は、遅かれ早かれ、犠牲の多い空爆を始めるか、無人機でピンポイント爆撃をするかの選択を迫られるだろう。それには、米軍にISISについての情報がほとんどない上に、武装勢力が絶えず移動を繰り返しているので、なおさら困難である。 
 
 オバマ政権に残された唯一の政策は、政治的解決である。マリキ政権に対して、異なる宗派を受け入れ、民族融和政策を採るように圧力をかけることであった。6月17日、ホワイトハウスのカーニー報道官は、「武装勢力の勢いを食い止める軍事的支援は必要」だとしながら、「軍事的な手段では、イラクの危機は解決出来ない」と語った。 
 
 マリキ首相は、6月18日、テレビで「イラクは一つにまとまって危機を乗り切る」と演説した。彼は、シーア派、スンニ派の有力政治家を集めてISIS 非難の声明を出し、民族融和を演出した。 
しかし、実際には、彼はイラク軍の総司令官として、戦闘服を着て、一日中戦闘の指揮をとっている。しかし、彼がISISの武装勢力の掃討作戦を続けるには、戦意のない政府軍より、シーア派の義勇兵に頼らざるを得ないだろう。 
 
 6月21日、シーア派の大アヤトラ、シスタニ師の呼びかけに呼応して、ライフルや機関銃を持った義勇兵がバグダッドを行進した。しかし、その中でも最大の示威勢力は、シーア派の急進派ムクタダ・サドル師の民兵で、かつて米占領軍と戦い、08年に武器を置いた「マヘディ軍」だった。しかし、「南部のシーア派聖地の死守」を掲げて戦う彼らには、宗派間の融和という意識はない。 
 
4.謎の組織ISIS 
 
 ISISは謎に包まれている。 
 まず、2000年頃に、ヨルダン生まれのアブ・ムサブ・ザルカウィが設立した「タウヒードとジハード集団」を前身する説がある。ザルカウィはもっぱらヨルダン王制の転覆を目指していたという。 
 
 イラク戦争がはじまると、「タウヒードとジハード」は「イラク・イスラム国」を改名した。ザルカウィ自身は、06年6月、米軍の空爆で死亡したと言われる。 
 現在、「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」を名乗っており、イラクとシリアで多くの都市を占領している。 
 
 マスメディアは、「ISIS」に必ず「アルカイダ系」、あるいは「アルカイダの分派」という形容詞をつける。しかし、アルカイダとの関係は不明である。ただ、昨年5月、「アルカイダ」のアイマン・ザワヒリが、ISISの解散命令を出したと言う。 
 「アルカイダ・ウォチャー」たちは、アルカイダの若い世代はザワヒリに飽き足らず、よりラディカルなISISに加わっている、と見ている。 
 
5.新たに300人の米兵を追加派兵 
 
 6月30日、オバマ大統領は、イラクに再度300人の米兵とヘリや無人偵察機を追加派兵することを発表した。これは、すでに決まっている300人の軍事顧問団とは別口であり、バグダッドの米大使館や関連施設、国際空港などの守備にあたるという。 
 
 これだけの派兵で済むはずはない。このままでは、本格的な米地上軍が投入されるだろう。しかし、米国民は戦争に疲れている。なぜなら、9.11以後のアフガニスタンとイラク戦争が、タリバンやフセイン政権を倒したが、テロリズムの台頭を許してしまったことを知っているからである。 
 
 ISISの武装勢力は、ついにシリア東部も制圧しているという。 
 
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国際問題評論家 
Yoko Kitazawa 
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