2014年09月03日09時22分掲載  無料記事
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国際

イスラム国とは何者か 北沢洋子

 今年6月頃、イラクとシリアにまたがる広大な地域に突如出現した「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」は、謎の多い組織である。これまでに判ったことをまとめてみた。 
 
1.「イスラム国」独立宣言 
さる6月29日、ISISは独立宣言を行った。その領土は、イラク第2の都市モスールを中心としたイラクの北西部からアレッポなどシリアの東北部に及んでいる。 
 
 この「独立宣言」を承認した国はまだない。ISISは、独立宣言とともに、イラクとシリアの国名を削り、「イスラム国(IS)」と改名した。また「アブ・バクル・アル=バグダーディ」がその「カリフ」であると発表した。カリフとは、イスラム教の預言者ムハンマド以後の最高指導者という肩書である。彼の先祖は、預言者ムハンマドと同じクライシュ族だと自称している。 
 
 ISISの正式呼称をめぐって、マスメディアの間でもばらばらである。『ニューヨークタイムズ』などは独立宣言後も、「ISIS」と呼んでいるが、『朝日新聞』『BBC』などは「イスラム国(IS)」と言っている。 
 ISISによれば、シリアとイラクは現在2つの独立国だが、「アラブの反乱」でオスマン・トルコ帝国が崩壊した第1次大戦後、「サイクス・ピコ秘密協定」により、英・仏領に2分されたという経緯がある。ISISはこの歴史を拒否して、イラクとシリアは一つの領土で、両国の間に国境はない、と言っている。 
 
 またシリアについても、宗主国フランスが、イスラム教徒のシリアとキリスト教徒が多く住んでいるレバノンという2つの国に分割したという経緯がある。フランスの植民地以前は、シリアもレバノンも同じ国「レバント」であった。そこでアラビア語のISISのSを「シリア」でなく「レバント」と翻訳する例もある。 
 シリア東部のスンニー派地域とイラクのアンバル、ニネベ両州の間には、国境がないようなものだった。そこでISISがシリアに勢力を拡大するのは容易だった。 
 
2.バグダーディのプロフィル 
 
 アル=バグダーディは、ISISと同様、謎の人物である。彼は、米国の情報機関のテロリスト・リストにのぼっていなかった。これまでに明らかになったところでは、7月5日、モスールの大モスクで説教を行った21分の短い映像が、ISISのサイトに載った。これが彼の唯一の映像である。その中で、彼は「あなたたちが、私が正しいと思うなら、助けてほしい。もしまちがっていると思うなら、私に助言し、正してほしい」と言っている。これは、誘拐、斬首など野蛮なISISのイメージとあまりにも異なる。 
 彼はイラクのサマッラの貧しい農村の出身で、1990年代はじめ、バグダッドに上京した。彼自身は、バグダッド大学を卒業した、と言っている。その後、故郷のサマッラのモスクで説教をしていた。 
 
 イラク戦争中の04年、米海兵隊がバグダッド近郊の町ファルージャを攻撃したとき、スンニー派の戦闘員を逮捕し、ブッカ刑務所に収容したことがあった。その中に、30代はじめのイラク人男性がいた。そこでは、彼は、イブラヒム・アワド・イブラヒム・アル=バドリと名乗っていた。バグダーディは、他のISISメンバーと一緒に刑務所で5年間を過ごしたが、その間に過激思想に染まったと思われる。 
 
 当時、下つ端だった彼は、今日は、イスラム国のカリフを自称するバグダーディである。米国防総省のある高官は「04年に彼を捕まえた時は、街のチンピラに過ぎなかった。もしその時水晶玉があれば、彼が将来、ISISのリーダーになると占えたかも知れない」と嘆いた。 
 
 しかし、彼を押し上げたのは、水晶玉ではなかった。バグダーディを世界中に知られる男にしたのは、米軍のイラク侵攻だった。そして、米軍が撤退した後、その真空を埋めた。 
 現在、バグダーディは、アルカイダのザワヒリに次ぐ米政府のお尋ね者である。彼の逮捕につながる情報の提供者には、1,000万ドルの賞金がかかっている。 
 
 ISISの軍事的成功、ヤジズ族、シーア派、キリスト教徒など宗教的少数派に対する残酷な民族浄化作戦、そして、アメリカ人ジャーナリストのフォーリー斬首事件など、世界のマスメディアを賑わしている。7月末、捕虜にしたシリア政府軍兵士十数人の首を垣根に晒した映像をサイトに流した。 
 また、ISIS はかなりの人数の欧米のフリーランスのジャーナリストを拘束している。フォーリー斬首事件以来、米国防総省は残りの人質救出作戦を試みているが、いずれも失敗に終わっている。今夏、シリアで地上部隊を投入したが、人質を見つけることが出来なかった。8月21日付けの『ニューヨークタイムズ』紙は、ISISからフォーリーの身代金1億ドルの要求があったが、米政府が拒否した、と報じている。英国政府も拒否した。なお、スペイン、フランスは身代金を払って解放された、と言う。身代金をめぐって、欧米各国の間で違いがあるようだ。 
 
3.アルカイダとの関係 
 
 マスメディアの中には、ISISではなく「アルカイダ系過激派組織」と呼んでいるところもある。しかし、ISIS をアルカイダの系列に入れるのは早計であろう。 
 バグダーディとアルカイダとの唯一の接点は、米軍のイラク占領初期のことであった。彼は、ヨルダン生まれのアブ・ムサ・アル=ザルカウイの「イラクのアルカイダ」と称する組織に所属していた。バグダーディが、その中で、どのような地位にあったかは明らかではない。 
 
 元CIAのBruce Riedelによれば、彼はザルカウイとともに、アフガニスタンで数年間過ごしたと言っている。しかし、米情報機関の中では、バグダーディは、イラクとシリアから外に行ったことはないという説が強い。 
 またザルカウイとの接触はなかったという説もある。ザルカウイ自身は、06年、米軍の掃討作戦で死亡したと伝えられる。 
 
 10年、イラクの米大使館から本国に送ったEメールを「ウイキリークス」が暴露した時、「イラクのアルカイダ」に代わる過激派として、「イラク・イスラム国(ISI)」の名が記載されていた。これには西側の多くの情報機関が色めき立った。なぜなら、それまでISIの情報が全くなかったからだ。 
 
 ビンラディン後の「アルカイダ」の代表ザワヒリは、ISISの解散を宣告した。しかし、ISISがこれに従ったという証拠はない。 
 
4.ISISの台頭がもたらす国際政治 
 
 イラクでは、ISISは、油田と製油所、ダムと発電所を占領した。かつて米軍が政府軍に支給した重火器を操縦している。シリアでは第の都市アレッポを制覇している反アサド派の「自由シリア軍」と戦闘を交えている。8月はじめには、レバノンの国境の町で、はじめてレバノン政府軍と戦火を交えた。ISISの戦線は急速に拡大している。 
 
 ISISは、中東地域の脅威であるばかりでなく、欧米のイラク支援にとってもジレンマになっている。米国はイラクのシーア派が独占する政府を支持している。これは危険である。なぜなら、それは、湾岸のスンニー派首長たちを敵に回すことになるからだ。クルドを支援することもおなじく危険である。それは、国内にクルドの反乱を抱えているトルコに敵対することになるからだ。 
 また、米軍が、シリアでのISISの支配地域を爆撃することは、過去3年間オバマ大統領が退陣を迫ってきたアサド政権を延命することになる。これは大きなジレンマである。 
 
 今年8月はじめ、米国は、ISIS制裁を始めた。8月6日、米財務省はISISを財政的に支援しているグループに制裁を課すと声明した。それは、シリアの反政府軍にクエートから送金していた「別名6人」と知られるグループも含まれていた。 
 また6月には、米政府はシリアの穏健な反乱軍に、5億ドルを援助すると、発表した。その一方で、米国は武器がISISの手に渡る危険がある、と言っている。オバマ大統領は、ISISがイラクの第2の都市モスールを占領した時、300人の軍事顧問をイラク政府軍に送ると発表したのであった。 
 
 国連安保理も意味不明な決議をしている。それはISISについて国際的な合意が困難なところからきている。安保理に、ロシアが起草した「ISISから石油を買わないように」という声明を出した。しかし、買っているのはどの国なのかは、言及していない。シリアの反政府連合は、「ISISは、アサド政権の打倒を目指す一方で、アサド政権に石油を売っている」と主張している。 
 今年8月6日、安保理は、米国が起草した第2の声明を発表した。それには、イラクのすべてのコミュニティは「イラクの統一、アイデンテイティ、そして未来を脅かすもの」に対して、団結を呼びかけた。ここではISISと名指していない。 
 
 イラク政府軍は、ISISの支配地域を奪還する力を持っていない。イラク軍は地上部隊を十分に持っていない。そのことから、米軍による空爆に頼っている。しかし、これは、民間人の犠牲を増やし、そのことがまた、ISISに参加する聖戦主義者を増やす。 
ISISのライバルであるアルカイダ・シリア支部の「ヌスラ戦線」の戦闘員も、条件の良いISISに移籍している。 
 
 西側情報機関は、ISISが、非殺傷兵器、すなわち、マスメディアの使い方が上手いことに注目している。例えば、ビデオ、無人機から撮った地上のイメージ、そして複数言語のツイターなどである。そこでは、聖戦主義者の勧誘、敵に対する脅かし、そして、イスラム法の厳格な解釈にもとづく統一イスラム国などの宣伝を行っている。 
 
 ISISが、斬首といった前近代的な行為を、インターネットという超近代的なメディアで伝えると言うことに、注目される。 
 その結果、ISISには50を超える世界中の国から戦闘員を集めていると言われる。その数は、約2,000人と言われる。聖戦主義者にとって、地下に潜っているアルカイダより、領土があり、武器も豊富なISISのほうが魅力的である。 
 
 欧米各国は、その人数、国籍、人物の把握に躍起となっている。彼らがテロの技術を身につけて帰ってくるのではないか、と恐れている。国連も、ISIS をテロリストのリストに加えている。これは国際的な「制裁」を受けることを意味している。 
 しかし、ISISにはそのような考えはないようだ。ISISにはアルカイダのような資本主義を打倒、あるいは国際主義の思想は全くない。ISISは、金融、軍事、地方政府などの省を設け、着々と古典的な国家建設に取り組んでいる。これもアルカイダと異なる点だ。 
彼らは、「イスラム国」の実現に専ら関心があり、特定のイデオロギーを持っているわけではない。女性を黒いチャドルで包み、学校から追放するなど、コーランを捻じ曲げて解釈する偽イスラム教徒である。 
 
 私は、ISISは、かつてソ連が撤退した後のアフガニスタンを席巻した「タリバン」に近い性格と組織だと考えている。 


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