2014年09月27日08時20分掲載  無料記事
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コラム

空爆の記憶

   最近、空爆と言えば米軍によるイラクやリビアなど、遠い地域の他人事のような響きがある。しかし、筆者の子供時代、それはベトナム戦争よりももっと身近な話であり、それは日本が第二次大戦中、米空軍に空爆されたことだった。筆者の母親は岡山で少女時代を過ごしたのだが、岡山大空襲の際、田んぼを祖母に手を引かれて夜中に逃げ回ったと聞いた。 
 
  逃げ回ったのはB-29が焼夷弾を落としてきたからだ。民家が炎に包まれていた。夜の暗闇の中、爆撃機がどんどん焼夷弾を落としてくる。爆弾は落下するに従い、あたりに散らばって行く。知人のおじさんは爆弾が直撃して死んだ。女学校の教師をしていた祖父はすでに肺結核で病死しており、母子家庭となっていた。 
 
  母から聞いた戦争にまつわる体験と言えば空腹と空襲である。どちらも「空」の一文字が冠されている。戦争が終わった日、「これでもう空襲から逃げ回らなくてもよくなった」と思ったと何度も聞かされた。幼い少女にイデオロギーは無縁である。とにかく、死の恐怖と空腹だった。それが偽らざる記憶だろう。 


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