2015年05月24日20時14分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201505242014330

市民活動

福島県郡山市で超党派の「沖縄・福島連帯する郡山の会」が発足

「アメとムチの政策によって福島県に原発を押し付け、結果、重大事故が発生しました。『早く住める地域を返してほしい』という福島県民の願いとは裏腹に、なかなか復興が進んでいません。沖縄県における安全保障問題と福島県におけるエネルギー問題は、『県民の命』という観点からすると、二重基準がまかり通っているという大きな共通点があります」(琉球新報・松元剛報道本部長) 
 
 東日本大震災から4年が経過するものの、いまだ福島第一原発事故による放射能汚染で日々苦しい生活を強いられている福島県郡山市の市民が今年5月、「『オール沖縄』でたたかう沖縄県民と連帯し、安倍政権の暴走をはねのけ、辺野古新基地建設を阻止して主権と民主主義、地方自治を守るための活動を行う」ことを目標に、思想・信条・党派の違いを超えて結集する市民団体「沖縄・福島連帯する郡山の会」(略称「沖縄連帯郡山の会」)を立ち上げた。 
 沖縄連帯郡山の会の相談役には、元福島県知事の佐藤栄佐久氏や元自民党県連幹事長の植田英一氏が就いたほか、共同代表にNPO法人や労働組合関係者が名を連ねている。 
 
 会の発足を記念して5月16日、郡山市の大槻ふれあいセンターにおいて、琉球新報の松元剛報道本部長による「命の二重基準と民主主義−戦後70年 基地の島・沖縄から」と題する講演会が開催された。およそ300人の参加者の中には「『父ちゃん、田植えすっぽかして、どこさ行くのや』と、嫁に怒鳴られ喧嘩してきた。今やるべきは沖縄県の問題で、田植えどころではねえべさ」などと家業を後回しにして駆け付けた人もいるなど、講演会は盛況を博していた。 
 講演において松元氏は、沖縄駐留米兵が過去に起こした事件や事故、米軍基地に対する沖縄県民の悲痛な声など、沖縄県内の生々しい実状を紹介しながら、沖縄県民が抱える苦しい胸のうちを代弁するかのように切々と語りかけ、参加者は沖縄県の置かれている過酷な現実を、それぞれ驚きや悲しみの面持ちで聞き入っていた。松元氏の講演を一部紹介する。 
 
<忘れられぬ沖縄県民への取材> 
 
「私が1994年に司法担当記者であったとき、『嘉手納基地爆音訴訟』において、北谷町という滑走路の直下にあって最も騒音の酷い地域の一家を取材しました。そこは、人が住んでいては体調を壊してしまうほど騒音の酷い地域でした。そこに、ある夫婦が長男夫婦と同居するため二世帯住宅を新築したのですが、長男と結婚した妻は沖縄本島南部の静かな地域の出身であったので、新居での生活で毎日何十回も飛来する米軍機の騒音のために眠れない日が続き、米軍機が飛来する度に耳を塞いでしゃがみ込んでしまうようになってしまいました。これを見かねた長男は、1年も経たずに妻と子どもを連れて新居から引っ越したというのです。その後、長男の妻は引っ越した先で体調が回復し、職場にも復帰することが出来たので、両親が長男夫婦の1歳になったばかりの赤ちゃんを預かるようになりました。その地域に住むようになった赤ちゃんは、何の音も聞こえていないのに突然怯えるような表情で家族に抱き付いて泣き出し、その直後、米軍機が上空を通過していくということがありました。大人の耳には聞こえない音が、赤ちゃんには聞こえ、空から怖いモノが降ってくるという予兆を感じ、一日に何度かパニックを起こしたのです。この赤ちゃんが最初に覚えた言葉は『こわい、こわい』だったそうです。私自身、この話を聞いた時、非常な衝撃を受けました。そして、決して忘れてはいけないと思いました」 
 
<米軍機墜落事故に見る日本の主権> 
 
「2004年8月13日午後2時18分、普天間飛行場近くの沖縄国際大学に米軍機が墜落する事故が発生しました。この時、米軍は大学当局の権利を無視して現場を管理するという異常な事態になりました。日米地位協定には『機体の財産権は米軍にある』と定めていますが、民間地域に米軍機が墜落した際に規制線を張って良いという定めはどこにもありません。だから憲法学者、公法学者、安全保障専門家からは『これは日米地位協定違反である』との指摘がすぐに出てきました。それにも関わらず、墜落現場には日本政府、沖縄県警を始め、誰も立ち入ることが出来ず、日本の主権が全く関与できませんでした。日本人で唯一立ち入ることができたのは、事故現場の警備に当たる米兵に食事を届ける宅配ピザの配達員だけでした。このことについて日本外務省は『安全確保のためやむを得ないことであり、米軍の行為は必ずしも日米地位協定違反には当たらない』として、米軍の行為を正当化し追認してしまったのです」 
「沖縄県へのオスプレイ配備に対し、間接民主主義で選ばれた沖縄県内の議員や首長が反対し、19万人に及ぶ沖縄県民が県民大会を開催して直接民主主義による反対を訴えるなど、沖縄県民は民主主義のありとあらゆる手立てを講じて反対しました。しかし、こういった沖縄県の民意は一顧だにされません。一方で、このオスプレイを米国に配備する場合、地域住民に対する説明会を何十回と行って、理解を得る努力をしています。このように、沖縄県民の命の重さは、日本本土や米国の国民の命の重さと比較してはるかに軽く、あまりに不 平等であり、そういう意味で“命の二重基準”というのは、沖縄県の基地問題を考える上でのキーワードの一つです」 
「1998年、イタリア上空を低空飛行中の米軍機がゴンドラのワイヤーに接触し、20人以上の犠牲者を出す事故が起こりました。その時、イタリア政府は接触した機体を押収し、米国からの返還要求に対して主権を主張して返しませんでした。この結果、イタリア領空における低空飛行訓練については全て申告制として、イタリア政府が許可しない限り出来ないことや、米軍機が一日に飛行できる機体総数を44機に制限することなどが取り決められました。さらに午後1時から午後4時までの間は、米軍機、イタリア軍機ともに飛行禁止としたのです。このようにイタリアでは米軍が駐留していても、沖縄県とは全く違った形で人権や生活が保障されています。この差は一体何なのかということを、沖縄県選出の国会議員は国会等で何度も質していますが、ほとんど答えが返ってきません。『日米同盟は世界で最も強固なものだ』と言っている日本政府が、米国に主張出来ないというのはどういうことなのかと感じざるを得ません」 
 
<2014年沖縄県知事選以降の沖縄県における民意の変化> 
 
「2014年11月16日の沖縄県知事選において、翁長雄志氏が現職の仲井真弘多氏を破って初当選を果たしました。この県知事選では、沖縄経済界を支える6社のうち『金秀』と『かりゆし』が翁長氏支持に回りました。この2社が主張した点は『もう沖縄県に基地はいらない。基地を返してもらった方がはるかに発展するんだ、経済効果が高いんだ』ということです。永田町の国会議員や霞ヶ関の役人は『沖縄県の経済は基地がなければやっていけないんだ』と言っていますが、沖縄県の内実は、基地がない方が経済は発展するというのがセオリーになっています。こうした沖縄県における民意の地殻変動の裾野には、2011年のいわゆる『5点セット』(“兄獲概夫元首相の発言「辺野古基地を沖縄県にお願いする時、“抑止力”という言葉を使ったのは苦し紛れの方便であった」、▲吋咼鵝Ε瓮元米国国務省日本部長の発言「沖縄県はゆすりの名人である」、ウィキリークスによる日米防衛官僚会合での防衛省幹部発言の暴露「鳩山首相の言う県外移設は無理であり、米政府は辺野古しかないと言い張ればいい」、げ縄防衛局長オフレコ発言「犯す前にこれから犯しますよと言いますか」、ナ嫐邯徹楡澆妨けた環境アセスメント評価書の深夜未明の搬入)というものが大きく作用しています。こういった2011年に発生した問題によって、沖縄県内には『反発力』というものがマグマのように溜まり、それが2014年の県知事選の結果に結びついたのです」 
 
      ★      ★      ★ 
 
 集会の開催に当たり、主催者を代表して挨拶した吉川一男共同代表(「放射線衛生学研究所」理事)が、「この会は『オール沖縄』に学び、『オール福島』として幅広く連帯し、沖縄とつながっていきたいとの思いで結成しました。周りの方々にどんどん広めてもらって、会の運動に関心を寄せてもらえるように呼び掛けてほしい」と訴えていたように、沖縄連帯郡山の会は今後、「オール福島」の運動の中核を担っていく方針だ。 
 なお、沖縄連帯郡山の会は、6月27日に郡山市中央公民館でドキュメンタリー映画「圧殺の海−沖縄・辺野古」の上映会を予定しているほか、将来的には沖縄県での現地活動も検討しているとのことである。(館山守) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。