2015年06月23日10時13分掲載  無料記事
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沖縄/日米安保

「沖縄・福島連帯する郡山の会」が目指すもの 〜吉川一男共同代表インタビュー〜

 平成23年3月11日発生の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故の放射能汚染により、福島県では県民の多くが県内外での避難生活を余儀なくされている。 
 このような中、福島県郡山市に今年4月、沖縄駐留米軍の辺野古新基地建設を阻止し、主権・人権・民主主義を守ることを目的に活動する市民団体「沖縄・福島連帯する郡山の会」(以下、連帯する会)が発足した。 
 連帯する会は、会の発足を記念した講演会を5月16日に開催し、会場に集まった約300人の聴衆が、琉球新報報道本部長・松元剛氏の講演に耳を傾けた。沖縄県の置かれた現状を解説する松元氏の講演を沈痛な思いで聞き入っていた聴衆の多くは、講演後に「沖縄県と連帯し、郡山市から沖縄問題を発信していこう」との強い決意を示すなど会場は熱気に包まれた。 
 
 沖縄県に目を向けると、昨年11月16日投票の沖縄県知事選挙では、名護市辺野古への新基地建設反対を公約に掲げた翁長雄志氏が初当選し、続く12月14日投票の衆議院議員選挙では、沖縄の4小選挙区全てにおいて、辺野古新基地建設に反対する候補者全員が当選を果たした。 
 翁長知事は就任後、「沖縄県は、今日まで自ら基地を提供したことは一度もありません」「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしてはいけません)」と繰り返し訴え続けている。それにも関わらず、安倍政権は辺野古への新基地建設を押し進めようとしている。 
 
 このような沖縄県の現状を見つめてきた連帯する会共同代表の吉川一男氏(NPO法人「放射線衛生学研究所」理事)に、沖縄県に対する思いや連帯する会結成に至った経緯などを語っていただいた。 
 
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――福島県郡山市で連帯する会を結成するに思い至った背景には、どういったことがあったのでしょうか。 
 
(吉川) 私は、沖縄県に以前から何度も訪れており、自分なりに沖縄県のことを理解しているつもりでした。東日本大震災による福島県での原発事故以降では、今年の1月10日から12日までの3日間沖縄県を訪問しました。 
 その時に見た沖縄県の光景は、以前とは全く違った状況になっており、名護市辺野古に新基地建設計画を進める安倍政権の強権的・暴力的なやり方に対して強い憤りと、このままだと沖縄県の主権・人権・民主主義が無くなると感じたのです。そして沖縄県の現状が、東京電力福島第一原発事故によって想像もしないような様々な問題が発生し、今もって県民が困難な状況に置かれ続けている福島県の現状と重なって見えたのです。 
 安倍首相は「原発はアンダーコントロールされている」と強弁していますが、この発言によって福島県民は見捨てられ、切り捨てられているのです。福島・沖縄両県の状況は、安倍政権の政策によって両県民の人権が踏みにじられていることを示していると思います。安倍政権が強行に押し進めようとする名護市辺野古への新基地建設、そして原発事故を契機とした福島県民切り捨てという構図は、ある意味共通しているものがあると思うのです。 
 私は、安倍政権が提唱する「集団的自衛権」というものは、沖縄県を訪問し、その実態を見ることで可視化されると考えています。沖縄県には、安倍政権の進める「戦争する国作り」という現実が存在するからです。 
 また、「エネルギー政策における原発問題」については、東京電力福島第一原発事故の発生によって可視化されました。ひとたび原発事故が発生すれば、人間の力ではコントロールできず、原発が人間と共存し得ないものであるということが明確になったということです。 
 このような沖縄・福島両県で可視化された現実を発信していこうというのが、連帯する会結成のきっかけです。 
 
――両県で可視化された現実を個別に訴えていくのではなく、一体的に発信していこうとのことですが、実際に連帯する会結成までには様々な経緯があったと推察します。その辺りの状況をお聞かせください。 
 
(吉川) 連帯する会結成に当たっては、私の沖縄の友人から「琉球新報記者が福島県内における原発事故を取材したいということなので、県内の取材に協力してほしい」との依頼があり、私がそれを引き受け、今年の2月27日から3月7日まで取材活動に同行したのが事の始まりです。 
 記者さんが取材を終えて帰沖する前日(3月6日)、私の友人を交えた懇談会の席上、私が沖縄訪問した時に感じたことを語った上で、記者さんに「是非、沖縄県の現状を話してもらえる方を紹介してほしい」と依頼しました。記者さんからは即答を得ることはできなかったのですが、後日、琉球新報に電話し、改めて講演依頼を行ったところ、報道本部長の松元剛氏による講演の了解を得ることができた訳です。 
 その後、4月9日、郡山市内に関係者が集まって開いた私と友人の沖縄訪問報告会の場で、松元氏を招いて講演会を開催することを知らせたところ、参加者の中から「実行委員会を立ち上げてやろうか」という声が上がり、そのうち会話が盛り上がって「それなら会を結成しよう」とトントン拍子に話がまとまり、4月24日の連帯する会発足に至った訳です。 
 そして5月16日、松元氏を講師に招き記念講演会を開催したのですが、当日の講演会には福島県内だけでなく、栃木県や千葉県といった関東地方や、遠くは沖縄県からの参加者もいました。連帯する会は、保革の枠を超え様々な立場の方々に結集していただいて結成し、沖縄問題を「オール福島」としてやっていこうとの思いで、それぞれが集まったと自負しています。 
 
――今の沖縄県と福島県が置かれた状況の共通点、吉川氏自身が沖縄訪問を通じて感じた思いが連帯する会の設立に結び付いているということですね。 
 
(吉川) 歴史的な観点から言えば、沖縄県はもともと琉球王国であり、それが薩摩藩領となって、その後、廃藩置県によって沖縄県となりました。そして、太平洋戦争では本土の捨て石として、地上戦において県民の4人に1人が犠牲となったのです。戦後、沖縄県は本土復帰したものの、実際には日米地位協定によってアメリカから植民地扱いされ、少女暴行事件を始めとする米兵が引き起こした事件や事故にたびたび巻き込まれており、本土から見捨てられたような状態にあるのです。 
 一方、福島県の歴史を振り返ってみれば、戊辰戦争で会津藩が敗れて賊軍の汚名を着せられ、藩士らは故郷を追われて青森県や北海道に強制移住させられました。そして、「白河以北一山百文」と言われ、戊辰戦争以後の福島県民も植民地的な扱いを受けてきた面があります。ただ、沖縄県のように目に見える状況ではなかったというだけなのです。 
 こういった歴史的なことを踏まえつつ、今の現実から見えてくることを訴えていかなければならないと考えています。 
 
――吉川氏の根底にある信念とは一体何なのでしょうか。 
 
(吉川) 10年以上前のことになりますが、私の居住する地域で産廃処分場建設の話が持ち上がった際、住民団体を立ち上げて処分場建設反対運動を行ったことがありました。処分場建設計画に上がった地域は保守的な農村地帯なのですが、政治信条を抜きにして、処分場建設反対という点で一致し、「皆で話し合い、皆で決めて、皆で実行していく」という取り決めの下で運動した結果、処分場建設を阻止することができました。 
 当初、この運動を始めるに当たっては、地域の人たちにも参加してもらうよう説得したのですが、処分場建設に伴う危険性の理屈をあれこれ並べ立てても効果はありませんでした。そこで、宮城県村田町に建設された処分場の状況を実際に見学してもらい、その様子を報告会で発言してもらったところ、処分場建設に伴って生じる様々な問題に参加者が仰天し、それ以降、処分場建設に反対していく地域の態勢が出来上がっていきました。運動に対する参加の動機やきっかけはそれぞれ違いましたが、「処分場ができれば大変なことになる」という点では皆、考えが一致していました。 
 そして、この運動を続けていく中で、徐々に役員として活動に参加する人や運動に参加する住民が増え、「オール三穂田」の運動になっていきました。これは、住民団体立ち上げ時に「皆で話し合い、皆で決めて、皆で実行していく」と取り決めていたことが良かったのだと思います。 
 それに加えて、運動を共にしていく者とは決して敵対しないということです。団体内では、お互いの意見がぶつかることもあり、「どうしてあんな連中と一緒にやっていかなければならないのか。やりづらくて仕方ない」という声もありましたが、そんな時、私は「立ち向かう本当の相手は違うところにあるんだからさ」と、一人一人説得して回りました。 
 この処分場建設反対に対する裁判において、我々は「この地域には処分場を建設しない」ということを訴えました。これに対して、裁判所は「処分場は将来にわたって造らない」とし、我々が主張したことよりも一歩踏み込み、「将来にわたって」という文言を盛り込んだ和解案を提示し、結果的に全面勝利の和解を勝ち取ることができたのです。 
 この運動における経験が私の原点であり、今回の沖縄問題に対する連帯する会の活動につながっているのです。 
 
――改めて連帯する会への思い、沖縄県に対する思いをお聞かせください。 
 
(吉川) 私は、連帯する会の活動に参加される一人一人の方の沖縄県に対する思いや、沖縄問題に関心を持つようになったきっかけを大事にしたいと考えています。一人一人が沖縄県に対してどのように向き合い、どう考えているのかは、他人があれこれと口を挟むことではありません。これは運動においても同様であり、参加者の思いを尊重しつつ運動を続けていこうと思っています。そして、一人一人の沖縄県への思いをさらに深めていくためにも、沖縄問題をさらに理解していくことが必要だと感じています。そういった認識をお互いにしっかりと共有した上で、この沖縄問題に対する運動を広げていき、そして、それを一つの運動体にまとめていくことが大事だと考えています。 
 ただ、こういうことは一朝一夕にできることではなく、実際には非常に難しい面もありますので、まずは自分たちにできるところからやっていこうと考えています。そういった地道な活動を通して、一人でも多くの人が「自分に何ができるのか」ということを考えてくれるきっかけになってくれればと思っています。その中で、声を上げたいと思えば、周りに呼び掛けたり、街頭で訴えたりといった活動になるでしょうし、沖縄県に行きたいと思えば現地訪問して活動を行うだろうし、そうした連帯の輪が徐々に広がっていけばと考えています。 
 なお、沖縄問題に関する情報や活動の全てを、この連帯する会に結集させようなどという考えは持っていません。この会は、あくまでも一つの運動体であって、そこから沖縄問題を発信していこうという位置付けで結成したからです。 
 そういえば、5月16日に開催した「連帯する会」発足記念講演会の参加者から寄せられた意見の中に、こういった質問がありました。「どうして『沖縄・福島連帯する郡山の会』ではなく、『沖縄・福島連帯する会』という名称にしなかったのか。『オール福島』ということで活動するなら、『郡山』という文言を入れる必要はなかったのではないか」と。 
 しかし、私自身は当初から「沖縄・福島連帯する郡山の会」という名称しか考えていませんでした。なぜなら、この会の結成が一つの呼び水となって、福島県内に「福島市の会」とか「いわきの会」「会津の会」といった住民団体が次々結成され、将来的に全県規模の「連帯する会」結成につながっていけばいいと考えているからです。残念ながら、福島県内では我々の連帯する会に続く新たな団体が結成されるには至っていません。ただ、郡山市で連帯する会が結成された意義を検証される日は、いずれ来るものと考えていますし、そのときに我々の運動が間違っていなかったと証明されるよう、今後の運動をしっかりやっていきたいと考えています。 
 
――連帯する会の今後の活動予定を教えてください。 
 
(吉川) 直近では、6月27日にドキュメンタリー映画「圧殺の海−沖縄・辺野古」の上映会(前売券:大人1,000円、中高生500円)を行います。時間は午後2時からと午後6時からの2回上映で、場所は郡山市中央公民館です。 
 また、8月13日から15日までの3日間、名護市辺野古地区を題材とした写真展を、同じく郡山市中央公民館で開きます。 
 それから、「沖縄県現地訪問をしたい」との声が多数寄せられているため、具体的な準備を始めました。政府は今夏にも辺野古地区の埋め立て工事を強行しようとしているため、福島・沖縄両県民が互いに連帯していくことを目的に早期実現を目指していきたいと考えています。 
 その他、沖縄県との連帯行動ということで、沖縄県での現地行動に呼応し、郡山市内において、例えば横断幕を掲げて新基地建設賛成・反対のシール投票を行ったり、チラシ配布、署名活動などといった何らかの連帯行動ができないかということも検討しています。 
 
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 沖縄県と福島県の直面する問題は、沖縄県では在沖駐留米軍の名護市辺野古への新基地建設が強引に押し進められ、福島県では東京電力福島第一原発事故によって県民が見放されているという、表面的には全く違ったものである。 
 しかし、米軍基地や原子力発電施設のような「危険なモノ」「厄介なモノ」を地方に押し付け、そこに住む住民の犠牲の上に日本社会を成り立たせているという点では非常に近いものがある。 
 吉川氏へのインタビューを通じて、連帯する会が「沖縄・福島両県が抱える問題を一人一人が直視し、自分たちに何ができるかを考えるきっかけにしてほしい」との思いで結成され、その活動を通じて日本政府の政策に一石を投じようという強い意志を感じた次第である。今後も連帯する会の活動を追いかけながら、沖縄・福島両県が直面する問題を伝えていければと思っている。(館山守) 


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