2015年07月01日23時26分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

少年法の対象年齢を18歳未満に引き下げることは必要か?(1)

 2015(平成27)年6月17日、選挙権年齢を「20歳以上から18歳以上へ引き下げる」改正公職選挙法が参議院本会議において全会一致で成立した。1945(昭和20)年に「25歳以上から20歳以上」に引き下げられて以来、70年ぶりの改定である。若年層に政治参加の機会を与えることはポピュリズムの悪弊を高める危険性があるものの、本来の民主主義政治にとって必要なことであると思われる。 
 今回の公職選挙法改定は、自民党・安倍政権からすると、第一次安倍内閣(2006年9月26日〜2007年8月27日)が2007年5月に強行成立させた改憲手続法(=国民投票法)の具体的な動き出しを早める、つまり改憲手続法附則3条に基づき20歳以上とされていた国民投票の投票権者を18歳以上に引き下げる改定作業と連動した政策である。 
 改正国民投票法も、改正公職選挙法成立4日前の6月13日、参議院本会議で自民、公明、民主など与野党8党の賛成多数で可決成立している(共産、社民両党は反対)。この改定については、改憲手続きの際の公務員の政治的行為に関し、労働組合などの組織的な活動の制限を今後の検討課題として残したほか、国民投票の最低投票率に関する定めも無く、また一切議論も行われていない。したがって、改憲手続きを安易に可能とすることだけを主眼とした非民主的な手続法となる危険性が高いと危惧される。 
 
 こうした動きに合わせ、民法の成人年齢を18歳に引き下げる民法改定の議論が必要とされており、さらに、それに連動して商法、民事訴訟法、刑法、戸籍法等の改定から未成年者飲酒禁止法や未成年者喫煙禁止法の改定まで、200本程度の法律の改定が検討されるべき課題とされている。 
 問題なのは、6月18日に自民党の「成年年齢の引き下げに関する特命委員会」(今津寛委員長)が開催され、少年法の対象年齢を20歳未満から18歳未満へ引き下げる少年法改定作業を加速させることが明らかになったことである。関連する法律が多い中、少年法改定作業だけが突出する形となっている。 
 これには前段があり、今年2月、川崎市の中1男子が17歳、18歳の地元先輩3名に殺害された事件が起き、マスコミによってセンセーショナルに報道され、それを受けて2月27日、自民党の稲田朋美政調会長が「少年事件が非常に凶悪化しており、犯罪を予防する観点から少年法の改正が検討課題になりうる」と発言。さらに5月18日、先の自民党特命委員会が川崎市河川敷の現場を視察し、今津委員長が「少年法の対象を18歳未満に引き下げることも含めて検討し、今国会の会期中に一定の方向性を出したい」「刑罰を厳しくすれば犯罪がなくなるという実証は必ずしもなされていないが、悲惨な少年事件が連日起きていることは間違いなく、放置することはできない」と述べている。 
 同時期、時事通信社が行った世論調査では66.5%、産経・FNN合同世論調査では82.2%の人が、少年法の対象年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げることに賛成しているとの結果が出ているが、自民党議員にはこうした世論に迎合し、さらには世論を扇動する形の発言が多いように見受けられる。 
 
 本当に少年事件が凶悪化しているのか、または悲惨な少年事件が連日起きているのか。本当に、現代日本の青少年にとって厳罰化が必要なのか。本稿では以上の情勢を受け、感情的で雑駁な主張やパフォーマンスではなく、少年非行の実態・実情を、歴史的な経緯も含めてシリーズで報告し、現代日本の青少年にとって現実的に何が必要とされるのか、慎重・適正に考察してみたい。 
 
<「少年事件」は凶悪化していない(最近の司法統計から)> 
 
 最高裁判所統計局から毎年出ている司法統計によれば、全国の家庭裁判所で受理した少年による非行事件総数は、1985(昭和60)年の約68万件から減少し続けており、2014(平成26)年度には、戦後初めて10万件を切るところまで減少している。 
 この約30年、20歳未満の少年による非行事件は、道路交通法違反事件は約40万件から約3万件へ、一般事件(殺人、傷害、窃盗などの事件及び自動車運転過失傷害など)は約25万件から約7万件へと減少しているのが実情である。 
 では、成人を含めた事件数はどうなっているかと言えば、2012(平成24)年版犯罪白書によれば、検挙者数は約100万件であり、自動車運転過失傷害(旧業務上過失傷害、交通事故)の約70万件を除いても、一般刑法犯は約30万件となり、少年非行数より成人犯罪数の方がはるかに多いのが実態である。 
 殺人事件や傷害致死といった凶悪事件に限った場合はどうであろうか。全国の家庭裁判所で終局処理された少年による殺人事件(殺人未遂事件も含む)数は、平成21〜23年平均で、1年に約27件となっている。最近の傾向で見れば、1998(平成10)年の殺人事件(殺人未遂事件も含む)数である72件以後、これを超える少年の殺人事件(殺人未遂事件も含む)数は無く、漸減傾向にある。審判結果としては、平成21〜23年平均によれば、刑事処分相当(成人と同様の裁判を受ける)5名、少年院送致17名、保護観察2名、児童施設送致2名、児童相談所長送致1名となっている。 
 比較して、成人の第一審(地方裁判所及び簡易裁判所)で終局処理された殺人事件(殺人未遂事件も含む)数は、平成21〜23年平均で、1年に約435件となっており、死刑が4名、無期懲役が14名、有期懲役が418名となっている。成人による殺人事件(殺人未遂事件を含む)の方が、少年による殺人事件(殺人未遂事件を含む)より約16倍多いというのが実態である。 
 少し事件の内容・実態に踏み込んで見ると、統計数で示された少年による殺人事件数のうち、約6割が殺人未遂である。このことはマスコミ報道等で明示されないことが多い。殺人未遂の場合、生命に関わる重傷被害の場合もあるが、全治3日の軽傷結果に終わっていることもある。そして、少年による殺人及び殺人未遂事件の約1〜2割が「嬰児殺(未成年女子が野外やトイレなどで赤子を生み捨てる)」であり、約5〜6割が「親殺し、もしくは祖父母や兄弟姉妹殺し」といった家庭内での殺人(殺人未遂を含む)である。残りの2〜4割についての大半は「交友関係(先輩後輩関係を含む)内での殺人・殺人未遂」であり、成人による殺人及び殺人未遂事件と比べるなら、少年の生活世界の範囲が基本的に狭いことを示している。 
 したがって、いわゆる「通り魔殺人」といった、何の落ち度もない被害者を突然、身勝手な理屈や妄念に基づいて死に至らしめるような殺人事件は、少年の場合、1年間に0〜3件程度しか起きていない。前記した家庭裁判所による審判結果は、こうした少年による殺人及び殺人未遂事件の実態を反映してのものと考えられる。 
 ここまでの小結論としては、最近の司法統計から見た場合、「少年事件が凶悪化している」実態も、「悲惨な少年事件が連日起きている」実態も無いと言わざるを得ない。冷静に、ごく常識的に考えても、少年による殺人及び殺人未遂事件には、例えば保険金目的の殺人や交換殺人、第三者に依頼しての殺人といった事件は皆無である。「通り魔殺人」といった事件も成人の方が多い。概して、成人による殺人事件の方が、殺害・致死率も高く、計画的で悪質な事件となっている。あまり指摘されないことであるが、少年による殺人及び殺人未遂事件は、少年の生活世界が狭く、非計画的なため、検挙される率が高く、自供も成人に比べて容易にしてしまうのである。ならば、なぜ政権を担当する国会議員が少年の凶悪化を繰り返し誇張するのか、非行少年をイメージする大人の側が抱く少年像に偏りは無いのか、また、マスコミ報道の在り方に問題は無いのかといった点が問題となる。 
 次回は、日本の戦後70年の中での少年非行の歴史的変遷について報告したい。(伊藤一二三) 
 
<参考文献> 
 
公益財団法人矯正協会 
・研修教材「統計で見る刑事政策(三訂版)」2013年9月20日発行 
 
中央公論2015年5月号(特集「18歳は『成人』か」) 
・「少年法で非行少年の9割が更生する」(河合幹雄桐蔭横浜大学法学部教授) 
・「『子ども』と『大人』を分かつもの」(内田樹神戸女学院大学名誉教授) 
 
世界2015年5月号 
・「少年法の見直し論に関する若干の考察」(吉開多一国士舘大学教授) 


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