2015年07月08日15時27分掲載  無料記事
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科学

【核を詠う】(189) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)から原子力詠を読む(2) 「みずみずしい色白頬の孫娘被曝はありや福島に住み」 山崎芳彦

 『福島県短歌選集』を読み、福島第一原発事故の被災によって、生きるうえで様々な面にわたって深刻な状況が続いていることを表現している短歌作品を記録しているのだが、その人々の苦難をよそに、安倍政府と原子力推進勢力は「原子力発電復活」つまり福島原発事故以前の原子力発電の状態に回帰する政策と事業方針の具体化を進めている現状を考えると、この国の政治経済支配権力の底の抜けた堕落と腐敗に怒りを禁じえない。いまこの時、耐え難いほどの原発事故被害に苦しみ、苦しみながら生きている多くの人々が居て、しかも原発の過酷事故がもたらす災厄は人が生きる環境を根底から破壊するほど巨大であり、時間軸で見れば計り知れないほどの長期にわたることが明らかにされているにもかかわらず、あたかも原子力発電が人々の生きるための前提、必須条件であるかのように、原発稼働ゼロの現状から事故以前、あるいはそれ以上の原子力発電体制の構築のための「流れ作業」が進められている。 
 
 政府は見せかけの復興を唱え、放射線被害は極めて小さく見せかけ、あたかもなかったかのごとく振舞い、被害者補償の削減・打ち切りを企み、放射線対策の縮減しながら、無責任な避難者帰還政策を進めている。そして新たなリスク負担の押し付けを全国的に広めている。 
 考えても見よう。福島第一原発の事故の収束は何ひとつ進んでいない。メルトダウンした核燃料(デブリ)の在り処や態様は皆目わからないで、廃炉の机上の計画だけがある。とどまることのない核汚染水があふれ、それがどこでどのように作用しているか、海に生きる生物に何をもたらしているのか、森林や河川、大地を汚した放射線はどうなっているのか、不幸にして放射線を体内に取り込んでしまった人々のこれからは・・・。使用済み核燃料や核汚染物質の幾千万年単位の管理のあり方はどうするのか。 
 福島原発事故とそれによる人々の受難はなかったことにしようとしているのだ。それは、同じことを繰り返すことだ。事故を起こさない原発は無い。そしてその事故の結果を償うことはできない。 
 これは、「戦争法制」を「国民の安全と幸福追求の権利を守る」ための「安保法制」と欺瞞を重ねて、「戦争をする国」づくりを進める安倍政権とその同調勢力の許しがたい暴挙と重なる。 
 
 ところで、筆者はこのひと月ほど、まだ若かったころ読んだことのある小説について、誰の作品で、どんな題名であったか、それをどこで読んだかについて記憶をたどっていた。短編の私小説であり、芥川賞のかなり以前の受賞作家であったことは覚えているのだが、それが収録されている本を持っているかどうかも定かではなく、ただ、その小説の中に、身近な植物や生きものの変容、自然環境にかかわって原子力、核のことについて触れた部分があったこと、それを読んだとき強い印象を受けたことが、なぜか思い出され気になって仕方がなかった。 
 そこで、早い時期の芥川賞受賞作家名を調べながら、私小説の作家で、筆者が若い時期によく読んだ尾崎一雄ではないかと思い当り、彼の作品名を調べていって、『虫も樹も』という題名を見つけて、急にはっきりと思い出した。昭和40年の作品(雑誌「群像」8月号に発表)であり、講談社から同名の単行本が刊行されていることが分かった。筆者の本棚を探したら、1992年に出版の講談社文芸文庫の尾崎一雄中短編集『まぼろしの記 虫も樹も』があり、その中の「虫も樹も」を読み返した。これだった。 
 少し長くなるが、その一部を引用させていただくことにした。この作品が書かれた時代に、「私小説作家」と評されていた一人の小説家が核爆発のこと、熱源としての「核燃焼」の恐ろしさについて数十年前に書いていたことを思うと、福島原発事故を経験したにもかかわらず、いま原子力発電の推進を図る者たちの退廃と愚劣、反人間的本質をむき出しにした跳梁を許してはならないと、改めて考える。 
 
   ▼尾崎一雄「虫も樹も」より。 
  (略) 五、六年前に妙な夢を見たことがあった。夢なぞいちいち覚えて 
 いてもしょうがないし、実際には片はしから忘れて了うが、そのときの 
 夢は変わっていたので、今も記憶にある。 
  ――裏庭へ出て菊の花を見ていると、それが、とういうわけかドンド 
 ン大きくなっていく。花の直径四寸位だった奴が、見る見る一尺を越え 
 る大きさになっていく。そこでうろたえて、 
 「おオい、来てみろ。菊の花が変だぞ」と家人を呼び立てた。 
 「何ですか?」云いながら側へやってきたのを見ると、目が一つしかない。 
 びっくりして、 
 「おいどうした。目が一つ失くなっているぞ」というと、 
 「あ、これですか、あたしは目にきたんです。あなたは耳にきましたね。 
 昨日の夕刊に出ていたじゃありませんか」と落着いている。 
  そこで急いで耳のところへ手をやってみると、それが両方共無い。 
  おやおやと思っていると、近所の人たちがぞろぞろやって来た。見る 
 と、どれもこれも、目が一つだったり、鼻が無かったり、頭の毛が無か 
 ったり、手が棒のようになっていたり、つまり百鬼夜行(ひゃっきやこう) 
 のかたちなのだ。その人たちが、口々に、 
 「昨日の夕刊に出ていた通りだ。全生物が突然変異を起こしたんだ」と 
 云っている。私は、 
 「ああそうか。とうとうそういうことになったか」と思った。そして目 
 が醒めた。 
  何故こんな夢を、とその時考えて思い当たったのだが、なんでもその 
 時分、どこかで核爆発の実験が行われて、それにおびえたらしいのであ 
 る。 
  ――人間を含めての動物や、また植物に、突然変異という現象がとき 
 どき起る。昔からのことである。その原因を、宇宙のどこかで太古(たい 
 こ)から不断につづけられている核爆発の影響が地球に及んでのことでは 
 ないのか、などと空想したのだ。そこへもってきて、地元の地球で人工 
 的に核爆発がさかんに行なわれるようになったら、いったいどうなるの 
 だろう、と思った。それに平和産業用熱源として、核燃焼がいずれは石 
 炭や油にとって代わるだろう、と云われる。そうなったら、何百年かの 
 のちには、地球上に現代の生物とは違った何かが住む、ということにな 
 りはしまいか――そんな妄想が夢になったのに違いない。(略) 
  いったい、どういうことになるのだろう。 
 (どうなったって俺のせいではない。) 
 (そうは云わせない。お前だって人間という身の程知らずの奴の、はしく 
 れではないか。) 
  (以下略) 
(なお、引用のなかで、ごく一部だか表記が原文と異なっている。縦組みの原文を横組みにしたため、「見る見る」などについて繰り返しの記号が使用できなかったためである。) 
 
 尾崎一雄の短編小説「虫も樹も」から、核について触れている一部分を抽いた。この小説について、作家の中野孝次は、 
「尾崎さんの凄いところは、庭に来る虫や畑の成りものやそんな日常の瑣事の観察が、そこからまっすぐ伸びて宇宙的といっていい関心にまでつながっているところである、と私には思われた。(略)この『虫も樹も』の書かれたのは、今日のように環境保護だのエコロジーだのの社会的問題になる以前の1965年である。その時代に自分の小さな日常体験を通じて、すでにそのことを警告していたのが尾崎一雄だったのである。(略)」などと「晩年の尾崎さん」と題する解説を、講談社文庫版の『まぼろしの記 虫も樹も』に書いている。この小説の通りであれば、夢を見たのは五、六年前と云うのだから、1960年の頃見た夢ということだ。畑の作物の変わりよう、虫や樹の変化が、人間の都合による農薬や殺虫剤の使用その他の自然界に対する介入の歴史の中で起こっていることを考え、そして核の問題にまで思いを広げている。 
 短歌人も含めて文学者の持つ想像と創造の確かさを大切にしなければならないと改めて思う。 
 数十年前に読んだ小説(筆者がこの作品を初めて読んだのは、おそらく当時購読していた月刊誌「群像」だったろうと思う。)の記憶を追いかけて、尾崎一雄の作品にたどり着いた筆者の感慨をこめての、原子力詠を読む拙い取り組みのなかの私事を記してしまった。 
 
 前回に続いて『福島県短歌選集』(平成25年度・26年度)の原子力にかかわる作品を読ませていただく。なお、この選集は福島県歌人会所属の歌人ひとり10首の作品を収録していることを書き忘れていた。その中から、筆者の読みによる原子力詠を抄出させていただき、記録しているのである。不備不行き届きについてはご容赦をお願いするしかない。 
 
 
  ◇今泉暁美◇ 
「『フクシマ』を枕詞に言ふなかれ」友の一首は毎日歌壇に 
他県より求めし榾木届きしと一から出直す覚悟もすがしく 
原発の避難先より集ひ来て「さびしいカシの木」歌ひてゆけり 
我ら歌ふ「明日という日が」いくばくの激励支への力となれよ 
太陽系の外まで分かる世となりて拗ねるごとくに天地は揺れる 
                    25年度 4首 
校庭は二度除染され新しき鉄棒ぶらんこ子らの賑はひ 
                    26年度 1首 
 
  ◇岩間裕子◇ 
何事もなかったかのように汚染した土は埋められ赤い杭残る 
                    26年度 1首 
 
  ◇内海吉子◇ 
待ち待ちし春の恵みのコシアブラわが喜多方産は線量高し 
                    25年度 1首 
 
  ◇梅津典子◇ 
セシウムを忘れて洗ふさ緑の絹莢に福島の夏匂ひたつ 
「風立ちぬいざ生きめやも」と書く短冊を立夏の朝(あした)風鈴に吊る 
                    25年度 2首 
 
  ◇海老原 廣◇ 
避難先四たび変へしと事もなげに言ふ人あり万葉歌会に 
『原発から二十三km.』と表示して総合病院あり外来の混む 
                    25年度 2首 
『中間貯蔵施設』成る日はいつならむ帰還と現の間(はざま)に揺れて 
本施設いまだ無きゆゑ一帯の除染の遅れにおらぶ声あり 
使用済核燃料のタンクよりたびたびの汚水洩れありて歎きはつづく 
今年亦田圃の作付け中止といふ嘗て無きこと四年つづくは 
山里の飯舘村は密(ひそか)にて人気なしといふ過り来し人 
                    26年度 5首 
 
  ◇遠藤たか子◇ 
拾ふ者ことしもあらぬか掃き寄せて線量値すこし高いぎんなん 
燃料棒とり出す朝を大いちやうぴしつぴしつと銀杏降らす 
                    25年度 2首 
0・11(μGy/h)ならばよいかと歩きだす公園しきりに飛蝗の跳べる 
放射能に追はれて逃げし日のありき路面の亀裂をくるまに越えて 
避難せし生家の食器、食器棚いかになりしか三年を経て 
                    26年度 3首 
 
  ◇遠藤雍子◇ 
さくら咲く帰還困難区域前とほせんばう背に写真撮るひと 
原発ゆ避難の家の食べかけの映像ながる時間とぢこめ 
除染せし土や落葉のゆく末やいづこへゆくも消去のできぬ 
原発の事故に余儀なくばらばらになりし家族を輪に包みたし 
魚市場がらんどうなり水揚げに競りにと賑はふ日の早く来よ 
幸多くもたらす海に還れよと嘆きの残る洋に祈れり 
                    25年度 6首 
あんぽ柿の出荷可か不可教へ子の便り届かず如月に入る 
東京の雑踏安けし原発の事故の憂ひのかけらとてなく 
屋内の遊び場に来て遊ぶ子ら地に着き風の子となるはいつ 
地区すべて除染終へしか砂粒が光を返ししんと静もる 
恐ろしき津波・原発忘るまじ脈々伝へよ子らへ孫へと 
                    26年度 5首 
 
  ◇大方澄子◇ 
わが老いて恐怖と不安にあけくれし日々の生活消極となる 
屋外活動の制限により児童らの肥満の増ゆる連鎖はつづく 
母乳にて子を育てゐる嫁あはれ日々の食事に苦慮するみれば 
原発より四十粁なるわが町に避難するあり去りゆけるあり 
地区あげて避難し得ざる学童の一人のみなる運動会あり 
二年九箇月過ぎて帰還困難の地域変らずまた冬となる 
わが孫の喃語もときにあはれなり収束四十年とふ世を生きゆかん 
避難生活に伴ふ震災関連死千五百人余の現実のあり 
                    25年度 7首 
わが庭の芝生の線量測りつつ歩きそめたる孫を遊ばす 
福島に生きる宿命負ひにつつ季の移りに身をしゆだぬる 
若きらの帰還少なく過疎となり村の廃校今年もつづく 
放射線にかかはりありや百日紅かつて見ぬまで紅きこの花 
                    26年度 4首 
 
  ◇大川原幸子◇ 
ベクレル値高きに今年も捥がざりし梅の実枝に甘く香れり 
一本の立木も見えず並び建つ仮設住宅に夏の日は射す 
                    25年度 2首 
避難中の飯舘村議の選挙とふ知らぬ名前のポスター貼らる 
                    26年度 1首 
 
  ◇大越貴子◇ 
除染すと枝伐られてもカンツバキ一月尽の花として咲く 
                    26年度 1首 
 
  ◇大越光子◇ 
震災でタスキを渡す夢破れ老いの身で守る広き田と畑 
                    25年度 1首 
セシウムを気にし菜園夏野菜昔ながらの糠(ぬか)漬にする 
                    26年度 1首 
 
  ◇大谷湖水◇ 
モニタリングポストの数値の僅かなる変化に心波立つ今も 
燃料棒取り出し始まるニュース聞く朝は布団を干すをためらふ 
夕暮れに異星人めく赤き目を光らすモニタリングポストは 
                    25年度 3首 
 
  ◇大槻 弘◇ 
仮設地に点る冬の灯まばらなり一時帰宅の人らの家か 
飯舘の人なき村をさまよへる牛の名呼べば寄り来るもあり 
東日本震災あとの福島の子供らはやや肥満なりしか 
                    25年度 3首 
しんしんと降りつぐ雪に傘かしげ原発事故死者の墓に香焚く 
東日本震災あとの福島の子供らはやや肥満気味とふ 
飯舘の田畑に向日葵咲き盛るセシウムあまた吸着させむと 
「森に沈む」福島県の山林の除染なる日はいつ日ならむ 
長野県の震度6弱が伝はりて3・11のフラッシュバックす 
                    26年度 5首 
 
  ◇大庭輝夫◇ 
引き揚げの列車停まりしホームから焦土茫々これがヒロシマ 
除染ゴミの仮置場さへ決まらぬにおほつごもりは二度めぐりくる 
フクシマをハッピーアイランドと歌に詠みし作者も評価する歌壇も悲し 
がらくたのやうに人々は「ガレキ」と言ふかの日まで家族の宝なりしを 
イノシシも出荷制限ふるさとのフクシマの野山セシウムまみれ 
                     25年度 5首 
 
  ◇大部里子◇ 
六号の大熊富岡通行すピピピと耳に告げる放射線量値 
                     25年度 1首 
 
  ◇大和田元子◇ 
折り紙に避難生活癒やされぬ仮設の部屋のにぎわいの増す 
通夜の席に音沙汰のなき人々と避難三年の春弟送る 
寄りかかる壁の冷たさこと更に仮設で古希を迎える身には 
戻りたいけれど戻れずと古里に近くて遠き町に住みおり 
                     25年度 4首 
 
  ◇岡崎タキ子◇ 
「さすけねえ」と言われつつも原発のトラブルのたびに不安の募る 
原発の汚染水漏れに苛立てりいたちごっこと前途憂える 
風にのり祭りと太鼓の聞こえくる里に干し柿のすだれもどるや 
                     25年度 3首 
 
  ◇奥山 隆◇ 
高圧水に除染終へたる舗装路の裂目に二度萌えの蒲公英の花 
炉心熔融(メルトダウン)に亡びし夜明けを思はしめ河口に昇る琥珀色の太陽 
原子炉より流す汚染水に侵されて奇形の近海魚生まれをるべし 
埋立地に棟を寄せ合ふ仮設住宅のいづこも軒に玉葱吊るす 
                     25年度 4首 
放射能に追はれて学びし仮校舎に今日卒業生らの歌ごゑひびく 
子燕の巣にあふれつつ育ちゆく命を見守る被曝地にして 
ひこばえの既に黄ばめる放置田に砂混じり吹く八月の風 
                     26年度 3首 
 
  ◇小貫信子◇ 
「除染中」の立て札のある県境を越えて塗装の現場に向かう 
                     26年度 1首 
 
  ◇小野木正夫◇ 
震災後の祐禎さんの歌を乞ふ君へ新アララギより吾コピーせり 
                     26年度 1首 
 
  ◇小野利明◇ 
一面に休み田つづく飯舘の畦に咲きたる曼珠沙華の花 
台風の強風ありて放射能のセシウムの値弱くなりしか 
                     25年度 2首 
 
  ◇小野洋子◇ 
不都合なる情報は小出しに聞かさるる放射能汚染水海に漏るるも 
海のある町の子供ら海遊びの記憶うするるままに育つか 
放射能検査済みですの言葉添えられてかつお一尾届けられたり 
                     25年度 3首 
海の気は夏風となり届きしも海開かれぬ四年目の夏 
いくばくのセシウム付けて漂うか崩れしままの岩間の藻草 
JR常磐線の復旧のいまだ成らずに三年を経つ 
常磐線の不便をかこつ被災地にリニアの話題は夢のごとしよ 
                     26年度 4首 
 
  ◇小原富子◇ 
みずみずしい色白頬の孫娘被曝はありや福島に住み 
原発の爆ぜて三年半が過ぎ住民誰もが正解持たず 
                     26年度 2首 
 
 次回も『福島県短歌選集』を読み続ける。       (つづく) 


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