2015年07月09日18時33分掲載  無料記事
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教育

「そもそも教養って何でしょう?」 経営コンサルタントが説く<教養>の定義

  朝日新聞の3月4日の<争論>「文系学部で何を教える」という特集で経営コンサルタントとの冨山和彦氏と名古屋大学準教授の日比嘉高氏がそれぞれ対立の立場で意見を投げていました。 
 
  冨山氏の持論はこうです。日本経済は世界のトップを相手に闘う自動車、電機、ITなどの大企業中心のグローバル経済圏と、交通や飲食、福祉などの地域に根差した中小中堅のローカル経済圏とに二分化されている。従って後者の担い手を輩出するローカル大学には「学術的な教養にこだわる従来の文系学部のほとんど」はいらないと言うのです。そして文科省の有識者会議でも持論を訴えてきたと言っています。 
 
  冨山氏はさらにこう言っています。 
 
  「そもそも教養って何でしょう。教養、つまりリベラルアーツの本来の定義はプラトンの時代から、人間がよりよく生きていくための「知の技法」でしょう。それが現代では、たとえば簿記会計になるんです。実社会を生きていく上で確実に役に立ちますから」 
 
ここで冨山氏のあげているリベラル・アーツは現代の簿記会計なのか、というのが筆者がひっかかった点でした。Weblio辞書ではリベラルアーツについて、次のように述べられています。まず一番トップで出てきた説明が次のようなものです。 
 
(職業または専門技術よりむしろ)一般的な知識と知的な技能を与えることを目的とした学問 
(studies intended to provide general knowledge and intellectual skills (rather than occupational or professional skills)) 
 
  そのほか、いろいろあります。 
 
 <リベラルアーツ, 文系, 学芸, 文科系, 人文科学> 
 
 <リベラル・アーツ(英: liberal arts)とは、ギリシャ・ローマ時代に理念的な源流を持ち、ヨーロッパの大学制度において中世以降、19世紀後半や20世紀まで、人が持つ必要がある技芸(実践的な知識・学問)の基本と見なされた自由七科のことである。> 
 
  <liberal arts pl=those areas of learning that require and cultivate general intellectual ability rather than technical skills; the humanities> 
 
  リベラル・アーツには様々な意味がありますが、上の英語の説明ではテクニカルなスキルよりも、むしろ一般的な知的能力の開発のことを意味すると書かれています。この意味合いであれば、冨山氏の言っているような<リベラルアーツは現代では、たとえば簿記会計>という解釈には疑問の余地があるのではないでしょうか。 
 
  一方、日本語の説明を見ると、人が持つ必要のある技芸(実践的な知識・学問)の基本と見なされた自由七科のことである、とあります。実践という言葉が出てきますが、この場合はどのような意味なのでしょうか。 
 
  そこでブリタニカ国際百科事典によると、<自由七科>の説明は次のようなものとされます。 
 
 「中世の西欧において必須の教養科目とされた7学科。文法,修辞学,弁証論 (論理学) から成る初級の3科 triviumと,算術,天文学,幾何学,音楽学の上級4科 quadriviumで構成される。」 
 
  これを見れば論理学や修辞学、文法あるいは算術・幾何学など人間の基礎的な知力の発達を狙った一般教養に属するものばかりです。土木工学とか、治水術とか、錬金術のような専門技術ではなく、様々な専門技術の前提となる一般的な知識・教養を意味するのではないでしょうか。ここから冨山氏の言っているような解釈は難しいし、むしろまったく逆なのではないでしょうか。 
 
  また世界大百科事典には<自由七科>は次のように述べられているそうです。 
 
 「ヨーロッパの中世大学における科目群。英語ではリベラル・アーツliberal arts。自由学芸とも訳され,思想的源流としては,古代ギリシアの,肉体労働から解放された自由人にふさわしい教養という考え方にさかのぼり,実利性や職業性や専門性を志向する学問と対立する。」 
 
  ここには<実利性や職業性や専門性を志向する学問と対立する>とはっきり書かれています。冨山氏の説明に対する疑問が募ります。 
 
  冨山氏の発想は次のようなものです。 
 
  教養 =  リベラル・アーツ 
    =(本来の定義)プラトンの時代から、人間がよりよく生きていくための「知の技法」 
   ・・・→(現代ではたとえば)簿記会計 
 
  しかし、先ほど見たように、リベラル・アーツの意味をたどると冨山氏の解釈とはむしろまったく逆ではないか、と思われるのです。私は冨山氏がローカル大学は実学だけせよ、という意見を持っておられるなら、それはそれで本人の自由だと思うのですが、リベラルアーツという言葉を持ち出すなら(プラトンまで引っ張り出すなら)、その本来の意味を捻じ曲げてはいけないのではなかろうか、と思います。戦争は平和である、と言い換えることが間違っているのと同様の意味で。 
 
 
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