2015年08月09日22時32分掲載  無料記事
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文化

セルビアの旅 『バルカンのスパイ』を5都市で公演2 公家義徳(俳優・演出家)

   セルビアの国民的作品『バルカンのスパイ』を日本人がどう演じるのか、注目が集まった。およそ10日間の公演で集まったメディアは150社にもおよび、演出の杉山剛志は毎日朝からテレビ出演、記者会見、セルビアで一躍時の人となる。 
 
  日本を発つ前にはこんなこと想像もしていなかったのだから、ぼくたちは驚き、そして非常に興奮した毎日を送ることになった。『バルカンのスパイ』はセルビアではもちろん舞台化されロングランされた作品ではあるが、なによりも映画が有名だ。その辺のキヨスクにだって置いてある。毎年必ずテレビ放映されるほどセルビアの地に根付いた作品なのだ。1980年代の映画だが若者たちにも人気で、たいていの人が物語の台詞をいくつも暗記しているという。 
 
杉山剛志演出の『バルカンのスパイ』は台詞のカットはあるものの、脚本にはほぼ忠実、舞台美術の加藤ちかは背景にスクリーン、舞台は下手前にソファ、舞台奥に黒電話、コートハンガー、上手前にテーブル、その上に照明をぶら下げただけの簡潔な装置を作り上げた。空間をいかした抽象的な表現と、杉山流の遊びをふんだんに用いた舞台構成は観客を飽きさせない。字幕はスクリーンセンターに映し出された。 
 
  セルビアでの初日は物語の作者であるデュシャン・コバチェビチ氏の劇場、ズベーズダラシアターでの公演。否が応でも気持ちが高ぶってくる。客席は満員、あちらこちらから興奮が伝わってくる。そして幕が上がる。上演中、ぼくは不思議な経験をした。というのは、まるで客席が物語を導いてくれるようなのだ、こっちだよ、こっちだよとぼくに語りかけてくる。彼らはなにかを期待して待っている、彼らはぼくたち以上にこの物語を知っているのだ。客席と呼吸を合わせれば、ひとつずつ、ぼくの知らないなにかがつかめてくるような気がしてくる。 
 
  それにしても彼らはよく笑う。長い歴史の中で戦争ばかり繰り返してきたこの国の人たちのまなざしは情熱的でとても温かい。満場の拍手の中、初日の幕を下ろすことができた。「恐れるな、なにも心配することはない、セルビア人は君たちを批評するためにここに来るのではない、彼らはこの物語を日本人が上演するのをただ楽しみにして劇場に足を運ぶのだ」と、リハーサル終了後に劇場芸術監督のアシュケさんがぼくたち俳優陣に語りかけた言葉が思い出される。 
 
  在セルビア日本国大使館、セゾン文化財団、JTインターナショナル、現地スタッフ、日本やフランスからもボランティアで駆けつけてくれた仲間たちの支えがあってこそ実現できたツアー。この旅で出会ったすべての人たちに、心より感謝の気持ちを申し上げたい。 
 
寄稿 : 公家義徳(こうけよしのり) 
      東京演劇アンサンブル 俳優・演出家 
 
 
■セルビアの旅「バルカンのスパイ」を5都市で公演 1 
 公家義徳(俳優・演出家) 
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