2015年09月06日00時53分掲載  無料記事
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コラム

クラリネットの思い出 野崎剛史(クラリネット奏者)

  クラリネットをかれこれ50年以上も吹いていますが、まず、この楽器を始めたきっかけについて話さなければなりません。中学生の時に音楽部に入りフルートを吹く先生がいて吹奏楽部をつくることになりました。楽器は数えるほどしかなく、幸いクラリネットが1本余っていたので、好きとか嫌いとか言う余裕はなく、その楽器を家に持って帰り吹いてみました。それは日管製(当時のメーカー)のひどい楽器でリードはついていましたが、なかなかすぐには音が出ず、悪戦苦闘した結果、始めて音が出たときは大きな喜びを味わいました。 
 
  その頃、ラジオに流れてくる外国の音楽、アメリカのジャズ、ポピュラーソング、タンゴ、シャンソンまたマンボ、ルンバなどのラテン音楽などが溢れていました。エルビス・プレスリーやポール・アンカなどが流行っていた時代です。その中でも特に心ひかれる音楽がありました。その当時流行ったスイング(ジャズ)です。クラリネットのベニー・グッドマンのビッグバンドとの演奏には夢中になりました。クラシック音楽の殿堂であるカーネギーホールで初めてジャズの演奏をしたという実況録音盤は当時25cmのLPで出ていて、それを買いに行き、その音楽をレコードがすり切れるくらい何度も聴いていました。また、当時上映されていた「ベニー・グッドマン物語」はグッドマンの半生を描いた映画で、その格好良さにすっかり刷り込まれ状態でした。その後グッドマンのレコードを45cmのシングル盤を含めてたくさんの演奏を聴いた記憶があります。また音楽を聴いて真似事をしていたのを覚えています。 
 
 ある日、偶然グッドマン演奏のクラシックのLPを見つけました。そのころクラシックには殆ど興味はなかったのですが、ベニ−・グッドマンと書かれたジャケットを見るとモーツアルトのクラリネット協奏曲とクラリネット五重奏の2曲が両面に入っていました。後で知ったのですがオーケストラはシャルル・ミュンシュ指揮のボストン交響楽団という世界でも一流の楽団でした。モーツアルトという作曲家の名前は知っていましたが、それはジャズとは違う美しい音でクラシック音楽を吹いてるではありませんか。これも偶然のもう一つのきっかけが生んだ経験でした。これ以来、自然とクラシック音楽に傾いていきました。 
 
 その後、音楽大学に入り、在学中にベルリン・フィル、ウイーン・フィル、ロンドン交響楽団などを聴きに行き、今ほど多くないオーケストラの来日する中で、フランス放送管弦楽団(現在のフランス管弦楽団)を聴きに行く機会がありました。そこで吹いていたクラリネット奏者(ギイ・ダンガン)がフランスのイメージにはない素晴らしい音だったので演奏会の終了後、楽屋に行きレッスンをして欲しいと頼んだところ、明日の午前中にホテルに来るように言われ、幸運にも彼のレッスンを受けることができました。2年間私のところに来れば上手くなると言われて、すっかりその気になってしまったのです。留学するために5年間中学校の講師をやって資金をつくり、憧れのパリ留学をしたのでした。 
 
  パリに行ったもう一つの理由は、学生のころ「ヨーロッパ像の転換」という本に出会いその中のヨーロッパの個人主義を読んで考えさせられる事があり、実際にヨーロッパを経験しなければならないという思いが膨らんできたことでした。書物を読むのはたいへん大切ですが、理屈だけの世界では成り立たない部分があります。特に芸術、音楽、文化に関しては、実際そこに行って見て聴いてその空気を吸い、肌で感じる必要があると、その当時は思ったのです。 
 
  その後、日本に帰ってから、東京佼成ウインドオーケストラという吹奏楽団に入って30年以上クラリネットと共に過ごしてきました。その間、国際クラリネットフェストにも多数参加して、ヨーロッパ、アメリカでたくさんのクラリネット奏者に出会いました。また2005年には念願の国際クラリネットフェストin多摩・東京を開催し、プログラムディレクターを担当して、世界のアーティストが集まる中で国際交流を深めてきました。これは人生の中で一つの大きな出来事でした。ジャズのバディー・デ・フランコに出会ったのもこのときです。その他エディー・ダニエルスと日本の先端をいくジャズクラリネット奏者たちとのセッションは2度と聴けない素晴らしいジャズのシーンでした。このときデ・フランコは82歳、北村英治さんは76歳でした。これに大きな刺激を受けたのは言うまでもありません。 
 
  この歳になってクラリネットという楽器に出会ってたいへん幸せだと思うようになりました。これからもできる限りこの魅力的な楽器を吹いていきたい。私のクラリネットとの思い出の一端でした。 
 
寄稿 野 崎 剛 史 ( クラリネット奏者 ) 
 
※野崎剛史さん 
  東京芸術大学卒業後、渡仏。パリ市立音楽院にてクラリネットを学ぶ。またフランス国立管弦楽団の首席クラリネット奏者ギイ・ダンガン氏に師事した。帰国後、東京佼成ウインドオーケストラで演奏活動を続けた。またジャズサックス奏者の坂田明、クラリネット奏者の鈴木良昭、ピアニストのF.R.パネ、谷川賢作らとジャンルを越えた音楽活動も試みている。 
 
※ギイ・ダンガン(Guy Dangain) 
  フランスのクラリネット奏者、教授としても著名。フランス国立管弦楽団で30年間クラリネットの首席奏者として活躍し、のちにパリ国立高等音楽・舞踊学校の教授として後進の指導に取り組んだ。 
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