2015年09月06日18時06分掲載  無料記事
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コラム

首相をめぐるミステリー

 ミステリー小説が好きという人は少なくない。私も子供のころからシャーロック・ホームズに夢中だったし、現代日本のテレビでも、ミステリーやサスペンスは大流行である。 
 ミステリー小説というのは「何らかの事件(出来事)の謎を、占いなどではなく、知的・合理的推理によって解明する」のが基本であり、1841年、米国のエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」によって初めて作品化されたというのが定説である(その数ヶ月前に連載が始まった、英国のチャールズ・ディケンズの「バーナビー・ラッジ」が最初という少数説もある)。 
 小説全般に言えることであるが、小説という文学形式が成立するには、近現代国家に民主主義が生まれ、個々の人間の意見・主張が尊重されることと深く関係している。 
 
 老いぼれなので、話が古くなって恐縮であるが、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの空爆を受けていた英国では、公立図書館が活動出来なくなっていた。それでも、防空壕に暮らす国民のために、ミステリー小説だけは貸出しが続けられた。さすがミステリー大国の矜持である。当時の英国首相はウィンストン・チャーチルであった。 
 また、当時の米国では、小説はもちろん、ピノキオやダンボといったアニメが製作・上映されていたのだから、別世界と言ってよい。 
 それに対して、独国のヒットラーも、伊国のムッソリーニも、出版規制をかけ、特にミステリー小説を目の敵にして禁書とした。 
 当時の日本も「欲しがりません、勝つまでは」の世情であり、実学と無縁のものとしてミステリー小説は嫌悪され、抑圧されていた。 
 
 さて、現代日本の安倍自民党総裁である。 
 
 NHKとテレ朝に「中立公正」を求めての国会呼出しを行なっているし、都道府県知事選挙、地方自治体選挙においても、過敏・過剰なほど「中立公正」報道を求めてきた。 
 彼はミステリー小説が好きであろうか。私には全く情報は無いが、嫌いなのではないかと思っている。権力の座にあるものが、「中立公正」を求めるという名目で報道機関に介入することは、強圧・脅しに他ならない。おかしな形で危機感を煽り、政権への批判的な言論を許さないというのは、独裁志向・軍国政策の顕在化であることは、先の歴史が証明している。(伊藤一二三) 


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