2015年10月21日11時16分掲載  無料記事
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コラム

家族の肖像 あえて単純モデルを考えてみる

  夏に全国で安保法案に対する抗議運動が広がったとき、メディアで中心的に取り上げられたのが大学生たちによる運動だった。若者たちの運動について年金世代の人々が熱い眼差しを送り、未来への希望ととらえていたことも記憶に新しい。 
 
  その一方で若者への温かい眼差しとは裏腹に、中年世代、あるいは企業や公務における現役世代、中堅世代に対してはむしろ現実肯定、政治変革への意志不足といった風な眼差しがあったと思う。 
 
  経済学ではしばしば錯綜する複雑な現実をモデル化して考えるが、この日本の政府批判の運動についても経済学に習って単純化してモデルを考えてみよう。その場合に、選挙権を持った人々について3つのカテゴリーを考えてみる。 
 
 ー禺圈
 中堅世代 
 G金世代 
 
  この3つの世代を考えてみると、,鉢が安保法案に反対して大衆行動を行っている。が,縫─璽襪鯀る一方、△慮従肯定的態度に批判的である。つまり、,鉢が近しく、間の△欠落している。 
 
  ところで単純化したモデルでは、大学生の学費を工面しているのは△涼羞世代であろう。中堅世代は若者の生活費や学費を払い、住宅ローンなども工面しなくてはならない。したがって、日本経済の力学の下に生きている。個人的にどう考えているか、選挙で誰に投票するかとは別にして、ここでは政治的意志の表明や政治行動について考える。 
 
  一方、年金世代はもはや雇い主の意向を気にせずとも政治的活動がしやすい。現役ジャーナリストが、あるいはジャーナリズム産業に雇われる者が自由に報道したり、意見表明したりすることが難しいのとは違って、年金世代のジャーナリスト、あるいはOB世代は現在のジャーナリズムを批判することも比較的たやすくできるのではないだろうか。 
 たとえて言えば核抑止論を否定する言明を行ったのは米軍の元将軍であり、現役時代は核抑止論のもとで生きてきた人々である。退役して年金世代になれば本音を表明することも容易となる。 
 
  学生の場合は就職という点で、政治的言動を脅されるケースも報じられたが、「現在」の状況としては中堅世代に比べれば日本経済の力学から一応、切り離されて自由に政治的意見を表明しやすいだろう。 
 
 1つの家族にこのような3つの世代が同居しているとしてみよう。祖父(祖母)、父(母)、子供の3つの世代である。その場合に家族の中で,鉢△鉢が顔を合わせて、政治を論じ合うことはありうるのだろうか。自分が乗っかっている経済構造を無視したまま、政治的主張をすることは相手との水掛け論になりやすいし、世代間、政党間を超える大きな政治活動を行う場合の障壁になりやすいのではなかろうか。日本という国を構成しているのは3つの世代すべてと子供たちである。だから、その構成の中で政治を動かそうとするなら、世代間の対話や説得や妥協を進めて合意できる点を基盤にして進めていくしかないのではないか。 


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