2015年10月22日21時52分掲載  無料記事
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『平和をとわに心に刻む三〇五人詩集』−夏蝉のように平和の精神となって沁み通っていくことを願うアンソロジーを読む 山崎芳彦

 一冊のアンソロジー詩集が、詩界を超えて多くの人の共感を呼び、広がっている。コールサック社が去る8月15日付で出版した『平和をとわに心に刻む三〇五人詩集―十五年戦争終結から戦後七十年』を2カ月以上をかけて、ようやく全篇を読み終えた。大きな感動を覚えている。305人の345篇の詩篇を収めたこの詩集の一篇一篇を、幾度か行きつ戻りつしながら読み、心に刻み、最後の二人の編者による解説、「詩の心で受けとめる悲しみは切実な願いのかたち」(佐相憲一)、「夏蝉のように『平和とは何か』を問い続ける」(鈴木比佐雄)を読み終えるまでに、結局60日余を要したことになる。 
 
 暑い夏、戦争法をめぐる厳しい状況の中であったから日々読み続けたわけではなかったが、作品を創造した詩人のことを思い、書かれた内容とそれを紡いだ詩人の魂について考え、考えてみれば私が生きてきた75年と重なる時代の諸相について、その中での生き様について思いをめぐらしながら読む345篇の詩を、私なりに受けとめた思いを持ちながら、この大切な一冊が更に広く永く読まれることを願っている。それぞれの作品についての感想を記すことはできないので、この詩集の成り立ちと、構成について編者(佐相憲一、鈴木比佐雄)の解説を引用しながら、まことに立ち遅れてしまったが、記しておきたい。未読の方には、是非一読をと思いながら。 
このアンソロジーは、コールサック社(03-5944-3258、Fax03-5944-3238) 
による公募に応えて応募した作品で構成されているのが、大きな特徴と言える。(故人の作品も含まれている) 
 ずっしりと重いこの詩集の定価は2000円(本体)だが、コールサック社と、収載された作品の詩人たちの共同の力によるものだと、深く感じ入る。多くの人びとにこの平和詩集が読まれることを願ってのことだろう。 
 
 公募の趣意書では「すでに二〇〇七年に『原爆詩一八一人集』、二〇〇九年に「大空襲三一〇人詩集』、二〇一〇年に「鎮魂詩四〇四人集」、二〇一一年に『命が危ない!311人詩集』、二〇一二年に『脱原発・自然エネルギー218人詩集』など戦争と平和や命や環境を歴史的に根源的に振り返り掘り下げる詩集を刊行してきた。今回は来年が戦後七十周年を迎えることもあり、戦後の日本が最も根幹にしてきた『恒久平和』の思想を未来に向けて創り出していくという思いを込めて『平和をとわに心に刻む三〇〇人詩集―十五年戦争終結から戦後七十年』という詩選集を公募し、来年の初夏には刊行したいと考えている。・・・日本の七十年前のアジア諸国などへの戦争責任を忘れることなく、様々な観点から詩人の固有の感受性を駆使して『平和をとわに心に刻み』、過去を未来に反復するような詩篇で応募して頂きたい。」(昨年12月に刊行の詩誌『コールサック』80号に掲載された)と述べられ、コールサック社の詩集を中心とする出版活動の大きな事業としての取り組み姿勢を明らかにしていた。それが305人・345篇の詩集として2015年8月の刊行となった。 
 
 同詩集は、序詩一篇(新川和江「この足のうら」)と14章で構成されているが、すでに故人となった詩人の作品も収められている。編者の鈴木比佐雄の解説に拠って、各章の詩篇の概要を記しておきたい。 
 ◇序詩 新川和江の序詩「この足のうら」は、朝ごとに廊下へ降りていく際に、足うらの下の地球の裏側の「ひとびとの飢餓、苦痛、悲しみ 憤り/それらをこの足のうらが感受できなくなった時/おまえは病んでいると思え、と」、今も続く戦争の被害者を思いやる想像力の在り方を端的に示している。・・・この詩は一人ひとりの人間の内面にいつも平和思想は試されているいることを告げているのだと語っている。十四章の多くの詩篇に共通することは、過去・現在・未来の戦時下を直視して、様々なリアリズムの手法と想像力で詩を書こうとしていることだ。多くの詩人たちは自己を超えて数多の戦死し傷ついた人びとに成り代わって、詩的言語を書かせられていることだ。戦死者や傷ついた人びとの存在から「おまえは病んでいると思え」という詩的言語が立ち上ってくる。 
 
 ◇一章「心に刻む十五年戦争」の二十五人の詩篇は、十五年戦争の実相を切り取りながらその本質を伝えようとしている。アジアを侵略した二十世紀の前半の日本の歩みは、他国民も自国民も人間の尊厳を破壊しても恥じない国家主義だった。そのような中でも若き詩人たちは遺言のように詩を書き、生還した後も戦友のために詩作を続けたのだ。 
 
 ◇第二章「シベリア・樺太・満州・中国」一二名の詩篇は、日本が侵略した中国戦線や極寒の地シベリアなど北の地で繰り広げられた想像を絶する悲劇を踏まえて、平和とは何かを考えさせてくれる詩篇群だ。 
 
 ◇第三章「アジア・南太平洋」十六人は、アジア大陸や南太平洋の戦場に自らが関わった三谷晃一を初めとして、家族・友人・知人がそれらの戦場に派遣されて帰還しない悲しい思いを記し、平和とは悲劇によって生み出されたものであることを告げている。 
 
 ◇第四章「特攻兵士」九人の詩篇は、特攻兵士がどのような精神であったかを残された遺品や言葉や遺跡から感受し、平和の礎を築いた若者たちを偲んでいる。 
 
 ◇第五章「沖縄諸島」十一人の詩篇は沖縄戦の二十万人以上が亡くなった悲劇の実相を沖縄の戦場に降り立ったような思いで書き記そうとしている。その中でも大崎二郎の「荒崎海岸」は日本軍が潰滅し逃げまどう沖縄の学徒や教師が集団自決してしまう瞬間を再現している。「先生、手榴弾を!栓を!/待てッ! 落ちつけ」というような情況をいたるところに創り出した沖縄戦の酷さを伝え、「悠久の大義とは? ナニか…」と問うている。 
 
 ◇第六章「広島・長崎・・核兵器廃絶」の二十五人の詩篇は原爆を投下された広島・長崎の実相をどうしたら後世に伝えられるか、リアリズムを基盤にしながら様々な試みで被爆者たちに肉薄しようとしている。峠三吉、山田かん、橋爪文は被爆者であり、御庄博実と上田由美子は入市被爆者である。 
 
 ◇第七章「空襲・空爆」の三十人の詩篇は、原爆以外の空襲・空爆下の一人ひとりの民衆の姿を書き記し、その経験やその経験を身近な人びとから託された願いを詩に込めたものだ。菊田守の「地獄から帰還した男とコウモリ傘」では東京大空襲の被爆死した人だけでなく生き残ったケロイド状の顔をした友人を書き記し、友人の顔を直視し平和の尊さを痛感するのだ。 
 
 ◇第八章「戻らぬ人びと」二十三名の詩人の詩篇は、乳などの親族や友人が戦場から戻らず亡くなり、七十年間も死者との無言の対話をし続けている。 
 
 ◇第九章「戦争と子供たち」の二十一人の詩篇は、学童疎開など戦時中に子供時代を送った人たちの詩篇だ。/南邦和の「12歳の戦死者たち」では、北朝鮮で12歳の時に敗戦を迎え朝鮮半島から奇跡的に帰国できた経験を想起し「12歳の不幸は/その年齢につながる/すべての世代の不幸だった」と記す。 
 
 ◇第十章「鎮魂・祈り・いのち」二十二人の詩篇は、戦争で亡くなった人びとへの鎮魂や祈りや亡くなった人の命を感じようとする試みだ。/宗左近の「敵ニ殺サレタ若者ノ祈リ」では「キミヲ殺シタ敵ヲ祈ラナケレバナラナイ」といい、人間の内面にある敵を憎むことを超えていこうと、真の平和を問うている。 
 
 ◇第十一章「平和をとわに」二十一人の詩篇は、戦乱の世界のただ中で、恒久平和を心に育てていくために、どのような願いを抱いて、多くの人々と平和の精神を創造していったらいいのかを静かに問うている。/清水茂の「不在になった私の/いつ果てるとも知れぬ」では、「もう村は焼かれないように/子供は連れさられないようにと/ひとりの母が歎きをうたう」と「母の歎き」こそが平和の原点であると告げている。・・・愚かな戦争をし続けてきた人類の負の歴史を見つめながらも、「平和をとわに」を様々な観点から探っている詩篇群だ。 
 
 ◇第十二章「ぜったいにいけん、戦争は!」三十五人の詩篇は、戦争がどんなに人間をみじめに不幸にしてきたかをリアルに記し、戦争に加担してしまう無関心さを装う精神の問題点を見つめていく。/新川和江の「骨も帰ってこんかった」の最終行である「ぜったいにいけん、戦争は!」という肉声こそが戦後の平和の根幹であったと思われる。その他に・・・などは、いかに徴兵や戦争を回避すべきかなど、戦争につながる根に敏感になり、様々な視点から平和を見つめている。 
 
 ◇第十三章「今日は戦争をするのにいい日ではない」三十六人の詩篇は、時代がどんなに戦争に向かっていても、戦争を肯定しないためにはどんな平和の精神性が必要かを示唆してくれる詩篇だ。その他・・・などは、戦争のない世界を作るためにはそれに相応しい物語を作るべきではないかと思い想像力を駆使して詩作しようと試みているようだ。 
 
 ◇第十四章「戦争をしないと誓った」十四人の詩篇では、戦後の日本において日本国憲法の平和の理念は大きな働きをしてきた。その根幹が現在、揺らぎ始めている。その根幹を石村柳三の「人間の理性の根」では「殺し合う戦争という業苦よりも、人間として助け合う慈しみの根を張らなければならない」といい、「人間の理性の根」である憲法によって平和の精神を育むべきだと考える。 
 
 鈴木比佐雄はこの解説のなかで丹念に作者と作品名を挙げながら各章について語っている。そして、 
 「内面の奥底に『平和とは何か』を問いかける三〇五人の詩篇を読み通してみると、詩作する者たちが現実を直視しながら、いかに平和の精神を深め共有しようと試みているかが分かる。そして二度と他国の人々を戦争で殺すべきではないという、不戦の思いである三〇五人の平和思想の波紋が広がってくる。戦後七十年を迎えた夏、『平和をとわに心に刻む』詩篇が読む人びとの心の奥深くに、十五年戦争で亡くなった人びとや傷ついた人びとを想起させながら、夏蝉のように平和の精神となって沁み通っていくことを願っている。」と解説を閉じている。 
 
 もう一人の編者である佐相憲一は、解説「詩の心で受けとめるかなしみは切実な願いのかたち」で、「この本が刊行された現在の時代状況と詩との関連などについて、根本的なことを述べたい」として、「現在、国会で『集団的自衛権』『安保関連法案』が論議され、日本が武力攻撃を受けていない場合でもアメリカやその他『同盟国』との関係によって、海外で武力行使できるようにされようとしている。」ことの問題の本質について、いまこの国の政府が向かっている危険な方向と情況を様々な側面から具体的に分析しながら論じるとともに、それに立ち向かう人々の抵抗運動もとりあげ「今、日本の中に再び平和の方向を求める動きが活発化していることを記しておきたい。」とも述べている。 
 
 さらに、「このような緊迫した状況の下で迎えた戦後七十年、お届けするこの本は詩集である。」「ここに収録された305人の平和はそれぞれに切実だ。詩作品に託しての平和の思いは、ひとりひとりの個別性が強い。言わんとする方向は共通していても、微妙なニュアンスなど内面の動きは違っている。文学ならではの試みと言えよう。・・・戦争的なものへ向かう先導役の背後には利害関係があり、その人にいくら『ダメです。いけません』と叫んでも、言うことを聞かないだろう。だが、世の中のひとりひとりの心がそれぞれ本当に平和を希求し、声にするなら、その世論の盛り上がりは政治家も経済界も無視できなくなるだろう。詩はそのために書くわけではなく、飽くまで個々の内側から発する芸術行為ではあるが、結果として、読んでくれた人びとと平和に関する心の深い対話が作品を通して実現するなら、素晴らしいことだろう。平和という大きなテーマのつながりはあっても、個々の詩の書き方はさまざまである。」などとも述べたうえで、詩の書き方、手法にも具体的に触れている。 
 
 また、「あえて平和に関する作品を書き残すことは、作者のこのことへの強い切実性を物語っていると言えるのではないだろうか。いまどき平和の詩なんて、などと寝呆けたことを言っているうちに、状況は戦前のような方向に向かってしまい、いつしか平和の平の字も書けない世の中になる恐れも否定できない。」「戦後七十年の今、こうして305人の平和に関する多様な詩をアンソロジーに編むことの意義と切実性を実感している。」「詩とは志だ、という言葉は昔からあるが、それを実感させてくれる。だから、そうしたさまざまな出所の詩が一堂に会したこの平和アンソロジーは、詩文学の中においても、巷の大衆社会の中においても、生きた光を放つのではないかと期待している。」など、このアンソロジーの編者である詩人としての強い思いを記している。 
 
 佐相憲一の平和への思いは強い。 
「あまりにもひどい好戦的風潮と、平和思想への敵対風潮、しかしそれはよく見るとごく一部の為政者たちと一部の言論界の暴走であって、国民、市民の多数は今も平和をこそ願っているのである。平和的解決を言うのが『偏向』ではなく、戦争法制定と九条改憲を急ぐいまの政治家の言動こそ偏向であろう。・・・平和志向の先頭を日本が行こうという考えこそが、新しい時代を見据えた建設的なものであろうし…それを拒むものに対しては毅然と抵抗する連帯の力を発揮したいものだ。」「そのような今、ほかでもない、詩の心で、平和という問題を根元から見つめたい。テーマ上、この詩集には、かなしみがいっぱい詰まっている。そのかなしみをごまかさないで見つめることから出発したい。かなしみを感じなくなった時、人は何かが壊れていくのだろう。ひとりひとりの命の声を聞くのが詩の心なら、、詩は平和な世界への希望の砦になりうるだろう。・・・権力の暴走著しい昨今、個人個人の繊細な声を聞く文学の役割はますます大きいだろう。/この本がひろく読まれ、一篇一篇の詩が、人びとの心に響くことを願っている。」 
 
 431頁に及ぶアンソロジーにぎっしりと詰まった詩篇の一つ一つと出会えたことを喜びとしているのだが、まことに拙い紹介になってしまった。最後になるが、シベリアに抑留された画家、故・香月泰男氏の絵「父と子」を使用した装幀は素晴らしい。 


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