2015年11月14日01時28分掲載  無料記事
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核・原子力

「何気なく使っている電気の裏に安全保障問題がある」 〜ND&NPEC共催シンポジウム「原発と核」

 核燃料サイクル事業のために設立された国策会社「日本原燃(株)」は今年10月末、青森県六ヶ所村で建設中の使用済み核燃料再処理工場の完成時期を2016年3月からさらに延期すると発表した。延期は今回で23回目だという。 
 また、文部科学省所管の国立研究開発法人「日本原子力研究開発機構」が福井県敦賀市で運営する高速増殖原型炉「もんじゅ」について、原子力規制委員会は11月13日、「日本原子力研究開発機構には、もんじゅを安全に運転する能力が無い」と指摘した上で、馳浩文部科学相に対して新たな運営主体を明示するよう勧告することを決定した。 
 日本政府が原子力政策大綱(注・第3次小泉内閣が2005年10月に閣議決定)に基づいて推進する核燃料サイクル事業にとって要の施設である再処理工場と高速増殖炉がこのような状態では、核燃料サイクルそのものが破綻していると言われても仕方がない。 
 
 一般に日本の原子力政策は、民主党政権時代の野田内閣(2011年9月〜2012年12月)が「2030年代原発ゼロ」の閣議決定を行おうとしたところ、米国の圧力によって断念させられたとの報道があったように、核大国・米国の意向を強く受けていると考える日本人は多いであろう。 
 これに対し、今年6月に渡米して米国の元政府関係者や原子力専門家にインタビューを実施した民間シンクタンク「新外交イニシアティブ」(ND)の猿田佐世事務局長は、11月6日に都内で開催したシンポジウム「原発と核−−4人の米識者と考える」〔ND及び米国シンクタンク「核不拡散政策教育センター(NPEC)」の共催〕の中で「必ずしもそうとは言えない」と語っている。 
 
 猿田氏と元朝日新聞社論説委員の吉田文彦氏(国際基督教大学客員教授)がコーディネーターを務めたシンポジウムには、米国の核兵器開発に関わってきたローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)国家安全保障政策研究所副所長のブルース・グッドウィン氏、元米国防省核不拡散政策副長官のヘンリー・ソコルスキー氏、国家安全保障補佐官のフランク・フォン・ヒッペル氏、元米原子力規制委員会メンバーのビクター・ギリンスキー氏ら4人の専門家が登壇し、「安全保障」と「経済」という2つの観点から日本の核燃料サイクル政策の妥当性等を講演した。 
 
<第一部・安全保障の観点から見る核燃料サイクルと東アジアにおけるその影響> 
 
 シンポジウム第一部では、ブルース・グッドウィン氏とヘンリー・ソコルスキー氏の2人が、安全保障の観点から日本政府に核燃料サイクル政策の再考を訴えた。 
 
 まず始めに、核兵器設計の専門家であるグッドウィン氏は、使用済み核燃料の再処理によって取り出される原子炉級プルトニウムについて、 
「原子炉級プルトニウムで高性能な核爆弾は作れないという考えは誤りであり、兵器級プルトニウムから作られた核兵器とほぼ同等レベルの核兵器を作ることが出来ます」と断言した。 
 
 続くソコルスキー氏は、日本国内で原子炉級プルトニウムの保有量が増大している状況は、近隣諸国に「日本は核武装するのか」との疑念を抱かせ、東アジアの安全保障環境を悪化させかねないと懸念を示した。 
「商用原発、特に軽水炉は米国でも中国でも韓国でも日本でも広く普及しています(注・日本は全て軽水炉)。 
 軽水炉は核拡散に対する抵抗性が強く、軽水炉から生み出されるプルトニウム(=原子炉級プルトニウム)では核兵器は作れないという意見が一般に広く出回っているために、世界で原子炉級プルトニウムの保有量が増えている中でも、それが脅威論としてなかなか浸透していきません。 
 そのような中、日本には現在、原子炉級プルトニウムの保有量が10.8トン存在していますが、青森県六ヶ所村の再処理工場が運転を再開してプルトニウムの抽出を始めると、年間8トンの原子炉級プルトニウムが生み出され、日本が保有する原子炉級プルトニウムは、もの凄い勢いで増えることになります。私は、これ以上プルトニウムを増やしたくない、増やしてはいけないと考えています」 
「日本が現在保有しているプルトニウムの量は多過ぎます。再処理を止めなければもっともっと増えるので、最終的には何らかの形で処分しなければなりません。 
 例えば、プルトニウムを使ってMOX燃料を作り、原子炉で燃やすという形になるのかもしれませんが、日本の原発推進派の人たちも、さらに何トンものプルトニウムが積み上がることは望まないでしょう。しかも問題は、これ以上プルトニウムを増やさないことだけでも難しいということなのです」 
「もんじゅが運転出来ないということになると、プルトニウムの備蓄を増やしていくことを正当化する理由が無くなります。軽水炉での再利用ではなく(=原子炉級プルトニウムを使ってMOX燃料を作成し、軽水炉で燃やす方法)、高速増殖炉で使うためにプルトニウムが必要なんだという議論がありますが、高速増殖炉の経済性や技術的な問題を鑑みると、六ヶ所再処理工場を運転しなければならない理由はありません」 
「日本は核兵器を持ちたいとは思っていないかもしれませんが、六ヶ所再処理工場を運転させれば、近隣諸国が日本に対して『日本は核武装するのか』と迫っていくようになるかもしれません。 
 そうすると、日本が実際に核兵器を持とうと思うかどうかは関係なくなり、韓国や中国は日本がプルトニウムを備蓄することに懸念を示し、緊張が高まって外交関係に影響を及ぼすなど安全保障環境は悪化してしまいます」 
 
 コーディネーターの吉田氏が、 
「米国は、例えば日米安保条約に基づくグローバルな協力など、日本に対してかなりリクエストしているところがあると思います。これは日本に対する要求がワンボイスになっている領域です。 
 ところが、プルトニウムの問題は米国の中でも多分意見が割れていて、セキュリティを重視する人や核燃料サイクルの研究者、産業の利益を重視する人など様々なセクションがあり、各セクション同士のせめぎ合いが存在する結果、いろんな声が日本に届き、日本側は米国に存在するそれぞれ異なる声を使いながら、核燃料サイクルを止めないという複雑な構造になっていると思います。 
 ですから、米国側が原発の問題をもっとセキュリティの問題として打ち出していくような問題提起が無いと、日本側も真剣に受け止めないのではないでしょうか」と問い掛けたところ、ソコルスキー氏は米国内も原発推進派と反対派に分かれていることにも原因があると語った。 
「米国でもそのような話が始まったところであり、もっと米国民を巻き込んで“原発=セキュリティ問題”という考え方を広めていく必要があります。 
 米国における最大の問題は、政治家あるいは原子力について発言する方々が推進派、反原発派に分かれてしまうことです。推進派は原発、廃棄物、核燃料サイクルも全部含めて推進しなければならないと考えるわけです。一方、反原発派は全てに反対しなければいけないというプレッシャーを掛けていきます。 
 しかし原発、廃棄物、核燃料サイクルの問題は、それぞれ違う問題です。“原発の新設は止めた方が良い”ということは推進派も反原発派も納得できることだと思います。非常に困難なプロセスではありますが、努力は続けていこうと思っています」 
 
 さらにソコルスキー氏は、3年後の2018年に満期30年を迎える日米原子力協定(注・米国から日本への核燃料の調達、再処理、資機材・技術の導入等に関する取り決め)について、「日米両政府はこの問題をなるべく表面化させないようにして自動更新を狙っているのだろう」と予想した。 
「日米原子力協定は、一方の当事者が交渉したいと言わない限り自動的に更新されます。今のところ日米原子力協定は自動的に更新される、そして交渉はされないという前提でしょう。しかし、日本の再処理については懸念が表明されています。中には、いろんな国の政府関係者がいる公開の場で『日本にはプルトニウムを備蓄しないようにしてほしい』『六ヶ所再処理工場の運転は遅く、あるいはごく一部の運転に留めるべきである』といった議論がなされています。 
 そのためには、2018年の期限切れまでに日米原子力協定改定のための交渉を開始しなければなりません。しかし、日米両政府とも交渉は望まず、自動的な更新を望むはずです。再処理の問題を人々の前から隠して表面化させないようにするために、六ヶ所再処理工場の運転を控えるという方法は非常に問題です」 
「韓国は、米国との原子力協定の交渉を5年以内に行いたいと非常に強く主張しています。もし日本が先に進めば、韓国もまた『自分たちも使用済み核燃料を再処理したい』と強く主張するのは間違いありません。そして米国は、韓国が同盟国であるから『YES』と言うでしょう。 
 それに加えて、中国での核燃料サイクルの問題もあるわけで、私の直観では、韓国や日本が再処理を続けるということになれば、米国は中国に対しても再処理について『YES』と言わざるを得ないでしょう。 
 どうしようもない状況に陥りそうですが、日本が再処理を続けるとそうなる可能性は高い。だからこそ、今から日本において再処理継続の是非を議論してほしいのです」 
 
<第二部・経済的観点から見る核燃料サイクル政策と放射性廃棄物の管理> 
 
 シンポジウム第二部では、フランク・フォン・ヒッペル氏とビクター・ギリンスキー氏の2人が、日本政府の核燃料サイクル政策には経済性が無いことを指摘した。 
 
 11月上旬に長崎県伊王島で開催された第61回「科学と国際問題に関するパグウォッシュ会議」世界大会に参加してきたというヒッペル氏は、核兵器の危険性を話し合うワーキンググループが安倍首相に対して「六ケ所再処理工場の運転は、是非とも無期限延期してほしい」という内容の書簡を提出したことを紹介しつつ、再処理が経済的に見合わないにも関わらず、日本政府は再処理を続けようとする理由について、次のような見解を披露した。 
「経済性が無いのに日本政府が再処理を続けようとするのは、使用済み核燃料の処分が出来る唯一の方法だからだと思います。 
原発容認派の主張は『使用済み核燃料を青森県に送って再処理しなければ、原子炉建屋内の使用済み核燃料貯蔵プールが満杯になり、原発そのものが運転出来なくなる。そうなると、日本にとって非常に大きな経済的損失になる』というものです。そして、原発立地自治体に対して『使用済み核燃料は、永久には原発敷地内には置きません。再処理のためにフランスやイギリスに送ります』と説明したわけです。 
 しかし、フランスやイギリスとの再処理契約では、プルトニウムとともに再処理で発生する放射性廃棄物も日本に戻ることになっていますので、放射性廃棄物を地層処分(注・地下300メートル以上の深さの安定した地層中に保管する方法)する場所を確保しなければなりません」 
「日本の高速増殖炉プログラムが将来成功し、人間のニーズが何千年にも亘って増殖炉によって賄われることが可能にならない限り、『日本は再処理を推進すべきだ』と言う人が米国の中にいるとしても、それは日本と共同研究をやりたいような、本当にごく少数の原子力関係者だけだと思います。米国では、もんじゅよりも六ヶ所再処理工場の方に関心がある人の方が多くいます」 
 
 ギリンスキー氏は、再処理に伴う弊害(=プルトニウムの増加、放射性廃棄物の処分問題)を鑑みて、現実的かつ安上がりで安全な方法は、使用済み核燃料を再処理せずにそのままドライキャスク(乾式容器)に入れて保管する方法だと指摘した。 
「テロ攻撃があった場合のことを考えると、危険性というのはゼロにはならないとしても、使用済み核燃料を貯蔵プールで保管するよりも、ドライキャスクで保管する方がずっと危険性が低いと思います。 
 ドライキャスクの中から使用済み核燃料を取り出すのは非常に難しいですし、10トンの使用済み核燃料を入れることができるドライキャスクは、それ自体100トンくらいの重さがあって、凄く頑丈なスチールとコンクリート製の容器なので、かなり安全だと思います」 
「六ヶ所再処理工場賛成派の人たちの主張を聞くと、彼らは経済性についてほとんど触れていません。彼らの動機は自分たちの夢、つまり高速増殖炉を実現し、核燃料が無限に供給されるという夢を諦めていないことです。 
 それは、忠誠心からなのか、あるいはその分野を懸命に勉強してきたからということかもしれませんが、その夢は、経済性という観点からは全く意味をなさない状況にあります。もっと重要なのは、その夢が国際的な安全保障と相容れないということです」 
 
 長年、朝日新聞社で核問題を取材し、核関連の著書もある吉田氏は、核燃料サイクル政策をセキュリティ面から見つめ直すことが必要だと指摘するとともに、2016年4月から始まる電力小売り全面自由化を前に、市民1人1人が普段使用する電気の裏に安全保障問題が絡んでいることを自覚すべきだと訴えた。 
「日本のプルトニウム保有の問題、核燃料サイクル政策の問題を考えるとき、『日本は被爆国でもあるし、IAEA(国際原子力機関)の査察もたくさん受けているので、日本は核保有する心配はない』ということで、米国も日本を特別の国として大目に見てきた部分があると思います。 
 しかし、だんだん日本だけの問題ではなくなって、東アジアの問題であったり、中東地域にリスクが広がったりということもあるので、日本も『自国のエネルギー問題であり、そこで自己完結する問題だ』という意識ではなく、セキュリティという広い視野を持って核燃料サイクル政策について議論すべき時期に来ていると思います。 
 とりわけ安保法制が変わりましたが、そうだとすれば余計に原子力についてもグローバルなセキュリティという視野で自己点検してみる必要があるタイミングに来ています」 
「残念ながら、今日のような議論を日本の国会でちゃんと聞いたことがありません。それは国会議員だけの責任でもないし、官僚だけの責任でもありません。私たち市民がこの問題をどう意識し、問い掛けていくかが大事だと思います。非常に技術的な問題でもありますし、複雑な安全保障問題も絡みますし、日本の地方と東京の政治の力関係もありますので、すぐに解決しない問題だと思います。 
 ただ、福島第一原発事故を契機に、再処理の問題、原発の問題、すなわち電気をどうやって作り、どういう電気を消費していけば良いのかが、私たち一人一人に問い掛けられています。どういう電気を使うかということは、翻って、どういう安全保障を選ぶかということに等しい問題であることが、今日の議論に含まれていると思います。何気なく使っている電気の裏に安全保障の問題があり、日本を見ている外国の人たちの目があります。日本がいくら被爆体験を持っているとしても、それだけでは信じてもらえないことが国際政治の現実であることをよく自覚したいと思います」 
 
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 「東京電力は、現在売っている電気の2割を他企業に奪われるのではないか」と言われる電力小売り全面自由化が来年4月から始まる。 
 新たに市場参入を目論む企業間では顧客争奪戦が激化しており、筆者の元にも既に数社から勧誘が来ている状況だ。電気代の安さだけに目を向けないよう、しっかり考えて選択していきたい。(坂本正義) 


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