2015年12月01日00時29分掲載  無料記事
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社会

政府による言論封殺を導く「放送法遵守を求める視聴者の会」の広告を憂える その1 海渡雄一(弁護士・秘密保護法対策弁護団)

1 「放送法遵守を求める視聴者の会」の広告は政府による言論の制限を求めている 
 
   2015年11月14・15日の産経新聞と読売新聞に、すぎやまこういち(代表)、渡部昇一、ケント・ギルバート、小川榮太郎(事務局長)氏らが呼びかけ人となり「放送法遵守を求める視聴者の会」が発足し、全面広告が掲載された。 
この広告ではTBSニュース23のメインキャスター岸井成格氏が放送法違反である疑いが濃厚な発言であると指摘した。この広告では、テレビ事業者は放送法の規制下にあり、放送法第4条の「一 公安及び善良な風俗を害しないこと。二 政治的に公平であること。三 報道は事実をまげないですること。四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」の規定を遵守することを求め、政府の施策に反対する報道を牽制したものである。しかし、放送法の4条は法的な拘束力がなく、倫理的な規範であると解するのが、通説的な見解である。この広告の放送法の解釈には根本的疑問がある。この点は、6項で詳しく紹介する『クローズアップ現代』出家詐欺報道についてのBPO見解において、詳細に説明されている。 
 
2 ペンタゴン・ペーパーズ事件 
 
   まず、報道の社会における役割について考えてみよう。政府の政策を批判することは報道の使命である。このことをアメリカと日本の行った戦争の歴史から具体的に考えてみたい。 
『ベトナム秘密報告 米国防総省の汚い戦争の告白録』(1972 サイマル出版会)によると、アメリカ軍がベトナムに本格的に介入するきっかけになった1964年8月の、北ベトナム海軍によるトンキン湾の魚雷攻撃事件の2回目はまさしくこのペンタゴン・ペーパーズの中に「アメリカ側で仕組んで捏造した事件だった」と暴露されている。 
ペンタゴン・ペーパーズとは、アメリカ国防総省がベトナム戦争の実情についてまとめられた極秘レポートである。この報告書の公開とウォーターゲート事件によってベトナム戦争は終結したと言われる。 
  1971年、ダニエル・エルズバーグらがコピーを作成してニューヨーク・タイムズのニール・シーハン記者などにこれを手渡した。ニューヨーク・タイムズは特別チームを作り、1971年6月13日から連載で記事を掲載した。ニクソン大統領は司法省に記事差し止めを命じ、連邦地方裁判所にニューヨーク・タイムズを提訴した。1971年6月30日アメリカの連邦最高裁は「政府は証明責任を果たしていない」という理由で政府の差止請求は却下された。 
 
  近代戦争においては、戦争遂行に国民の同意が必要である。ウソの情報で国民の同意を得ようとしたことが、内部告発と勇気ある報道によって明らかにされたのである。米連邦最高裁のフーゴ・L・ブラック判事の意見は次のように述べている。「自由で拘束されない新聞のみが、政府の欺瞞を効果的にあばくことができる。そして自由な新聞の負う責任のうち至高の義務は、政府が国民を欺き、国民を遠い国々に送り込んで異境の悪疫、異国の銃弾に倒れるのを防ぐことである。」(1971年6月ニューヨークタイムス事件最高裁判決における同判事意見より) 
  エルズバーグ氏らは1971年6月窃盗、1917年スパイ法違反(国家秘密の漏洩)などの罪で起訴された。起訴罪名の合計刑期は115年に達する重罪起訴であった。エルズバーグは「責任あるアメリカ市民としてこれ以上この秘密を隠し続けることに荷担できない」との声明を発表した。政府がカルテの窃盗や令状なしの盗聴を繰り返していたことが判明し、連邦地裁判事は「政府の不正」があったとしてこの刑事起訴を却下した。 
 
3 満州事変は関東軍の謀略によって始まった 
 
  1931年9月18日、柳条湖(りゅうじょうこ)付近で、日本の所有する南満州鉄道の線路が爆破された。関東軍はこれを中国軍による犯行と発表することで、満州における軍事行動と占領の口実とした。しかし、この事件は、関東軍高級参謀板垣征四郎大佐と関東軍作戦主任参謀石原莞爾中佐らが仕組んだ謀略事件であった。同日の午後10時20分ころ、中華民国奉天(現在の中華人民共和国遼寧省瀋陽市)の北方約7.5キロメートルにある柳条湖付近で、南満州鉄道(満鉄)の線路の一部が爆発により破壊された。まもなく、関東軍より、この爆破事件は中国軍の犯行によるものであると発表された。このため、日本では、太平洋戦争終結に至るまで、爆破は張学良ら東北軍の犯行と信じられていた。しかし、実際には、関東軍の部隊によって実行された謀略事件であった。 
 
  事件の首謀者は、関東軍高級参謀板垣征四郎大佐と関東軍作戦主任参謀石原莞爾中佐である。爆破を直接実行したのは、奉天虎石台(こせきだい)駐留の独立守備隊第二大隊第三中隊(大隊長は島本正一中佐、中隊長は川島正大尉)付の河本末守中尉ら数名の日本軍人グループである。現場には河本中尉が伝令2名をともなって赴き、斥候中の小杉喜一軍曹とともに、線路に火薬を装填した。関東軍は自ら守備する線路を爆破し、中国軍による爆破被害を受けたと発表するという、自作自演の計画的行動であった。 
 
4 批判するメディアはバッシングによって沈黙させられた 
 
  しかし、このことは徹底的に隠された。半藤一利氏によれば、大阪朝日新聞は、高原操編集局長の下で、柳条湖事件について「この戦争はおかしいのではないか、謀略的な匂い、侵略的な匂いがする」と報道していた。 
  在郷軍人会などが組織した激しい不買運動を受け、部数を減らす。奈良県下では一紙も売れなくなる。そして、10月12日の役員会議で高原編集局長は次のように述べたことが憲兵調書に記録されている。 
 
  「今後の方針として、軍備の縮小を強調するのは従来のごとくなるも、国家重大の時に際し、日本国民として軍部を支持し、国論の統一を図るは当然のことにして、現在の軍部及び軍事行動に絶対批判を下さず、極力これを支持すべきこと」(半藤一利・保坂正康『そして、メディアは日本を戦争に導いた』2014 東洋経済新報社 51−52ページ) 
 
(つづく) 
 
2015年11月30日 
 
寄稿  海渡 雄一 
   (弁護士・秘密保護法対策弁護団) 
 
 
■政府による言論封殺を導く 「放送法遵守を求める視聴者の会」の広告を憂える  その2  海渡 雄一 (弁護士・秘密保護法対策弁護団) 
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