2015年12月12日01時30分掲載  無料記事
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反戦・平和

「日本政府への提言」を日韓両社会で広めよう! ~日本の「慰安婦」支援団体関係者が討論会を開催~

 戦後70年の節目に当たる今年も残りわずかとなったが、今や日韓関係における最大の懸案事項である「慰安婦」問題は未だ解決を見ないままである。 
 安倍晋三首相と朴槿恵大統領は11月2日、約3年半ぶりに開いた日韓首脳会談において、慰安婦問題の早期の妥結に向けて交渉を加速することで一致したが、日本側からは「女性のためのアジア平和国民基金」(略称「アジア女性基金」、2007年解散)フォローアップ事業を活用する案(年間予算規模を約1千万円→1億円へ積み増す等)が浮上しており、その案では韓国挺身隊問題対策協議会(以下、挺対協)など支援団体を始めとする韓国側の反対が予想されることから、韓国政府が求める2015年中の妥結は覚束ない状況だ。 
 このような中、今年6月に日韓間の歴史問題の解決を求める声明を発表した「日韓歴史問題に関する日本知識人声明の会」が11月20日、慰安婦問題に関わってきた日本の学者や市民団体関係者らに呼び掛けて、日韓関係の棘と化している慰安婦問題の解決策について話し合う討論会を開催した。 
 
<日韓歴史問題に関する日本知識人声明の会・討論会> 
 
 討論会への参加を呼び掛けた、日本知識人声明の会発起人の和田春樹さん(東京大学名誉教授、元アジア女性基金専務理事)は冒頭に、 
「私にとって11月2日の日韓首脳会談は長い間待ち望んでいた展開で、画期的な事態の転換であると評価しましたが、日韓両国では日韓首脳会談の内容を懐疑的に見ている意見や報道も多く、人々の気分も半信半疑ですので、改めてこの事態をどう見るかについて意見を交換させていただきたく思いました。もし画期的な事態の展開であるとすれば、次に来るのは解決案という話になりますので、その解決案についても皆さんと考えてみたいと思います」 
と挨拶した後、アジア女性基金の事業を推進した和田さんと、同事業を批判した日本軍「慰安婦」問題解決全国行動(以下、全国行動)共同代表の梁澄子さん、挺対協常任代表の尹美香さんの3人が、「2014年に東京で開催された第12回アジア連帯会議において発表された『日本政府への提言』を中心に議論すれば、慰安婦問題の解決策が得られるのではないか」という意見の一致を見た今年4月のシンポジウム(※)を、慰安婦問題の解決に向けた大きな転機であったと振り返った。 
(※ 4月23日に参議院議員会館で開催された全国行動主催の「安倍首相訪米前緊急シンポジウム『慰安婦』問題、解決は可能だ!」) 
 
 和田さんに誘われて討論会に参加したという元東北アジア歴史財団理事長の鄭在貞さん(ソウル市立大学教授)さんは、あくまで個人的な考えだと前置きした上で、慰安婦問題解決の方向性として次の6点を提示した。 
① 被害者は高齢で、あと5年もしたら、ほとんどの方が亡くなってしまう。全員亡くなった後では、いくら立派な解決策が出てもあまり意味が無い。また、韓日関係の多くの分野に悪影響が及んでいる。だから、なるべく早く解決させた方が良い。 
② 今まで韓国と日本がそれぞれの国でやってきた措置を厳密に検討し、評価すべきところは評価し、足りないところを補うという方向が良い。例えば、アジア女性基金は韓国の支援団体から同意を得なかったなどミステイクがあって問題になったが、それなりに日本国民の償い、日本政府や日本国民が力を合わせて何とかやるんだという気持ちが確かにあったことは事実である。また、韓国政府も金泳三大統領のときには法律を作って元慰安婦の生活保障等を対応したし、金大中大統領のときにも法改正して対応した。今までやってきたことを評価しながら、不十分なところを補っていくべきである。 
③ 慰安婦問題の解決に一番大切なのは、被害者の心のケアである。「恨」(ハン)を解消してあげることは難しくない。被害者たちの尊厳と名誉を回復する必要がある。 
④ 慰安婦問題に携わるプレイヤー、すなわち韓日両政府及び両NGOの4者は、直接会って話を交わし、力を合わせて問題解決に当たるという柔軟な考えを持つ必要がある。 
⑤ 被害者が受け入れて、日韓両国民が納得するような解決が出来れば、韓国と日本語が歴史和解を宣言するようなパフォーマンスが必要だ。 
⑥ 韓国と日本の間には、慰安婦問題だけでなく、徴用工の問題、サハリンに残された韓国人の問題、韓国人被爆者の問題等いくつかの問題が残っている。慰安婦問題に目途が付けば、それを元に他の問題も包括的に解決するような案をもっと積極的に出し、韓国と日本が歴史問題を外交問題や政治問題に発展させないようにすべきだ。 
 
 その上で鄭さんは、第12回アジア連帯会議で発表された「日本政府への提言」について高く評価した。 
「被害者が受け入れて国民が納得する案は何かというと、既に被害者側から提起されたのですから(=日本政府への提言)、その内容をよく読んでまとめれば接点が出来ると思います。提言の内容を見て、これくらいだったら何とかなるんじゃないかと思いました。挺対協のホームページには責任者の処罰や法的責任などの解決方法が掲げられていますが、例えば法的責任については、これまで『日本の国会決議が必要だ』とか『法律を作って対応せよ』など、人によって説明が違っていました。しかし、アジア連帯会議の解決案では曖昧さが無くなっています。そこで、韓日両政府と両支援団体の4者が顔を合わせて議論すれば、接点が出来ると思っていますし、アジア女性基金が犯した過ちを事前に防ぐことにもなるでしょう」 
 
 元関釜裁判支援の会代表の花房俊雄さんは、2001年の最高裁判決で敗訴した後、立法運動に取り組んだり、訪韓して元原告の方々との交流を続けてきたことを振り返りつつ、日本の国を代表する人が被害者の前にやって来て謝罪し、償いのお金を渡すことが出来れば、被害者が謝罪を受け止めることができるだろうと語った。 
「慰安婦問題は今、解決可能な段階に来ていますが、韓国のみならず、アジアにおいて慰安婦問題は、ある意味、戦争被害の象徴的なものとして見做されています。ですから、その解決は非常に大きな意味があると思いますし、何としても解決させていきたいです。そのためには、安倍首相が被害者の前でちゃんと謝罪することが必要ではないでしょうか。1994年に民間基金構想が新聞で報じられたとき、李順徳さんは『俺は乞食じゃない。あちこちから集めたというお金はほしくない。しかし、俺の前にやって来て謝罪し、お金をくれるなら嬉しいよ。そして、生きているうちじゃなければ駄目だ』と言っていました。この言葉の中に被害者たちの思いが凄く込められていると思います」 
 
 和田さん、鄭さん、花房さんら発題者3人に続いて、「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク事務局長の坪川宏子さんと、「慰安婦問題解決の会」呼びかけ人であるI(アイ)女性会議の中村ひろこさんが、日本の支援団体を代表して現在の活動状況を報告した。 
 
 坪川さんは、日韓両政府による拙速な政治決着を防ごうと、11月18日に緊急要請書「こうすれば、被害者が納得する解決が可能である!根拠と資料」を日本政府に提出したことを報告した。 
「今回、緊急要請書を出したのは、政府間で拙速に政治決着されてしまっては大変だという思いと、日本政府は昔から日韓請求権協定で法的には解決済みという立場であり、今回もアジア女性基金フォローアップ事業の拡充という案で対応することが囁かれていますので、被害者の頭越しに、被害者が納得出来ない案で解決しようとも、それは本当の解決にはならないという思いを強く訴えたかったからです」 
 
 中村さんは、アジア女性基金に一生懸命取り組んだものの上手くいかなかった過去を振り返りつつ、「日本政府への提言」に光を見出していると語った。 
「私どもI(アイ)女性会議は、20年前のアジア女性基金を本当に一生懸命取り組んだ団体です。当時、戦後50年を過ぎて被害者の方々がご高齢になっていらっしゃったので、『この時を逃してはならない』ということで『不十分な案であっても、とにかくやろう』と決意して取り組んだわけですが、一生懸命取り組んだものの受け入れられない被害者の方たちが多くいらっしゃったので、そこで『次に何をするか』が私たちの課題になりました。私たちの代表であった清水澄子さん(元参院議員)からも常に『何をするか』と言われ続けてきましたが、上手い手があったわけではなく、手をこまねいたまま長年過ぎてしまいました。ただ、2014年6月のアジア連帯会議での合意事項(=日本政府への提言)を読ませていただいたとき、私たちは『これでもう一度、一緒に何かやれるのではないか』と感じまして、多くの賛同者を集めた上で『緊急声明・慰安婦問題解決のために』を日本政府・外務省や駐日韓国大使館に持って行ったりしました。今後は、日本政府に『年内までに何とかしろ』と訴える取り組みを提起したく思っています」 
 
 討論が始まると、参加者から、 
「日韓間の懸案として徴用工の問題もありますが、慰安婦問題が解決するとして、他の問題は結局置き去りにされはしないかという懸念があります」 
「慰安婦問題では、局長級の協議とか事務レベルの協議とか、日韓両政府間で様々な協議が行われていくと思いますが、政府間の協議にだけ頼って良いのか、私たちが下駄を預けてしまって良いのかと思っています。しかし、我々に何がやれるのか、やるべきなのかについては、私自身も良い案が出てこない状況です」 
「アジア女性基金のとき、運動団体が対立するなど日韓間にもの凄い亀裂が生まれましたが、今回はその時の轍を踏まないように、日本側だけで一方的に何かやろうというよりも、運動団体間の亀裂が深まらないように、むしろ求心的に働くようにするためにも、韓国側を巻き込んで何らかの枠組みを構築することが有効だと思います。そして、国家賠償とか法的責任の問題が出てきて非常に難しい問題だと思いますが、限られた時間の中で出来るだけ多くの成果を上げるためには、私は原理主義的に純粋に目的を貫徹するよりも、100パーセントではないにしても、やはり最大公約数的な枠組みというものを考えていくことが必要ではないかと思っています」 
「慰安婦問題を解決させていくためには、国民世論というか、歴史を歪曲する自民党や政府の動きに対して、それを批判し、歪曲させない世論をどう作るのかが大事だろうと思っています」 
といった様々な意見や提案が出たが、時間が足りなかったこともあり、残念ながら結論が出るには至らなかった。 
 
 最後に和田さんは、もっと「日本政府への提言」を日韓両社会の中で認知させていく必要があると語って討論会を締めくくった。 
「日本政府つまり安倍首相が何か解決案を出し、朴槿恵大統領がそれを受け入れるかどうかを検討するというのを、我々が傍観していて良いはずがありません。今運動している人々が『慰安婦被害者が受け入れる案とはこういうものだ』ということをどれだけ強く押し出し、社会的な検討に委ねることが出来るか、メディアにも報道してもらって、そういうことが出来るかということが一番重要ではないでしょうか。 
 今日までの時点では、アジア連帯会議の提案(=日本政府への提言)は、昨年6月に出て以来、社会的な認知はまだ受けていません。そういう案があるということは、日本のメディアでも認知されていませんし、韓国のメディアにも認知されていません。私は、慰安婦問題について話をする度に、そのことを昨年からずっと言い続けてきました。外務省の局長や課長にも『提言について検討してほしい』という文書を渡しています。しかし『日本政府への提言』という解決案は、社会的にはまだ存在していない状態にあります。 
 メディアの方々にもお力をお貸しいただきたいが、運動側が提言の存在を強く押し出していくことは、この案を支持している者全体の責任だと思います。全国行動も挺対協も、もっと強く押し出していかなければならないでしょう。 
 慰安婦問題を解決させていくことが出来れば、安倍政権の中で起こっている非常におかしな空気を壊していく大きな力になると思いますし、他の戦後補償問題の解決にとっても突破口になるのではないかと思うのです」 
 
<挺対協・尹美香常任代表講演会> 
 
 討論会から2日後、東京・千代田区の在日本韓国YMCA国際ホールにおいて、来日した挺対協常任代表の尹美香さんの講演が行われ、尹さんは、挺対協が設立された1990年からの25年間を振り返りつつ、日本政府が検討するアジア女性基金フォローアップ事業の拡充案では解決策にならないことを改めて強調するとともに、被害者も議論に参加した上で採択された「日本政府への提言」に基づいて解決を図るよう訴えている。 
 なお、講演後の記者会見では、記者から 
「基本的に法的責任は認めないという立場の日本政府が、法的責任を曖昧にした形で解決策を提示した場合、挺対協として受け入れることは可能でしょうか」 
「『日本政府への提言』の内容が実現した場合、被害者の方々は満足できると思いますか。また、謝罪の形として、安倍首相が被害者たちの元を直接訪れなかったとしても、被害者の方々は受け入れるでしょうか」 
といった「日本政府への提言」にまつわる質問が出たが、尹さんは次のように回答している。 
「国家が過ちを犯したという事実を認めることは、やはり大事だと思います。提言の中でも、そのことを第1番目の項目に上げています。被害者が自らの意思に反して性奴隷にされたこと、慰安所が軍の施設として設置されて運営されたことなどを認めれば、国家が自らの犯罪を認めることになり、それは当時の国内法にも国際法にも違反していたということで、それは法的責任を認めたことになると思います。きちんと事実を認めた上で、謝罪して賠償すれば、それは法的責任を認めたことになるということは、2年目からはっきり言っています。そのことを安倍政権は理解して、もう一歩近づいてきてほしい」 
「提言の内容を理解できる被害者は、生存する47人のうち30人くらいだと思います。そのうち、提言の作成に参加した被害者の方も数人いらっしゃいます。残り17人ほどは意識不明の状態で入院している状況にあります。提言に沿った形で解決がなされても、被害者全員が日本を許せるようになるとは言い切れません。しかし、1人でも多くの被害者が『これで日本政府を許すことが出来る』と言えるうちに、安倍政権には措置を図ってほしい。なお、私たちは、安倍首相が被害者の元へ直接訪ねてきてほしいという要求は一度も行っていません」 
 
<「日本政府への提言」を広めよう!> 
 
 尹さんは今年、被害者のハルモニたちとともに、アメリカキャンペーンや欧州キャンペーン(イギリス、ドイツ、フランス、ノルウェー)を実施して提言の内容を広くアピールし、国連人権高等弁務官などから高く評価されたということだ。 
 しかし、韓国の東北アジア歴史財団が11月17日、慰安婦問題に詳しい日中韓の錚々たる研究者を集めて国際学術会議「日本軍『慰安婦』問題の解決に向けた課題と展望」を開催しているが、会議に出席した人の話によると、学術会議の中で「日本政府への提言」はあまり話題にならなかったそうだ。和田さんの仰るように「日本政府への提言」は韓国でもまだ認知度が低いのだろう。 
 なお、日韓関係の研究者の中には、 
「韓国では今、日本による35年に亘る植民地時代を日帝強占期と呼び、その時代を慰安婦問題と強制徴用の問題だけ強調して語ることが多いですが、それはアブノーマルな状態です。日本を歴史問題で攻撃し続けるうちに、意図しない結果を招来することもあり得ます。 
 韓国人の中にある日本への怒りは、ある程度マンネリズムの怒りですが、今、一定数の日本人の中に生まれつつある韓国への怒りは、安っぽいものかもしれませんが、新しい怒りです。 
 日韓双方の怒りが、今後の日韓関係においてどのように作用していくか・・・そのうち意図せざる結果が出て来るかもしれません」 
などと物騒なことを言う人もいるが、日韓関係が変な方向に向かわないようにするためにも、ますます慰安婦問題の早期解決が求められよう。 
 だから、日韓の「慰安婦」支援団体の役割はますます重要で、全国行動が現在「日本政府への提言」に対する支持を集めるための個人署名運動などを展開しているように、日韓両社会に「日本政府への提言」をアピールし、提言への支持者を多く集め、日本政府にプレッシャーを掛けていく必要がある。 
 最後に「日本政府への提言」を紹介して終わりたい。(坂本正義) 
 
   ★   ★   ★ 
 
日本軍「慰安婦」問題解決のために日本政府は 
 
1.次のような事実とその責任を認めること 
 
① 日本政府および軍が軍の施設として「慰安所」を立案・設置し管理・統制したこと 
② 女性たちが本人たちの意に反して、「慰安婦・性奴隷」にされ、「慰安所」等において強制的な状況の下におかれたこと 
③ 日本軍の性暴力に遭った植民地、占領地、日本の女性たちの被害にはそれぞれに異なる態様があり、かつ被害が甚大であったこと、そして現在もその被害が続いているということ 
④ 当時の様々な国内法・国際法に違反する重大な人権侵害であったこと 
 
2.次のような被害回復措置をとること 
 
① 翻すことのできない明確で公式な方法で謝罪すること 
② 謝罪の証として被害者に賠償すること 
③ 真相究明:日本政府保有資料の全面公開、国内外でのさらなる資料調査、国内外の被害者および関係者へのヒヤリング 
④ 再発防止措置:義務教育課程の教科書への記述を含む学校教育・社会教育の実施、追悼事業の実施、誤った歴史認識に基づく公人の発言の禁止および同様の発言への明確で公式な反駁等 


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