2015年12月26日21時38分掲載  無料記事
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核・原子力

【たんぽぽ舎発】新聞各紙は「日印原子力協力協定」を何と報じたか 山崎久隆

 12月12日ナレンドラ・モディ首相と安倍晋三首相との日印首脳会談において、原子力協力協定を結ぶことで原則合意した。NPT核拡散防止条約に未加盟のインドとの協定締結は核兵器廃絶と真っ向から対立する行為である。内外からの批判の声が上がっていたにもかかわらず協定締結を決めた日本は、南アジアの状況を更に悪化させる。安倍首相は「核実験が行われた場合、協力を停止する」との約束が抑止の担保になるのだという。しかしこれでは、核実験までは協力を止めることはないと保障したに等しい。 
 
 核実験の定義も曖昧だ。仮に文書化するにしても、例えば未臨界核実験は核実験なのかどうか、コンピュータを使った核爆発のシミュレーションは核実験なのかどうか、グレーゾーンはたくさんある。 
 
 現代の核兵器開発は、実際に核爆発を起こさなくても開発や高度化は可能である。実際に1998年以降核実験は北朝鮮以外は行っていないが、高度化は急速に進んでいると言われている。核実験が歯止めにならないのは常識の範疇である。 
 「日印首脳会談 原発協力は戦略的関係の柱だ」(読売15日付社説)などと持ち上げている新聞は、核兵器の高度化に協力する日本の姿勢についての見解を明確にすべきだろう。核廃絶と利益のための核開発が、どうやったら両立し得るのかを。 
 
◆西日本新聞(福岡)の論調 
 
 西日本新聞は12月11日に「日印原子力協定 NPTを空洞化させるな」と題した記事で「原子力協定締結には、異議を唱えざるをえない。」と反対の姿勢を鮮明にした。 
 NPT体制を不平等として反対の姿勢を取りつつ核武装を選択したインドは、核不拡散体制を「国是」としている日本の政策とは相容れないはずだとし「NPTに加盟していなければ、原発など核の平和利用も国際社会から認められず、核物資の確保や技術移転で不利益を被る。これが各国をNPTにつなぎ留める動機付けとなっている。日本がインドと原子力協定を結べば「NPT未加盟で核兵器保有」という状態を容認することになる。NPT体制の空洞化に日本が加担するようなものだ。」と、極めて矛盾した外交政策であると批判する。 
 「インドは核実験の凍結を宣言している。しかし、インド政府が原発使用の名目で核燃料を輸入するようになれば、国内産ウランを核兵器増産に充てられるという指摘もある。被爆地の長崎、広島両市はこれまでの平和宣言などで、インドとの原子力協定締結に懸念を表明している。安倍政権の外交からは、核廃絶や核不拡散に対する熱意がうかがえない。核不拡散よりビジネスを優先するようでは、被爆国の政府としての責任を果たせない。」 
 
 記事の後段について説明する。 
 
 インドの原子力政策は他国とは、かなり異質である。主要な原子炉は重水炉(軽水冷却重水炉)である。燃料はウラン-トリウム燃料系で、世界の主流のウラン-プルトニウム系とは異なる核燃料サイクルを保有する。しかし核兵器開発は濃縮ウラン235とプルトニウム239を使うので、こちらは同じだ。主に重水炉を使ってプルトニウムを取り出してきた。 
 
 重水炉はほとんどカナダの技術だが、カナダ型重水炉(CANDU炉)を使ってプルトニウムを生産し、核兵器開発にまで至ったことでカナダからの原子力技術協力を受けられなくなった。その後はロシアの協力はあったもののほとんどインド独自で開発を続けてきたが、ウラン-トリウム燃料系では規模拡大や効率化が進まず、コストも掛かってきたのでウラン-プルトニウム燃料系にシフトチェンジを図っていると思われる。 
 
 中・大型炉をウラン-プルトニウム燃料系で作るならばロシアか米国か日本かフランスかと、選択肢は多くなるがNPT体制を破壊しかねないことと印パ紛争など地域紛争の火種を抱えたままであることから、どこも二の足を踏む。 
 
 インドは日本から原発及び核燃料をそのまま輸入したい。そうすれば国内のウラン資源や核燃料サイクル、事実上インド核武装のためのシステムを軍事用に温存できる。結果として核兵器開発を阻害せずにウラン−プルトニウム燃料系の原発を導入できるのである。 
 既に米ロ仏など主要原子力輸出国はインドとの原子力協力協定を締結していることも大きな背景にある。 
 
◆琉球新報の批判 
 
 http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-188044.html (原文) 
 
 「日印原子力協力協定の締結に大筋で合意したと報じられた後の琉球新報の社説「インドへ原発輸出 核なき世界追求に逆行する」(14日付け)では、「インドは核拡散防止条約(NPT)にも包括的核実験禁止条約(CTBT)にも加盟していない。日本がNPT未加盟国と原子力協定を結ぶのは初めてだ。日本の原子力政策の転換であり、唯一の被爆国として追求してきた「核なき世界」に逆行し、日本の外交に大きな禍根を残した。」と協定を強く批判するものだった。」 
 
 琉球新報は、これまでの経緯や他国の動向などについても詳しく指摘している。 
以下、記事を引用しながら内容について解説する。 
 
 ◎国際背景 
 
 「ブッシュ米政権がインドとの関係を重視し、原子力輸出を解禁するNSG(Nuclear Supplier Group・原子力供給国グループ)のルールの改定を提案した。日本も米国の圧力を受けて追認してしまった。改定後は米国、フランスなどが次々とインドと原子力協定を締結した。米国やフランスの原発大手と企業連合を組む日本がその潮流に組み込まれた形だ。核廃絶より経済利益を優先させたと批判されても仕方ない。」 
 原子力産業はチェルノブイリ原発事故以降、急速に新規建設が減り、核燃料サイクル政策を、再処理路線から転換した国が多くある。90年の冷戦構造崩壊以降、米ロ核戦力も大幅な削減が行われ、利益が見込めない原子力産業は合併や買収を繰り返し、米国、フランス、日本の「西側連合」とロシア、中国との競争となった。小さくなったパイを奪い合う中で、インドに対しては中国以外が売り込み攻勢を掛けることになる。一方中国はパキスタンに売り込む。 
 いずれもNPT条約外で核武装を目指した国に対し、いわばよってたかって核技術を持ち込むに等しい。これで日本も大手を振って核輸出をするのならば、ますます核廃絶など遠のくばかりである。 
 
 ◎軍事転用 
 
 「さらに日本は、輸出した資機材を使った原発から出る使用済み核燃料の再処理を認める方針を決めている。再処理は核兵器に転用できるプルトニウムを量産することになる。インドが軍事転用しない仕組みをどう作るのか。たとえプルトニウムが民生利用だけに限定されたとしても、インド国内にある希少なウランを核兵器製造だけに集中投入することに道を開くことになる。」 
 記事は軍事転用問題にも言及する。商業利用を担保する確実な方法は実際には存在しない。インドの核開発をめぐって日本の関与と協力が問題視されるのは時間の問題である。インドはウラン資源開発でも重大な環境問題を引き起こしてきた。ジャドコダ鉱山開発などで地元住民に健康被害が出ている。軍事用にしろ商業用にしろウラン鉱山及び周辺の環境破壊にも荷担する行為だ。 
 インド国内ウラン資源を核兵器開発に使ってもIAEA協定には違反しない。 
インドは自国の都合の良いものだけを保障措置下に置けば良いこととされている。 
 
 核の軍事転用を禁じているわけではない。日本や米国などからの技術を転用しない保障は、フルスコープ査察と呼ばれる「全部見せる」体制化に置いてすら隠れて核武装が可能と指摘されているのだから効果は薄い。 
 
 ◎印パ・対中紛争 
 
 「インドと隣国パキスタンは長年対立を続け、共に核兵器を保有しているとみられている。パキスタンはインドの動きを警戒しており、核物質と核兵器の増産を着々と進めてきた。日本の原発輸出によって、インドの核兵器開発が進み、地域が不安定化したら、日本はどう責任を取るのか。」 
 東京電力福島第一原発事故の収束のめども立っていない。原発を輸出している場合だろうか。インドとの原子力協定の締結は、被爆国としてあまりに短絡的で許されるものではない。」 
 中国との国境紛争と印パ紛争はインド独立(1947年)以来続く。核兵器開発のきっかけは中国の核武装であり、パキスタンの核武装はインドへの対抗である。核のドミノ理論が今も続く地域だ。中国はパキスタンの核開発を支援している関係上、表だった避難はしない(出来ない)。しかし強い刺激を与えたことは間違いない。 
 機微な地域で極めて高い緊張を新たに持ち込む行為が、原子力産業の利益のためであることに批判するのは当然のことである。そのことを明確に示した琉球新報社の姿勢は高く評価できる。 
 
◆東京新聞や毎日新聞の論調 
 
 東京で発行されている新聞のうち東京新聞と毎日新聞を批評する。いずれもNPT条約外で核兵器開発を繰り返すインドの姿勢や、それに対する日本の核輸出政策を批判するところは同じである。 
 
 16日付けの社説で「日印原子力協定 不拡散の根幹が揺らぐ」と警鐘を鳴らす東京新聞、また毎日新聞も同日付で「日印原子力協力 平和利用の保証がない」と批判する記事を掲載した。そのとおりなのだが、結論が極めて弱いのが残念だ。 
 「人口約12億人のインドは、深刻な電力不足の解消と、石炭火力による温室効果ガスの削減を迫られ、原発の増設に前向きだ。既に米国やフランスとは原子力協定を結んでいるが、米仏日の原発関連企業は合弁、提携が進んでおり、日本との協定がないと本格的な原発建設ができないという事情があった。」(東京)とか「この原発市場への参入を狙って、08年に米国がインドと協定を締結してから、仏、露、カナダ、韓国などが相次いで協定を結んできた。」 「日本も民主党政権下の10年、原発輸出を成長戦略の一環として位置づけ、協定交渉を始めた。日本と米仏の原子力企業の提携が進み、日本が協定を結ばないと影響を受ける米仏からは締結を促されてもいた。安倍政権としては、協力強化により、中国をけん制する思惑もあるだろう。」(毎日) 
 
 などと事情を斟酌しているが、核兵器の拡散問題や核兵器の高度化などと比較できるものではない。日本が核武装、ひいては核戦争に加担するかどうかの瀬戸際にあることを認識して書いているようには見えない。何物にも代えがたい「矜持」といったものは、この国の政治家には最早見られない。核の廃絶や核戦争を繰り返させないとする立場や姿勢は、外交の根幹に置かなければ、その意義などなくなる。インドとの原子力協力協定が核不拡散体制の弱体化をもたらしかねないことを批判するのであれば、協定の締結に至るまで原子力利権を追及する政治家の姿勢そのものを論じなければ意味はない。 
 
 日本の核不拡散体制への姿勢は、核の傘の下で単に美辞麗句を書き連ねた作文に過ぎないことも批判すべきである。要は、国際環境の変化や自国の経済動向でいくらでも変わったり後退したり引っ込めたりする程度の代物であるということを内外に宣言したに等しい行為なのだから。 
 
 ◎「懸念」では済まない 
 
「いま米国、ロシアの核軍縮交渉は完全に足踏みし、NPT体制が危機に直面している。日本がインドを特別扱いして原子力技術を提供すれば、NPT弱体化はさらに進むのではないか。」 
「インドは、やはり核を保有する隣国パキスタンとの間で緊張が続く。核弾頭が搭載できる長距離弾道ミサイル(射程約五千キロ)を保有するが、中国全土を射程に収める。」(東京) 
「だが、唯一の被爆国である日本が、核拡散防止条約(NPT)体制のさらなる形骸化に手を貸すようなことがあってはならない。」 
「日本がNPT非加盟国と協定を結ぶのは初めてだ。平和利用に限定すると言っても、NPT体制の枠外にあって核武装を続けるインドへの原子力協力は、一線を越えかねない。」 
「肝心の平和利用をどう保証するかが、今回の協定では明確でない。」(毎日) 
 
 核不拡散体制が不平等条約であることは始めから明白だった。米露英仏中がいかなる根拠で核兵器保有の権利を有するのか、第2次大戦の戦勝国で条約発効時に核兵器を持っていたという以外に理由はない。 
 従って後発の国々は、条約外または条約から脱退して核兵器開発に走る。それが国際条約というものである。日本がすべきは条約内で核武装をした国に廃絶を要求することと同様に、条約外の核兵器開発国に廃絶を求めることだ。そのためには一定の経済活動の制限も辞さない立場でなければ整合性はない。言うまでもなく米国の核の傘に入ったままの現状も変える義務がある。これら全てに整合性をもって取り組まなければならないことを指摘すべきである。人ごとではないのである。 
 
 ◎落としどころ 
 
  「政府は、原発ビジネス参入と中国けん制という現実的利益と、唯一の被爆国としての立場という2つの問題に、どう折り合いをつけるかで苦闘してきた。それを解くカギが平和利用の保証だというなら、あいまいな決着をすべきではない。 
 核廃絶をリードすべき日本が、インドの核保有を黙認し、核拡散を助長することがあってはならない。そうなれば、日本の非核外交は傷つき、発言力は損なわれるだろう。」(毎日) 
 「今回の首脳会談では、使用済み核燃料の再処理は先送りされた。日本側はインドに対し、軍事転用をしないという確実な措置を強く求め、交渉も慎重に進める必要がある。被爆国・日本の世界に向けた責任は軽くはないはずだ。」(東京) 
 
 これでは安倍政権を応援するようなものである。 
 このような記述ならば官邸は大歓迎である。何しろ仮に「政府の想定外」の事態になろうとも、多分その時には担当者も内閣も替わっていて誰も責任を取らない。今のうちは「曖昧決着などしません」「確実に平和利用を担保させます」「確実な措置を求める具体化の交渉では一歩も引きません」「もちろんのこと核実験をすれば協力協定は全て止まります」と言っておけば良いのである。言ったもの勝ちだ。 
 
 また、外交交渉ごとだから手の内を全部晒すことは出来ないとか、機微技術だから公表は出来ないなど、これまでの情報非公開の態度とあわせて実に都合の良い結論に持って行ってくれたと大歓迎ではないか。むしろ「いけいけ」の読売新聞などよりも「批判的新聞」からのエールとしてありがたかろうと思う。 
 
 残念ながら全国紙でまともに「日印原子力協力協定」を批判できる新聞社はない。この国の言論状況のお粗末さが透けて見えてしまった。この現状を厳しく批判する地方紙に期待する。 


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