2016年02月21日11時28分掲載  無料記事
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「資本論」を読む試み 21世紀の恐慌と資本主義

  2008年に顕在化したアメリカ発の金融恐慌。不健全なアメリカの不動産市場に端を発し、物理学者や数学者を動員して構築した複雑な金融テクノロジーを通して、恐慌はアメリカばかりか、欧州に飛び火し、欧州連合の危機と右翼政党の台頭を各国で生み、さらにその火は新興国をも襲い始めています。 
 
  こうした世界最新の金融恐慌について世界でもっとも引用されているという米国の経済地理学者のデビッド・ハーヴェイ教授は「資本の「謎」〜世界金融恐慌と21世紀資本主義〜」(2011)の中で分析しています。この恐慌の問題はカール・マルクスがその著書「資本」(日本では論という言葉をつけて「資本論」と訳されている)の中で分析している資本主義に内在する問題であり、ハーヴェイ教授はニューヨークで「資本」(Das Kapital)の読み直しを行っています。 
https://www.youtube.com/watch?v=gBazR59SZXk 
https://www.youtube.com/watch?v=e0OZP55EfMs 
  「1970年代の危機への対処として新自由主義が台頭したのと同様に、今日どのような道が選択されるかで、資本主義のさらなる進化がどのような性格のものになるかが規定されるだろう。現在の政策は、この危機を脱するために資本主義的階級権力のさらなる強化と集中をめざすものである。アメリカには4つか5つの大銀行機関が残っているだけだが、ウォールストリートの多くの金融機関はこの瞬間も繁栄を続けている」(デビッド・ハーヴェイ著「資本の「謎」〜世界金融恐慌と21世紀資本主義〜」から) 
 
  アメリカで今、大統領選をきっかけに大きな問題として浮上しているのが金融恐慌の際に、銀行を「大きすぎてつぶすことができない」と救済したことです。その是非を民主的社会主義者と自称している民主党のバーニー・サンダース候補が問うており、大金融機関わずか数社が米国の経済の中枢を占めているがゆえに「私が大統領になったら解体して小さい金融機関に分ける」と言っています。税金を使って複数の大金融機関を救済したにも関わらず、それらの金融機関は今や復活して再び重役や会長らは巨額の報酬を受け取っています。恐慌が資本主義に内在する構造問題であればいずれ必ず恐慌は再び起こる事であり、その時もまた「大きすぎてつぶせない」ということになるのか?ということが問われています。2011年にニューヨークで始まった「ウォール街を占拠せよ!」という社会運動もまた、この問題と通底していました。 
 
金融機関を中心とした新自由主義と呼ばれる一連の構造変化は日本を含めた先進諸国で1980年代に始まりましたが、21世紀に入って自由貿易の拡大とともに、その様相をさらに一段とパワーアップしています。そうした文脈の中で「資本(論)」の読み直しが行われているようです。日本では「「資本論」を読む」(2006年 講談社)を刊行した伊藤誠氏(東大名誉教授)が「変革のアソシエ」という変革を掲げた新しい運動の中で、「資本論」を講じてきました。伊藤教授が書き下ろした講談社の「「資本論」を読む」は日本で刊行されたもっとも優れた「資本論」の解説書の1冊です。 
 
  20世紀においては大学生の通過儀礼として聖書(新旧)や「資本論」を読むことが掲げられた時代がありました。戦後の繁栄を築いた経営者の中にも「資本論」を学生時代に読んでいた人は少なくありませんでした。それはソ連のような社会主義革命を避けるためには資本主義に内在する問題を資本主義の枠内でいかに解決するかが当時の経営者に求められたからでした。しかし、ソ連崩壊後、そうした経営者はほとんどいなくなったようです。 
 
  伊藤氏は本書を刊行するにあたって、今日「資本論」を読む意味は20世紀とは異なっており、ソ連や社会主義諸国の崩壊を経て、どうその歴史を総括するかが問われているとしています。 
 
  「「資本論」を読み直しながら、もういちどそのことを考え直してみたい。ソ連が社会主義を実現しつつあるということに宇野(弘蔵)は強い信頼を寄せ続けていた。ソ連型社会主義の崩壊を重い歴史の衝撃として受け止め、その歴史の総括も求められながら、なおかつ「資本論」の経済学が「社会主義を科学的に根拠づけるものとなる」と読めるかどうか。またそのさいの社会主義の内容はどのようなものとなりうるのか。」(伊藤誠「「資本論」を読む」序から) 
 
  リーマンショックの翌年、2009年に「変革のアソシエ」を研究者たちと立ち上げたとき、伊藤教授が<1980年代に始まる保守革命の進行を自分たちは看過してしまった。そのことを痛烈に反省して、新しい社会のあり方を再び今、アソシエ(アソシエーション)をキーワードに模索したい>といった意味の発言をしていたのが印象に残っています。ソ連型社会主義には一党独裁、検閲制度を中心とした言論の抑圧、不効率な官僚主義、政治犯の収容所、党エリート家族の優遇、それらに起因する経済の停滞といった問題がありました。ソ連を崩壊に至らせたこうした問題は社会主義の構造的問題なのかどうか。伊藤教授は21世紀における「資本論」の読み直しにおいて、宇野弘蔵の分析を参照するとしていますが、宇野の見通しの誤りをどう超えるかを課題とすると記しています。 
 
  いずれにしても「資本論」は社会主義への道しるべではなく、金(資本)の動きに注目した資本主義の分析に他なりません。バーニー・サンダース氏が「ウォール街を占拠せよ!」の運動の熱さを再び米国に巻き起こしつつあり、恐慌を始めとした資本主義に内在する問題を再び考える動きが広がっていきつつあるようです。 
 
 
■伊藤誠氏の講座「経済学から何を学ぶか―その500年の歩みの現代的意義」 
http://homepage3.nifty.com/associe-for-change/study2015/splec01.html 
■本山美彦著 「金融権力 〜グローバル経済とリスク・ビジネス〜」 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401170608015 
■L'actualite de Marx et du marxisme en Amerique Latine 
ソルボンヌ大学でアルゼンチン出身の哲学者エンリケ・デュッセル氏が<21世紀におけるマルクス>と題する講演を行った 
https://www.youtube.com/watch?v=nsCLSJ02yds 


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