2016年02月23日12時41分掲載  無料記事
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コラム

ロシア語を学んだ頃 2 谷克彦(数学月間の会・世話人)

  今はインターネットラジオの時代になりましたが,昔は短波放送で聞きました.昔のロシア語のテキストが出てきました.古びてほとんど読めないですね.昭和オリンピックの年、1964年の頃です.モスクワ放送です.放送時間は,水,金,日の17:00から30分間でした. 
 
  1〜2枚目の写真は第1課,3枚目は初級編の最後の第132課(プーシキン,レルモントフ,ドルマトフスキー,ベリンスキーの言葉が出てきます),4枚目は上級編で突然難しいです.ショーロホフの人間の運命の課,これは後に映画で見ました.音節ごとにゆっくり読むのを書き取らせるのが,とても良い練習になったと思います 
 
Q モスクワ放送(短波)なんですね。 
  ラジオはどういうものだったんですか? 
 
A 私は無線班だったのでアンテナや受信機を作るのは趣味です. 自分で短波の受信ができるラジオを組み立てたました.高校の頃は真空管で5球スーパーに高周波増幅を1段プラスくらいです.ロシア語講座を聞いたのは大学1年の頃です.これを使ったかどうか覚えていない.短波はトランジスタラジオではなかったと思いますが...? 
 
Q 谷さんは東大の理学部でしたね。理工系ですが、なぜロシア語を勉強しようと思われたんですか? 
 
A  いろいろな思い出がありますね.とっかかりはスプートニックでしょう.玉木英彦先生のことは思い出します.玉木英彦教授が,大学に入ったら科学者はロシア語を取ろうというビラを高校に播きに来ましたよ.なるほどと思いました.これから物理学ではロシアがメジャーになると思いました. 
 
  この頃(1964)の大学の第二外国語のロシア語の授業は良い先生もいたし教材も良いものでした.モスクワ放送だけで学んだと思われると間違いです.放送は趣味です.私は,大学でもゼミでもやったし日ソ学院にも行きました.でもモスクワ放送の教え方は,耳から聞いて筆記させるのが良かった.大学と違い生きたロシア語に触れるような気がしました.歌も良かったです.玉木先生のゼミはランダウの量子力学をやったりこちらも役に立ちました. 
 
谷克彦(数学月間の会 世話人) 
 
 
※玉木英彦(1909- 2013)物理学者。東大教授 
 
※スプートニク1号=ソ連が1957年10月4日に打ち上げた世界初の人工衛星。スプートニク=Спутникはロシア語で衛星を意味する(ウィキペディアを参照) 
 
 
■十年目の数学月間を記念して 谷克彦(数学月間の会・世話人) 
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■トランス脂肪酸について 谷克彦(数学月間の会・世話人) 
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■海洋への放射能流出 谷克彦(数学月間の会・世話人) 
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■新国立競技場のキールアーチ 谷克彦(数学月間の会・世話人) 
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■超ウラン元素アメリシウムの話 谷克彦(数学月間の会・世話人) 
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■凍土遮水壁 谷克彦(数学月間の会・世話人) 
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■ロシア語を学んだ頃   1   谷克彦 ( 数学月間の会・世話人 ) 
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