2016年02月27日11時21分掲載  無料記事
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米国

米国の最低賃金と失業率 オバマ大統領の時代と次の米政権

  今、怒涛の勢いで若者を中心に大統領予備選で民主党候補として台頭しているバーニー・サンダース候補の公約の柱の1つが全米の最低賃金を15ドル(時給)にせよ、というものです。現在、全米の最低賃金は7.25ドルです。つまり、およそ2倍にせよ、というのですから、劇的な数字とも言えます。 
 
  最低賃金の底上げはサンダース候補に限らず、そもそもオバマ政権が目指した目標ですが、米国で経済学者を中心に異論もあり、議論を呼んできた争点でした。以下は2014年の拙稿「米国の議論 〜最低賃金の底上げは米経済を改善させるか? 〜最低賃金のUPで雇用は減るか?」です。 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201403251312062 
  最低賃金を上げる政策を取ると、結果的に個別企業の経営を厳しくして、雇用の数が減少するのではないか、という議論がその典型です。ハーバード大学のグレゴリー・マンキュー教授は中間層以上の所得の上部への税率をあげて、それをワーキングプアに福祉として配分する制度の方がよいのではないか、と論じていました。 
 
  米国の最低賃金は全国ベースでは7.25ドル(時給)ですが、州(自治体)によってまた別途設定されているようです。 
http://www.ncsl.org/research/labor-and-employment/state-minimum-wage-chart.aspx 
 ワシントンD.C(コロンビア特別区)は10.50ドルと首位。カリフォルニア州とマサチューセッツ州が2位の10ドルとなっており、全国ベースの最低賃金より3ドル近く高く設定してあります。州によって開きが大きくあります。 
 
  日本でも最低賃金は県によって開きがあります。東京の時給907円に対して、沖縄は693円、全国平均では798円です。サンダース候補の公約を日本でたとえてみると、最低賃金を全国ベースで1500円に引き上げる、といった場合でしょう。この場合、各地の経営者にとって負担の度合いが違ってくると思われます。沖縄の経営者はこれでやっていけるのでしょうか。これを州ごとに経済状況の開きのある全米で、どう実現させるのか、今後サンダース氏はそのあたりを議論で追及されるでしょう。 
 
  オバマ政権が目指してきた経済政策は2009年の就任以来、製造業の復活を中心とした中流階層の増加を促す政策でした。2009年のGMやクライスラーの救済など、製造業こそ付加価値の高い産業であり、これらを空洞化させず、また海外流出した工場を米国に戻すように促す政策を掲げてきました。これはモノづくりを捨てて、金融商品で短期間で荒稼ぎすることがブームになっていたアメリカ経済に対する反省でもありました。まさにその金融のあり方がリーマンショックを招いてしまったのです。 
 
  折しも、それまで採掘不可能と思われていたミルフィーユ状の岩盤から石油とガスを掘削する技術が実現し、シェールガス革命、シェールオイル革命と呼ばれ、アメリカをロシア、サウジアラビアを抜く世界一の産油国に押し上げる形となり、そこで掘削される安価な石油とガスが製造業のコスト削減につながり、競争力を押し上げ、製造業の復活を目指すオバマ政権を支えました。石油価格が一定以下の値段に下落すると、シェールオイルの生産コストが賄えなくなり、掘削施設の稼働が減っていくことになりますが、値段が持ち直すとそれに応じて、稼働が増えていく形になっています。 
 
  オバマ政権はリーマンショックの直後に発足し、大不況からスタートしましたが、当時全米平均で10%以上、打撃が大きかった州や地域によっては20〜30%の高い失業率でしたが、現在、全米平均で4.9%になっています。これはオバマ政権の功績です。一方で、賃金がなかなか上がらない理由としては製造業が復活したといっても、ハイテクのロボットが工場の中核となりつつあり、回復基調にある米製造業の雇用が思ったほど増えていないことが報告されています。 
 
  それと同時に、かつてはデトロイトやその近郊が自動車などのモノづくりの中心地帯でしたが、ガルフ湾一帯の南部に製造拠点が移動しつつあることも関係しているかもしれません。テキサスなどの豊富な油田、輸出しやすい港、そして北部に比べて安価な労賃といった条件があります。 
 
  アメリカの場合、全米自動車労組がかつてアメリカが豊かだった時代の繁栄の象徴でしたが、競争力の減退から次第に組織率が減少し、リーマンショック以後はそれまで得ていたメリットを切り捨てる形で労使協調を行い、雇用の拡大(回復)を求めてきた経緯がありました。一方、南部の労働者の場合は労組に加入している労働者の割合が低いとされ、そのことが労賃の安さに結びついていると指摘されています。日本でも報道されましたが、自動車関連産業のリストラとデトロイト市の破綻で流出した労働者の一定数が南部に移動したと考えられます。これは20世紀の初頭にフォードの自動車組み立て工場で働けると知った南部の黒人たちが北上したのと、逆の流れでした。 
 
  オバマ政権の製造業下支えの基礎となっている考え方は付加価値の高い製造業の雇用を増やすことが労働者の収入の増加に直結することであり、レストランや店舗などのサービス産業の労働者の平均的な労賃は製造業よりも低く、製造業の空洞化→サービス産業の雇用へのシフトが中流層の減少、格差拡大の要因というものです。 
 
  アメリカ経済の明るさの理由は安いエネルギーが自前で賄えるようになったことと、日本のような少子高齢化が進んでおらず、移民の受け入れなどによって若い世代が一定のボリュームを有しており、そこに大きな自前の市場があることです。 
 
  サンダース候補が唱えている最低賃金の倍増はオバマ政権時代の製造業の復活と失業率の改善の、次の課題と考えてよいでしょう。失業率をこつこつ下げてきたが、今度はいかに平均の賃金を上げていくか。どのようにして格差を減らし、中流層のボリュームを増やしていくか。民主党の経済政策は基本的にはこの線に沿っています。全米自動車労組の会長も、労使協調したとはいえ、いずれは待遇の改善を求めていくことになるだろうと以前、語っていました。しかし、現実には格差は拡大の一途をたどっているのです。自由貿易協定を拡大し、関税を撤廃すれば労賃の安価な国々の労働者と競争を強いられることになり、そのことが労賃の問題に直結してしまいます。オバマ政権は中流層の拡大を求めながら、同時に自由貿易協定の推進役でもあり、そこが民主党の政策のアキレス腱となっています。 
 
 
■米経済の主要な指標 
http://www.tradingeconomics.com/united-states/indicators 
 
■日本の最低賃金(県別) 
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/ 
 
■グローバル時代の「ルイスの転換点」 〜アベノミクスの弱点〜 村上良太 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201306070012005 
 
■米国の人口流出、流入、移民のデータ ( CityLab ) 
http://www.citylab.com/politics/2014/04/2-very-different-migrations-driving-growth-us-cities/8873/ 
  不況をきっかけに国内で労働者が南下している状況がわかる。と同時に、国内の人口流出した街に移民が流入しつつあるようだ。このことが米国内の労賃が上がらないことと関係しているのではなかろうか。 


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