2016年04月12日11時49分掲載  無料記事
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子安宣邦著「帝国か民主か 〜中国と東アジア問題〜」

  近世日本思想史を専門とする学者の子安宣邦氏による「帝国か民主か 〜中国と東アジア問題〜」が出版されたのは去年の今時分のこと。去年の今頃から秋にかけてといえば安保法制の問題が大きく浮上し、憲法解釈の問題とともに今年に至るまで政局の中心的課題となった起点とも言える頃でした。 
 
  「帝国か民主か〜中国と東アジア問題〜」が投げかけている中心的テーマは中国を東アジアの中でどうとらえ、どう関わっていくかというもの。古来から中国を中心として発展した儒教文化圏というものがあり、それは華夷秩序とも言われ、中国を本家とする一元的な価値体系を強いていたものであると子安氏は見ています。それに対して子安氏が理想とするのは日中韓あるいは台湾や沖縄、香港なども含めて多元的な儒教解釈を容認する、旧来の華夷秩序の同心円的なヒエラルキーから解放された東アジア世界です。 
 
  儒教文化圏と言われたときに、すでに儒教とはなんぞや?と思う人は少なくないと思われ、私などもそうですが、そこでこの話題が難しく感じられる人もいるかもしれません。とはいえ、儒教思想の具体的な中身はともかく、その解釈の体系が中国を本家として台湾や日本などの周辺国の学者による解釈を中国の解釈よりも下に見るという態度のことを指すと考えてよいようです。 
 
  そうした中華帝国的な価値体系に対して、安倍政権は日本を起点とするもう一つの帝国的な秩序体系で対抗しようとしており、そのことがまた同時にもう一つの問題を創り出し、緊張を高めている現状があります。そういう意味で本書で述べられているテーマは東アジアの現在をわしづかみにするものだと言えるでしょう。そうした中で香港や台湾における学生を中心とした若者たちの抗議運動に端を発する政治運動があり、一方で日本の学生を中心とした立憲主義的な運動もあります。これらは一見ベクトルを異にするように見えながら、実はコインの裏表であることを子安氏は本書で示しています。このことは日清戦争から第二次大戦まで中国に侵略を行ってきた日本人にとっては直視することが心理的に難しい問題でもありました。 
 
  「私はグローバル資本主義という現代世界のあり方は、転換すべき最終的段階にいたっているという多くの識者の認識を共有しています。これがたとえば「東アジア問題」を考えるときのマクロなレベルにおける私の認識・判断の最大の前提です。グローバル資本主義は一国的資本主義を超えて世界の地域的統合化、すなわち<帝国>的再分割を進めています。アメリカとEUと、そして旧社会主義国であるロシア、さらになお社会主義国を自称している中国がグローバル資本主義世界における<帝国>として存立してきているのが、21世紀的世界の現状です。それが東アジア世界の現状でもあると私は考えています。 
  グローバル資本主義が転換すべき最終段階であるということの最大の理由は、世界大で経済格差と社会分裂をもたらし、それをたえず拡大し、深化させていることにあります。人間の共同的生存条件を世界規模で失わせているからです。この社会分裂は国家的統合の危機でもあります。この国家的統合の危機はいつでも民族主義(ナショナリズム)を呼び起こすことになります。グローバル資本主義的世界で経済的躍進を遂げていった中国を始めとする東アジアの諸国が、21世紀の10年代に入って激しい民族主義的な抗争関係をとるにいたったことを、私はグローバル資本主義がもたらした国内的危機の深化と無縁に見ることはできません。」 
 
  これは子安氏が朝鮮日報のインタビューに答えた時のもので、韓国での子安氏の講演に先立って紹介された記事のためのものです。今、日中韓で領土問題に集約される緊張関係が高まっている背景にはむしろ、それぞれの国における国内問題があり、その本質的な原因はグローバル資本主義がもたらした社会の崩壊であるという子安氏の指摘は興味深いものだと思います。 
 
  ともすると単純なナショナリズム的な視点でとらえられがちなこの問題を、異なる視点から見た時、違った世界が浮上してきますが、近世の儒教思想の研究をしてきたからこそ、そのあり様が如実に見えるのかもしれません。そこで子安氏は民族主義に回収されない東アジアの市民同士の連帯が必要だと説いています。靖国参拝の問題も民族主義のレベルでとらえる限り、それに対抗するもう一つの民族主義を呼び覚ます悪循環につながるだけであり、そうした歴史から抜け出す回路が今、求められているというのです。 
 
  「具体的には日本国憲法の平和主義的原則の理想と現実について韓日の学生たちが共同討議することがあってもいいのではないでしょうか。その際、韓国の徴兵制の実際について日本の学生が知り、ともに考えることができればきわめて有益だろうと思います。それと原発問題は本質的に地球的問題であり、原発的エネルギー体制として国際的体制の問題であり、これが一国的問題としてあるかぎり、その停止も廃絶も不可能であると思われます。東アジアの生活者のレベルでの問題の共有と廃絶に向けての運動の連帯が緊急に求められていることです」 
 
  本書には沖縄や台湾をめぐる問題も述べられています。そして日中韓をめぐる確執とその背景が分析されており、新しい視点を持つ上で極めて刺激的な内容だと思いました。子安氏が提案しているように、ナショナリズムに回収されない国境を超えた問題の分析や解決策の模索が必要であり、その前提として東アジア市民の間のコミュニケーションが今、最も欠けているものだと感じざるを得ませんでした。 


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