2016年05月30日16時28分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

刑事司法改革関連法成立 その明暗と、問題点とは 根本行雄

 2016年5月24日、衆議院本会議において、取り調べの録音録画(可視化)義務付けや司法取引制度の導入、通信傍受の対象犯罪拡大などを柱とした刑事司法改革関連法は可決され、成立した。公布後3年以内に施行される。その中身について言えば、可視化の義務付けは「明」、通信傍受の対象拡大は「暗」。司法改革はどこへ向かっているのか。それは司法権力の強大化だ。これでは冤罪事件は増えるばかりだ。 
 
 「刑事司法関連法案」と呼ばれているのは、刑法、刑事訴訟法、組織犯罪処罰法など計10本を一括して改正する内容のものである。 
 
 
 
 この法案の契機となったのは、2011年5月、当時の、江田五月法務大臣が大阪地検特捜部の証拠改ざん事件(2010年9月)などの不祥事や、布川事件や足利事件などの冤罪事件に対する批判を受けて、刑事司法制度の見直しを法制審議会に諮問したことである。しかし、成立した法案の内容をみると、検察の不祥事を契機としての改正でありながら、捜査機関の権限が大幅に強化されている。だから、今回、成立した内容をみると、「明」「暗」とがあり、どちらかといえば、あきらかに「暗」の部分が大きいと言わざるを得ない。 
 
 
 
 
 
 刑事司法改革関連法案の主なもの 
 
 ネモトの判断で、「明」のものには「○」、「暗」のものには「●」を付けた。 
 
 
 
 ○ 裁判員裁判対象事件と検察独自捜査事件の取り調べ全過程を録音録画する。 
 
 
 
 ○ 検察官が被告側に証拠の一覧表を開示する。 
 
 
 
 ○ 裁判所による保釈の判断を「逃亡、証拠隠滅の恐れの程度や、健康上、経済上の不利益を考慮する」などと明確化する。 
 
 
 
 ● 通信傍受の対象犯罪に、組織性が疑われる詐欺や窃盗などを追加する。 
 
 
 
 ● 通信内容を暗号化できる機器を使えば、通信事業者の担当者の立ち会いは不要になる。 
 
 
 
 ● 容疑者や被告が他人の犯罪事実を明らかにした場合、検察官は起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりできる司法取引制度を導入する。 
 
 
 
 ● 証人に対し、刑事責任を追及しないとの条件で不利なことを証言させる刑事免責制度を導入する。 
 
 
 
 
 
 日本の冤罪事件の温床となっている要因の1つは、密室での取調べである。今回の、見直しでは、殺人など裁判員裁判対象事件と特捜部など検察の独自捜査事件で、逮捕、勾留された被疑者の取り調べの全過程について録音録画を義務づけていることである。ただし、被疑者が録音録画を拒否した場合などは例外となる。 
 
 可視化の義務づけが拡大したので、うっかりと改善されたのかなと思い込んでしまうところだ。しかし、全刑事事件のわずか3%である。しかも、警察や検察の裁量もかなり認めらており、都合のいい部分だけを録音・録画して、利用することができる。 
 
 
 
 取調べの全面的な可視化とは、冤罪事件をなくすための方策である。 
 
 5月21日、大阪弁護士会の有志が同法案に反対する緊急市民集会を大阪市北区の大阪弁護士会館で開いた。そこで、「布川事件」で無期懲役判決が確定した後、再審で無罪になった桜井昌司さんが講演した。桜井さんは講演のなかで、録音録画が裁判員裁判対象事件などに限定されている点について、「密室での調べをなくすためなら、全ての事件で実施すべきだ」と指摘した。 
 
 代用監獄という密室での取調べが冤罪の温床になっていることが肝心要の点である。警察は被疑者から自白をとるために、さまざまな手法を使う。そこでの違法な捜査や取調べなど、人権侵害を防ぐために、取調べの全面的な可視化が必要不可欠なのだ。 
 
 桜井さんの言うとおり、取調べは全面的に可視化されなければならない。特に、早急に義務化すべきは、別件逮捕の取調べや任意段階での取調べである。刑罰が軽微な犯罪だからということを理由にして、可視化を遅らせてはならない。刑罰が軽微な犯罪において、冤罪は数多く発生しているのだから。 
 
 
 
 裁判員裁判は陪審制の一変種であるが、どちらの裁判制度においても、直接主義ということを基本的な方策としている。直接主義とは調書や録音・録画を証拠とするのではなく、法廷において、直接に、被告人や証人などの証言を裁判員や陪審員が直接に見聞きして、その証言の信憑性などについて判断するということにある。「直接に、見聞きする」から「直接主義」というのだ。だから、取調べの可視化とは、本来、自白の任意性を判断するための材料であるということである。だから、法廷には録音・録画したものを提出する必要はない。もし、提出するとしても、自白の任意性が確認できる部分だけでいいのだ。ところが、日本の検察は、録音・録画したものを被告人の有罪を印象付けるものとして悪用しているのが現状である。 
 
 
 
 
 
 
 
 通信傍受法(盗聴法)の改正は、薬物犯罪、銃器犯罪、組織的殺人、集団密航の4類型に限定していた傍受対象に、殺人や詐欺など9類型の犯罪を追加するものだ。これまでは盗聴捜査の対象が組織的殺人などに限定されていた。その限定する枠を取り払ってしまうものであり、大幅な拡大だ。詐欺や窃盗などの一般犯罪でも盗聴可能となる。さらに、盗聴時に義務づけられていた通信事業者の立ち会いを不要とする。 
 
 立会いを不要だとする理由として、捜査機関や電話会社にとっての効率化・合理化を図るためだとしている。現在は捜査官が電話会社の施設に赴き、電話会社の担当者立ち会いの下で傍受するが、改正案は特定の機器を使った場合に立会人なしでの傍受を認める。具体的には、(1)通信内容を暗号化して警察施設の機器に伝送する(2)機器が暗号を復元し、捜査官が傍受する(3)同時に傍受内容を暗号化して記録し、裁判官に提出する 
 
 しかし、立会人が不要だというのはとても危険性が大きい。立会人がいるということによる心理的抑制が働かなくなるし、時間的、場所的制約も外して警察が自由に盗聴できるようになるからだ。もともと、盗聴をするということは「通信の秘密は、これを侵してはならない」と明記している憲法第21条に違反するものだ。これは見過ごしてはならない問題だろう。 
 
 
 
 
 
 
 
 日本では初となる「司法取引制度」を創設した。 
 
 司法取引は、とても危険なものである。五十嵐二葉さんは、「ゆがめられる司法の役割」(朝日新聞2015年10月6日)において、次のように述べている。 
 
「1970年に司法取引を導入した米国では、この40年あまりで、刑事事件の95%が司法取引で処理されるようになり、裁判が開かれるのはわずか5%にすぎません。冤罪の温床とも批判されています。米ノースウェスタン大学の調査によると、73年以降、死刑判決を受けた後で冤罪が判明した111人の49.5%が、ほかの犯罪者による虚偽の密告が原因でした。」 
 
 検察から見れば、司法取引とは、綿密な捜査の必要がなくなり、時間と手間を節約することができる。しかし、他人の犯罪情報を提供させることによって求刑を軽くしたり、釈放したりするのは、司法の役割を変えてしまう危険性がある。 
 
 また、現在は、経済犯罪や組織犯罪の責任者を摘発するために必要だとしているが、いつの間にか、その対象を広げていくという危険性はとても大きい。 
 
 
 
 現在、進行している司法改革はどこへ向かっているのか。それは司法権力の強大化だ。これではますます冤罪事件は増えるばかりだ。どのような権力も暴走させてはならない。そのためには、国民が権力を監視することが必要不可欠なのだ。わたしたちの目と耳と頭を鍛えていこう。 


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